第3話 もうひとつの瞬間

夏休み明け。

座席が変わった。


佐々木さんは、教室の前の方に移動して、

僕の隣には、新しく転校してきたという女の子が座ることになった。


髪は肩につかないくらいの長さで、前髪は少し不揃い。

どこか眠たそうな目をしていて、話しかけてもあまり返ってこない。

でも、嫌な感じはしなかった。むしろ、何か――空気が似ている気がした。


新しい席になって三日目。

その日も、朝から蒸し暑かった。

僕はノートを机に出して、ぼんやりしていた。


そして、隣から気配がした。


彼女が、髪をまとめようとして、

腕を上げて、首の後ろで結び始めた。


――その瞬間。


制服の袖が、するっとずれて。

光が入り込んで、そこに、あの「隙間」が現れた。


前と、同じだった。

動きも、角度も、光の差し込み方も。

だけど――


決定的に、違うものがあった。


そこには、布がなかった。


直に、肌の曲線が見えた。

なめらかな輪郭が、光の中で浮かび上がる。

僕の視界は、それに釘付けになった。


「……っ」


息を飲む音が、喉の奥で鳴った。

心臓が跳ねた。

頭の奥が熱くなって、世界が白くなった。


比べるものじゃない。

でも――比べてしまった。


前の「隙間」よりも、

今この「隙間」の方が、

僕の中の何かを、もっと激しく揺らした。


もう、迷ってる場合じゃなかった。

もう、ためらってる時間なんて、なかった。


僕は、立ち上がった。

手が震えてた。

でも、そのまま彼女の机の方に向かった。


彼女はびっくりした顔で、僕を見上げた。

教室はまだざわざわしていて、誰も僕らのことなんて気にしてなかった。


そして――僕は言った。


『……好きです。付き合ってください。』


自分でも、びっくりするくらい大きな声だった。


何も考えてなかった。

でも、言ってしまった。


あの「隙間」に心を持っていかれたまま、

そのままの勢いで、僕は――


たぶん、また恋をした気になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その瞬間に、恋が見えた気がした @syubi01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ