神隠しの子
山で子供が見つかったらしい。
それはたまたまハイキングをしていた老夫婦が「崖下に膝を抱えて座っている子供がいる」と警察に通報したことがきっかけだった。
慌てて救助隊が現場に向かうとそこには確かに、十歳程度の子供が一人、膝を抱えて座っていた。意識はあるようだった。怪我もない。だけれど救助隊が話しかけてもぼーっとしたまま何も言わなかったという。
どうやらその子供はこの町の子供ではなく、少しずつ話せるようになり会話が出来るようになっても話は噛み合わない。どうしてか五十年は昔の話をしているようだった。それらの点からも、最近失踪したとは思えない子供だった。
テレビでもネットでもその話題で持ちきりとなった。おもしろおかしく、「神隠し」という単語をあちこちで聞く日が続いた。
かくいう私も記者の端くれとして何とかその子供と話をしようとあらゆる手と縁と金を使って、なんとかその子供に会う機会を得た。
いざ会うとその子はおとなしく穏やかに笑う普通の子供。誕生日などを聞いたときに数十年前のことを言う、ということ以外は。
私も生まれていない時代の話。その時代のことを言われても私は知らない。だけれど、年配の先輩が頷いている。
その子は慌てる様子もなく穏やかに言った。
「山で迷ったとき、神様に見つけてもらった」
と。どんな神様か、と聞くと少し考えて「いろんな神様」と返す。
「子供から大人まで、たくさんの神様のおうちにいたた」
「みんなが寝たら大変だから、おうちのお仕事を教えてもらっていた」
「お仕事を覚えたら、みんなが寝るまでは返してあげるから、って言われた」
「寝る前にはまた呼ぶから、って」
「みんな子供が大好きってかわいがってくれた」
「お別れの日も、また会えるから、って約束した」
「おうちを出るまでみんな手を振っていた。おうちをでたら誰も見えなくなった」
「神様との約束は絶対だから、また会えるんだって」
その日を楽しみにしているんだ、とその子は笑っていた。
寝る前に呼ぶとは、と聞いても、わからない、と首を振る。どんなお仕事だったか、と聞いても、覚えていない、と。
それじゃあ意味がないのでは、と言うと
「でもたぶん、おうちに帰ったら思い出す」
となぜかはっきりと断言して穏やかに笑う。不思議な子だった。
聞いても分からない。教えてもらっても分からない。何か会話がちぐはぐなような気がして、二つのジグソーパズルをぐちゃぐちゃにかき混ぜて組んでいるような気持になった。
それから十年ほど経った。そんな出来事があったことなんて風化されて頭の端っこで覚えているかいないかになったころだった。家に見知らぬ青年が尋ねてきた。人形のように顔の整った青年だった。人形のように表情もないが。
その青年の隣にはあの子供も立っていた。すっかり大人の顔になったその子…彼は穏やかに笑って頭を下げた。
「あの日、僕の話を笑わずに聞いてくれたのは貴方だけでした」
と。面白おかしくネタにしていた中、どうやら私だけが真面目に話を聞き、否定も拒絶もしなかったらしい。あまり覚えていないけれど。
「そろそろみんなが寝るらしいので、僕は帰ります」
そう彼は晴れやかに笑って言う。それが不自然なほどの明るい笑みで少しばかり不気味に思うほどだった。
帰ったら何をするのか、と聞くと相変わらず首をかしげて
「分かりません」
と笑う。その笑みは以前と変わらないようでいて、以前よりも更に空っぽになったような、そんな笑みだった。
「一つだけ、お話してもいいって言われたのでお伝えに来たんです」
別れ際、彼はそう切り出した。
「眠ってしまうと大変なことが起きるみたいです。僕のお手伝いだけじゃ足りないかもって。だから、何かあったら必ず逃げてくださいね」
逃げるって何から。そう聞いてもやはり「分かりません」と笑うだけだった。
聞きたいことは山ほどあった。だけれど、きっと彼は穏やかに笑って「分かりません」と言うだろうことは想像できた。
私は深くは何も聞かず、ただそうですか、と頷くと、
「ではお気をつけて」
と彼は頭を下げた。
隣のやけに整った顔の青年はじっと私を見てから、彼と一緒に頭を下げた。そんな簡単な挨拶をして彼らは帰って行く。姿が道路の奥に陽炎のように消えていくまで、私はその後ろ姿を見送った。
律儀だな、と思いつつ何となくかつての記録を見ようと資料を探すが、保管した場所にはない。
おかしいと思い検索しても、ない。
そんな事件なんてあった痕跡すらない。
———その時、隣にいたあの青年が助けてくれた神様とやらで、本当に神に隠されていたのだと、そしてまた隠されるのだと気付いた。
神が眠ったら…というのはもしや、彼らが住む地の神が眠りについてしまうというのだろうか。眠りについたら、その土地を守るものがいなくなるということなのだろうか。
いや、もしかしたらその土地どころじゃなくて、もしかしたら、この国の話じゃ……。
仮説だ。勝手な妄想であり想像だ。だけれど、あの噛み合わなかったジグソーパズルがぱちりとハマったような気がした。
だから、逃げて、と言ったのだろう。何を手伝うのかなんてわからないが、きっと神々が支えてきたものを人間一人で支えられるわけがないだろうから。
こんなファンタジー小説のような記憶も、きっとそのうち消えてしまうのだろう。逃げて、と言われたことももしかしたら明日には忘れているのかもしれない。こう文章に残したってきっと消えてしまうのだろうけれど、書き残しておく。
近い未来…いや、もしかしたら明日かもしれない未来に悲劇が起きないことを祈って。
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