第4話

 ほんの十年ほど前。当時からすでに魔王だったヤァンは、地方部の視察に来ていた。

 侵略するほどでもない小さな村から、少し外れたあたり。魔族に追いかけられ、半泣きになってる人間の子供を見つけてしまった。

 まあまあの大きさの石を魔族にぶつけたら怒った、という当たり前の話を聞きながら、魔王はその子供を村に戻した。

 子供の家族は大慌てで息子を出迎える。


「おお、ゴリツヨ…!」

「ゴリツヨ、遠くに行っちゃダメだと言ったでしょう…!」


 という昔話の回想が終わり、今に戻る。

 まさか十年ぽっちで、こんなエグいバケモノになるとは思わんだろ。

 魔王はガヤガヤと賑わう城内会議室の上座で、人知れず溜息をついた。


 この世界では勇者は自己申告制で成るもので、生まれ育ちに左右されるものではない。少し強くなった者が勝手に勇者を自称した。大体がそのうち周囲から叩きのめされて、諦めたり転職したりしている。

 あの時見逃したのも、あんな薄汚いアホのガキが生き残れるとは思わなかったためだ。


 当時の判断が間違っていたとは言わないが、それにしてもここまでの存在になるものか。本人は今も普通に席を陣取り、お茶とお茶菓子まで貰っている。


「…えー、資料は全員にまわったかな、会議を始めます」

 魔王はもうツッコミを諦めた。


「あ、すいませんゴミ箱お願いします」

「はいこちらに…、美味しかったですか?トリカブトせんべい」

「俺、毒無効なんでノーダメで食えます」

「クソが」

 勇者は側近に頼んで、お菓子の空き袋を回収してもらっていた。側近が悪態をつく。魔王はもうツッコまなかった。


 今回の会議における最大の議題に入る前、魔王がふいに手を打ち鳴らした。その音を合図に、会議室の窓ガラスがひとつ消滅する。

 参加している魔族たちがざわつく最中、開いた空間めがけて一羽の立派な大鷲が飛び込んできた。


「な…っ?!」

「これは…伝令用の使い魔か!」

「しかし、これほどの大きさは見たことがないぞ…!」


 どよめきも物ともせず、窓枠に停まった大鷲がその鋭利な嘴を開いた。


「魔王、ホマニ・モッウ=ワルデスヤァン様、初めての伝令になります。タニゾコノ国の魔王、アウロラと申します」

 その大鷲からは、魔力変換されてくぐもってはいるが、それでもよく通る女性の声が聞こえた。

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