第5話 行方不明
今回の事件と関係があるのかどうなのか、
「一人の刑事の行方不明事件」
というのも、K警察の方で捜査が行われていた。
清水刑事の足取りを調べてきたが、ある場所から、ぷっつりと消息が分からなくなっていて、
「その前後に何か問題でも起こったのだろうか?」
と考えるのだが、
「消息が分からなくなるような節目でもなんでもないのにな」
ということであった。
そこから、
「清水刑事の失踪は、事件にまきこまれた」
というわけではなく、
「不慮の事故」
ということであったり、
「自らの意思が働いている」
ということが考えられる。
もし、自分で姿をくらましたということであれば、
「実に迷惑な話」
ということであり、それこそ、
「警察官にはあるまじき行為」
ということになるのだろう。
それを考えると、
「清水刑事が普段どういう性格だったのか?」
ということから、捜査は始まるのだ。
「清水刑事は、まじめな刑事で、ただ、仲間内では、うんちくが好きで、いつも話が長くなる」
ということが、難点だということであった。
清水刑事は、一口にいえば、
「二重人格だった」
という人がいる。
とは言っても、
「人から嫌われる二重人格だ」
というわけではない。
ただ、
「彼はいつも正論ばかりを並べるので、堅物のイメージが強く、嫌われるというよりも、避けられているといった方がいい」
ということで、
「村八分的なことになっていたのではないか?」
ということを考えると。
「これって、失踪する人の一つのパターンかもしれない」
と感じた。
ということは、逆にいえば、
「自分から姿を消した」
と考える方が自然ではないか?
となると、怖いのが、
「どこかで自殺をしているのではないか?」
ということである。
そう考えたから、K警察の方でも、
「公開捜査」
に踏み切ったのだ。
最初はもちろん、戸惑いもあった。
というのは、
「何かの事件にまきこまれたのではないか?」
と考えたからで、
「もしそうであれば、へたに警察が動くと、その事件がどういうものであるか分からないだけに、清水刑事以外の、他の誰かが犠牲になりかねない」
と考えたからだった。
清水刑事は、実は、警察の中でも、
「内偵」
というものを行う部署にいた。
しかも、それは、警察内部でも、上層部の一部の人だけが知っている、
「トップシークレット」
ということだったのだ。
しかし、今回の失踪に関しては、
「警察上層部」
としても、そのことは、
「想定外だ」
ということだったようで、びっくりしている。
そもそも、
「内偵」
というほど大げさなところではなく、
「少なくとも、危険を伴うところではない」
と思われていただけに、
「もしこの失踪が、その組織とかかわっている」
ということであれば、
「我々警察の目は、騙されてしまっていた」
といってもいいだろう。
それだけ、
「浅はかで軽率だった」
ということで、考え直さなければいけないということになる。
つまり、
「内偵捜査」
というものの、根本的な刷新というものが必要になってくるということである。
ただ、清水刑事が失踪してから、内偵を進めているところが、
「これといって目立った行動をしているわけではない」
という。
しかし、逆にいえば、
「内偵社員とはいえ、知らないはずなので、一人の社員が行方不明になったというわりに、誰もまったく騒がない」
ということは、
「向こうは向こうで、失踪ということを隠蔽しようとしている」
ということも考えられる。
ただ問題としては、
「誰が、誰の為に隠蔽する」
ということなのだろう。
その隠蔽は、
「彼が内偵していたことと関係があるのだろうか?」
ということであったが、
そもそも、清水刑事からの、
「内偵による途中報告」
というものからは、
「内偵先の動きは、ほとんど見えない」
ということで、
「内偵をこのまま続けることに意味があるのか?」
と言わんばかりの話を報告しているということでもあったのだ。
だから余計に、
「失踪する」
ということの意味が分からない。
それは警察に分からないだけで、実際の内偵先はどうなのだろう?
「一人の社員がいなくなっても、ほとんど体制に影響はない」
というような大企業ではないのだ。
内偵をしている事務所は、社員が20人くらいの小規模なところで、そこに、
「営業部も管理部もあるのだ」
というところであった。
だから、余計に、
「行方不明の捜査」
というものを、公開捜査にしてよかったのだろうか?
と感じた。
なぜなら。
「内偵先の会社にも、警察が内偵していた」
ということが分かったはずだし、しかも、
「その刑事が行方不明」
ということになれば、
「普通なら、さすがに平静ではいられないはずだ」
といえるはずなのに、別に慌てているそぶりを見せていないということだ。
それを考えると、
「自分たちが進めていた内偵」
というのは、
「本当に正しかったのか?」
ということであった。
「ここまで、何も相手が行動を起こさない」
ということは、
「やましいことはない」
といっているようなもので、行方不明の社員といっても、相手は警察官であれば、その捜索は警察に任せればいいだけのことであり、慌てる必要はないというものだ。
堂々とした態度は、
「そのことを物語っている」
といってもいいだろう。
警察としても、
「最悪の結果」
というものを考えないわけではない。
特に、
「内偵を行う特殊な任務」
についているような刑事である。
そんな人間が、忽然と姿を消したのだから、もし、ここに、
「事件性というものがある」
ということであれば、それは、
「明らかに、相手は、一筋縄ではいかない、海千山千の連中だということになるのではないか?」
ということである。
そして、
「もし、自分の意志で姿を消した」
ということであれば、それは、
「相手から、相当なプレッシャーを掛けられ、姿を隠すしかない」
ということになった。
ということも考えられ、それ以外では、
「これ以上、自分が内偵を進められない」
と考えたとして、その理由を本部に話すことができないというジレンマからのことではないかということである。
もし、そうであれば、
「かなりの覚悟があることだろう」
ということであり、
「そこには、相手に対しての、かなりの同情が含まれている」
といえるだろう。
警察とすれば、
「内偵を行う」
という刑事に対して、
「そんな簡単に、警察を裏切るということがないように、それなりの人物を選出したはずだ」
ということになるのだろうが、それが結果として、まったく逆に、相手の気持ちに左右されてしまったのだとすれば、
「基本的な人選が間違っていた」
ということであり、それが、
「人選を一人に任せていたのか?」
あるいは、
「何かのマニュアルに沿っての人選なのか?」
ということから変わってくるということである。
それを考えると、
「警察組織の仲にも、ピンからキリまでいるわけで、優秀というのは、時と場合によって違うものであるから、少なくとも、大切な人選に対しては、マニュアルに沿ってというのはありえないのではないか?」
と考えられる。
しかし、逆にそれを一人に任せるというのも、実に危ない。
となると、
「マニュアルに沿っての、合議によって決める」
というのが最良だということになるだろう。
それこそ、
「裁判における、裁判員制度」
というものがあるのと同じであろう。
ただ、そうなると、基本は、
「多数決」
ということで、
「それが本当に正しいことなのか?」
というのが、問題になるわけである。
その問題を解決するには、
「民主主義の基本」
というものの、
「根本的な改正というものが必要なのではないか?」
といえるのではないだろうか?
実際に、
「今回の内偵に関しては、少なくとも、失踪するまでは、まったく問題がなかった」
といってもいい。
そもそも、問題があったのであれば、警察で、その件につぃて、
「撤退を視野に入れて考えた」
というはずである。
特に、
「内偵者自身の身に何かの災難が降りかかる」
ということが少しでも見られたら、当然、
「撤退」
ということがあるだろう。
もし、それを放っておいて、何か事件が起こってしまい、命を落とすような最悪の結果にでもなれば、
「大きな社会問題」
ということになり、今回の件の責任者が、
「辞表を出す」
などという程度で済む問題ではないということになる。
それこそ、
「警察組織の存在意義にまで言及すること」
ということであり、
「警察の捜査において、内偵をしないとらちが明かない」
ということで始めた捜査だからこそ、ジレンマに陥るということになる。
それを考えると、
「警察というものを、本当に、公務員ということにしていいのだろうか?」
という考え方も出てくるかも知れないが、
「公務員というのも、ピンキリで、警察はその中でも、リアルに厳しいところである」
といえるのではないだろうか?
日々、巻き起こる、
「凶悪事件」
というものに、敢然と立ち向かいのが警察というものだからである。
清水刑事が、捜査していた会社は、表向きには、普通の商事会社のようなところであっったが、実はその裏で、
「宗教団体」
のようなものが暗躍しているということであった。
その宗教団体は、
「公安部」
からも目をつけられていて、
「公安」
が目をつけているのは、あくまでも、
「上部組織」
だった。
このK警察の内偵捜査は、あくまでも、
「子会社と思しき、一事務所」
においてだけだったのだ。
もっとも、同じような事務所が、他の警察署からも、内偵を受けているところもあり、公安とすれば、
「邪魔だ」
とは思ったが、警察がいろいろなところで、所轄の事務所を探っているのも無理もないことで、それだけ、事務所単位での
「苦情」
であったり、
「問題」
が多いということになるのであろう。
この組織も考えていて、
「本部組織と、各事業所とにおいて、何かあった時は、切り離せるように、法的にも実質的にも対応できるようにしていた」
ということのようだ。
だから、逆に警察と公安が、それぞれで動かなければいけないということにもなっているようで、あわやくば、
「警察と公安で、火花を散らしてくれればいい」
というくらいに、組織は考えていたのかも知れない。
とはいえ、他の警察署で、
「内偵」
ということまでやっていたのかどうかまでは分からない。
K警察署では、
「被害届」
というものが数件届けられたことで、
「さすがに黙ってはいられない」
ということから捜査に乗り出したのだ。
この、
「K警察署管内」
における組織の暗躍は、結構他の地区に比べて目立っている。
ただ、警察が直接手を下すだけの証拠というか、罪状を奴らは残さない。警察が出ていっても、弁護士が出てきて、うまく、
「口八丁手八丁」
ということで切り抜けられて、それでしまいということになるのであろう。
それを考えると、
「どこまで、やつらはうまくできてるんだ」
と、苦虫をかみつぶしたい気持ちではあるが、逆に、
「敵ながらあっぱれ」
と思えてくる。
ただ、やつらのやっていることは、完全に、
「人道を外れている」
ということで、許されることではない。
「一瞬でも、あっぱれなんて思った自分が恥ずかしい」
というレベルである。
実際に、内偵に入っていた清水刑事も、
「いかにも、勧善懲悪」
というものを絵にかいたような性格の人間だったのだ。
ただ、実際に、
「警察の中で、勧善懲悪を絵にかいたような人間が、捜査において、裏の顔を持っていた」
ということも少なくはない。
「ミイラ取りがミイラになる」
というのか、実際には、
「何か弱みを握られて、それで相手をいうことを聞かないわけにはいかなくなった」
ということで、逆スパイ的なことをしている人も少なくなかっただろう。
それだけ、相手が、
「一枚も二枚も上だ」
ということになるのだろう。
それは、
「相手を甘く見すぎていた」
ということになるのだろうか。
警察というと、どうしても、
「国家権力を持っていて、自分が相手よりも上の立場だ」
という風に思いがちなのかも知れない。
そもそも、警察の仕事は、
「公務」
であり、邪魔をすれば、それは罪になるという当たり前だが、相手の組織にはまったく影響がないということを分からないのだ。
「策を弄する人間は、自分がされることに気づかない」
と言われるものだが、警察の仕事もそうなのかも知れない。
「自分たちの常套手段は、警察特権のように思っていたとすれば、それは実に甘い考えで、相手に通用することではない」
といえるだろう。
何が、勧善懲悪なのかというということを、勘違いしている人もいるかも知れない。
なんといっても、
「善悪」
という観念は、あくまでも、ハッキリと決まったものではなく、人によっては、
「善だ」
と思うことが、それ以外の人すべてが、
「悪だ」
と思うこともあるだろう。
実際には、
「善悪」
というものの判別は、それを行う人によるということであり、だからこそ、人それぞれの考え方によるわけで、その判断によって、何かをしても、結果が別の形に出てしまうということになる。
だから、世の中には、
「必要悪」
というものがあるのだろう。
では、
「不要な善」
というのがあるのであろうか?
そもそも、
「不要なもの」
ということであれば、それが善であろうが、悪であろうが関係ない。
「ないに越したことはない」
といえるだろう。
だから、
「物事の根拠」
というものは、
「善悪が、最重要問題」
ということではなく、
「要不要」
というものがあっての、
「善悪」
ということになるのではないだろうか?
だから、内偵をしている時も、
「善悪」
という観点よりも、
「要不要」
という観点から考える。
会社の部署でもそうではないか、
「いくら善ということであっても、会社に損を与えるというものであれば、不要ということで、持たない」
というのが当たり前だ。
もっとも、会社において、
「損を与える」
というものは、その時点で、
「悪だ」
ということで、
「不要なものだ」
という考えは当たり前のことである。
そういう意味で、
「要不要」
という考えが、そのまま、
「善悪」
に当てはめてもいいのかも知れない。
物事には、どんな場合には例外というものはあるということで、まずは、例外を外したところから、大きなことが決まり、その後で、
「例外というものが出てきた時、どのような対応をすればいいか?」
ということになるであろう。
それを考えりと、
「世の中というものは、基本的には、決まった大きな流れがある」
といってもいいだろう。
例外ばかり考えていると、その流れをせき止めることになるが、場合によっては。その
「流れをせき止める」
というやり方が、世の中のために役に立つということがある。
「だからこそ、臨機応変でなければいけない」
ということになるのだ。
内偵に入っていた清水刑事の行方不明を考える時、
「この内偵が善悪なのか?」
ということよりも、
「要不要」
のどちらだったのか?
ということの方が問題だったのだろうといえるだろう。
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