第2話 あと一歩

『……もう、たぶん、顔に出てるよな、俺。』


次の日から、僕は完全におかしくなっていた。


佐々木さんが教室に入ってくるたび、背筋がピンと伸びる。

すぐ隣に座るだけで、心臓がじわじわ熱くなる。

筆箱が少し机からはみ出して、僕の方に寄ってきただけで、「あっ」ってなる。


それなのに、佐々木さんは特に何も変わらず、いつもどおり静かだった。


だけど――


ある時、僕が彼女の消しゴムを拾って渡したとき、彼女の指先が少しだけ僕の手に触れた。

ほんの一瞬だったのに、その瞬間、彼女の耳が、すこしだけ赤くなった気がした。


それから、彼女の方も……なんか、ちょっと様子が違う気がしてきた。


たとえば、朝。

前は無言で髪を結ってたのに、僕が横をちらっと見た瞬間、彼女がふとこっちを見て、目が合って――すぐに目を逸らした。

そのとき、ほんの少しだけ笑っていた気がする。

いや、違うかもしれない。でも、そう思いたくなるくらい、ドキッとした。


ノートをまとめる手がちょっと速くなったり、プリントを渡すときに指が重なったり、

下敷きを落としたら、僕より早く拾ってくれたり。

今までなかった、ちょっとした「接点」が、増えてきた。


『……もしかして、気づかれてる?』


僕のこの、どうしようもない情熱みたいなものが、

どこかで佐々木さんに伝わって、

それが彼女の中に、何かの火を灯したんじゃないかって――


そう思うと、もう、授業どころじゃなかった。


だって、もうすぐそこにあるんだよ、「好きです」って言葉が。

声に出すだけで、全部が変わってしまいそうな、その一言が。

でも、言えない。言ってしまったら、もし違ってたら、

今あるこの距離感が、壊れてしまうかもしれない。


この距離――

机の端と端。

肘と肘の間。

言葉と、気持ちの間。


それが、今の僕にとって、一番の「刺激」だった。


そして、それが消えてしまうのが、何よりも怖かった。


『このままでいい。……いや、でも、やっぱ、伝えたい……!』


感情は、もうとっくに整理できなくなってた。

ぐちゃぐちゃで、熱くて、息苦しくて。


――けど、きっと彼女も、同じなんじゃないかって、信じたかった。


この「あと一歩」の隙間が、

僕たちふたりの「好き」の証拠なんだって、思い込もうとしていた。


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