[はやボク] 1-12.聞き覚えのある薬

「ボトリミン、ボトリミン……あった」

 なんとなく個人のプライベートの事をステアに聞くのは、あまりにステアが本物の人間みたいでルール違反な気がして、パソコン実習室で慣れないネット検索でソラが落とした薬を調べていた。

「歯ぎしりを抑える薬? 筋肉の緊張を和らげる? そういえば、歯医者にポスターが貼ってあったような…… なんだこれ……?」

「なんだァ兄弟、ひとりでお勉強かー?」

 廊下からボクに気づいたソラが声をかけてきた。

「ソラ……筋肉の緊張って、どういうこと?」

 もうこれ以上ソラに踏み込んではいけない。頭では分かっているのはずなのに、心にザラっとした不快な疑問を聞かずにはいられなかった。

「ああ、調べちゃった? ダメだぜ、乙女の秘密は秘密だからこそ魅力的なんじゃない?」

 ボクは卑怯者だ。ボクを不登校から更生させるためにI.W.A.N.に当てがわれたソラが怒らないのを知っていて、意図的に踏み込んでしまった。

「私ね、先天性脳筋繊維弛緩症候群って病気で……」

「せんて、のうきん、え?」

「アホか! 誰が脳筋じゃボケェ! 先天性脳筋繊維弛緩症候群!」

 すぅ~っと深呼吸すると、ソラは話を続けた。

「あの薬でね、症状を抑えてるんだけど、いつ脳が硬直してそのまま動かなくなるか分からない不治の病なんだって。昼間眠くなるのも薬の副作用」

「その発作が起きるのが今日かもしれないし、明日かもしれない、来年かもしれない」



 ……背筋が凍った。


 ひきつった苦笑いを隠せず、思わず口をついてしまった。

「そ、そんな……だって、いつも普通だったじゃん。ゲームしたり、スイーツ食べたり、ピアノ弾いた…… あ……」

 そこで気づいた。気づいたけど、それ以上は言葉にできなかった。

「だってさ、ピアニストなんて目指したら志半ばで挫折するかもしれないじゃん? そんなの楽しくないしさ。私さ、毎日楽しく生きたいんだよね」

 ソラは笑ってそう答えた。

 ソラが《志半ば》なんて、真面目な言葉を使うことに驚いた。いや、驚くべきはそこじゃない。

「で、でも、ソラのピアノは、ソラの演奏は……」

 ダメだ。

 それ以上はただの傲慢な押し付けでしかない。

「そんなことより、今日はカラオケ行こうぜっ。私の《ダンバインとぶ》、最高にイカしてるからさ!」

 いつもと変わらず明るく振る舞うソラが、これ以上なく痛々しく見えた。

 違う。痛いのはボクの方だ。だから人と関わるのは嫌だったのに……

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