第5話 帰り道は、少しだけ特別

杉見未希

第5話 帰り道は、少しだけ特別

あらすじ


仕事帰りの夕暮れ。

何気ない帰り道の時間が、誰かと一緒だとこんなにもやさしく感じるなんて──。

美羽と三浦さんの距離が、少しずつ近づいていく第5話です。


終業のチャイムが鳴り、美羽はそっと工具を片づけてロッカーへ向かった。

イヤーマフを外すと、人々の話し声や足音が一気に押し寄せる。

その波にのまれないよう、深く息を吸った。


──そのときだった。


「片下さん」


名前を呼ばれて、思わず振り返る。

そこには三浦さんが立っていた。黒縁メガネに、マスク。いつもの穏やかな目。


「帰り、同じ方向ですよね? ……よかったら、一緒に歩きませんか」


少し考えてから、美羽はうなずいた。

こんなふうに誘われるなんて、久しぶりだった。


工場の外に出ると、夕方の空はオレンジと薄紫が混ざったやさしい色。

人通りの少ない裏道を、ふたりは並んで歩く。


「……夕方の音って、少し落ち着きますね」

「うん……昼間より、静かだから」


「僕、帰り道はわざとこの道にしてるんです。車の音、少ないし」


美羽は横目で彼を見た。

その言葉が、なんだかとても嬉しかった。

自分も同じ理由でこの道を選んでいたから。


少し歩いたあと、三浦さんが立ち止まった。

小さな自販機の前で、財布を取り出す。


「帰りも、甘いやつ飲みます?」


缶コーヒーを差し出す仕草は、昨日と同じ。

だけど、美羽の心は昨日よりも軽かった。


「……ありがとう」

「じゃあ、今日は僕も甘いのにします」


缶のプルタブを開ける音が、静かな夕暮れに小さく響く。

ふたりは並んで、少しだけ笑顔を見せた。


その時間が、少しだけ特別に感じられた。



恋愛/ゆっくり進む恋/不器用な恋/静かな時間/日常系/発達障害/聴覚過敏/優しい男性/癒し/現代

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第5話 帰り道は、少しだけ特別 杉見未希 @simamiki

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