第5話

 タニゾコノ国、ここから遠く北西にある、険しい山に囲まれた魔族の大国だ。寒暖差の激しい気候に鍛えられ、強力な魔族と魔鉱石の産地として名を馳せている。人類とも有効な関係にあり、無毒化した果実やワインが好評である。

 そして声の主は、はっきりと、自分が魔王であると名乗った。


 ヤァンはわずかに口の端を吊り上げる。

 狂った人間の相手も疲れてきたところだ、協力するか敵対するかはまだ掴めないが、良い方に向かえば計り知れない利益が見込める。


「魔王…だと…?」

「また命知らずが湧く時期になったか…」

 魔族たちは口々に勝手なことを言った。一枚岩でないのはどこの集団にも付き物とはいえ、全体の思考が大きくぶれるのはヤァンの本意ではない。


 勇者が自己申告制の世界で、魔王もまた自己申告制だった。ただし、魔王として生き残る条件は、勇者のそれより過酷だ。半端な実力の状態で名乗れば、すぐさま他の魔族に殺されても仕方がない。

 つまり彼女は、その地獄さながらの環境の中でも生き延びたということだ。


 大鷲が続ける。

「この度、私はタニゾコノ国の魔族たちを統一し、導いて、みち、みちび、て、てて、て」

 突然、音声が大きく揺らいだ。喋り続ける大鷲自身も、不測の事態対し明らかに戸惑っている。おろおろと翼を上下するばかりで、やがて音が完全に途切れた。大鷲は茫然としている。


「え…?大丈夫…?」

「こわ、どうしたの急に」

 様子を見ていた魔族たちも、同じように狼狽えていた。


「…おい、誰かそこにいた勇者を見てないか」

「さっきトイレ行くっつって出ていきましたけど」

 ヤァンの顔がさっと青ざめた。使い魔を経由した音声が乱れる原因は複数ある。その内のひとつは、発信者に何らかのトラブルが起こることだ。


 直後、会議室のドアが開いた。

「た だ い ま」

 勇者の小脇には、華奢な魔族の乙女が抱えられている。

「…ケテ…、タスケテ…」

 使い魔の大鷲が、主の窮地に大きな悲鳴を上げた。

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