第27話 人に理由あり


「あったあった」


 倒れた陳列棚を片手で持ち上げ、下敷きになっていた商品を掘り出す。

 その中から状態が良い物を、いくつか並べた。


「ほら、発電機だ。好きなの選び……あー、どれがどれかなんて分かんねぇか」


 オススメはこっちのディーゼル発電機。本来の燃料は軽油だが、ちょっと手を加えればナタネ油なんかの植物油でも動かせる優れもの。アブラナならセタガヤ区とスギナミ区で大量に栽培されてるし、わりと手に入りやすい。

 まあガソリン式の発電機にも別のメリットがあるから、予備にするなり使い分けるなりで複数台持って行くのもアリ寄り。


「字は読めるのか?」

「あ、は、はい……姉さんが、教えてくれて……」


 なら取説で使い方は分かるか。

 もし分からなければ、後日教会ウチまで聞きに来い。


 もちろん、情報料として相応の働きは求めさせてもらうがな。

 その時は頑張ってくれ。ガキ共の遊び相手。


「ジル」

「ええ」


 横合いでバチバチと散る紫電しでん

 充満するエーテルの特異な毒素でほころんだ空間が、異形因子スキル由来の電撃によって焼き焦がされてボロボロ崩れ、外界トーキョーへと通じるを作り出す。


「わっ……!? え、これ、えぇっ……!?」


 目を白黒させ、大きく割り開かれた空間の裂け目に仰天ぎょうてんする少年。


「なに驚いてんだよ。まさかとは思うが、協会の奴等『界断かいだん』の説明もしてねぇのか?」


 空間をこじ開けて異界ダンジョンからの脱出口を作る、異界探索者シーカーの基本技。

 本来の出入り口である異界門ダンジョンゲートが数十分ごとに位置を切り替えてしまう特性上、最低限これができなければ遭難は必至。九分九厘くぶくりん生きて帰れない。


 まあ、ヨツヤゲートここは接続座標のパターンが少ない方だからワンチャンあるが、ハラジュクゲートやカツシカゲートあたりだったら確実に御陀仏おだぶつだ。

 そんな必須項目を教えてないとか、職務怠慢しょくむたいまんはなはだしい。


「信じらんねぇ。お前を担当したの誰だ、苦情入れてやる」

「い、いえ……界断かいだんのことは、知ってます……でも、講習ビデオで見たのと、全然違って……」


 曰く、複数人でもっと時間をかけて行うイメージだったらしい。

 なるほど。


「一般的には、その認識で間違っちゃいない。実際、単独で界断かいだんを開けられるのは俺とジルと凶三きょうぞうと……あー、あと二人くらい居たっけかな」


 二百人前後のうち、わずか五人。

 ついでに言うと、ほとんどの異形因子保持者スキルユーザーは数人がかりでも一日に一回か二回しか開けないし、すぐ閉じてしまう。


 なお俺は四回ほどいけるが、無理やり押し開けた継ぎ目から手を離せば、即座に塞がり始める。視殺しさつの応用で空間に穴を穿うがてる凶三きょうぞうも、やはり長くはたない。


 ──ゆえに使が可能なのは、一日十回以上余裕で開ける上、断面を焼き焦がすことで一度の開通につき数分は状態を維持できるジルだけだ。


「そーら」


 発電機数台に冷蔵庫や電子レンジなどの家電。

 ジルがボストンバッグに詰め込んだ自分用の服。

 ガキ共への土産みやげらしい子供服やら玩具おもちゃやら菓子やら。

 あとは、凶三きょうぞう見繕みつくろった新しい着物。


 背負って運ぶとなると流石に大荷物過ぎる諸々もろもろを、全部纏めて界断かいだんに押し込む。


 これでゲートの近くに搬送はんそう完了。

 ほとんど手ぶらで階層フロアを歩き回れるってのは、実にストレスフリーだ。


 ちなみに盗まれる心配はしなくていい。一式には俺の持ち物である証明としてオルカの絵を描いた付箋ふせんが貼ってある。

 同業者すら避けて通る悪名あくみょうも、こういう時は便利。






「んー」


 首を掴んで吊るし上げた女ゾンビの服を裂き、胸元をまさぐり、腹を舐め上げる。


 モールで出くわすアンデッドにしては鮮度の良い身体だが、生憎あいにくと骨張ってて肉付きが悪い。肌も荒れてる。

 あばらが浮くほど痩せっぽちとかノーサンキュー。もっと豊満な方が俺好み。


「チッ」


 手を離し、床へと落ちる前に爪で引き裂く。

 足元に散らばり、早くも腐敗し始めたゾンビを見下ろしつつ、指先を汚すドス黒い血を舐めとった。


「まっず……」

「お腹空いてるなら、さっき拾った缶詰食べたら?」

「そこまで腹は減ってない。口寂しいだけだ」


 缶詰はガキ共に持って帰ってやれ。

 ネズミだろうとゴキブリだろうとクリーチャーだろうと食える俺と違ってヤワなんだから、まともな飯が必要だろ。


 もっとも、餓死寸前でもない限りネズミやゴキブリなんか食いたくないが。気分的に。


 …………。

 そうだ。肉付きと言えば。


小僧こぞう。お前、どうして移植手術なんて受けようと思ったんだ?」

「え?」


 地下アンダーで初めて会った時から、ちょっとばかり不思議だったんだよな。


「服装や体つきを見るに、地上アウターじゃそこそこ生活できてる方だろ。どこ住みだ」

「……ミナト区、です」

「そりゃ大したもんだ。ますます命懸けのギャンブルを張る理由が分からん」


 ミナト区、チヨダ区、タイトウ区、スミダ区、コウトウ区。

 地上アウターで唯一地下アンダーから手厚い支援を受けられるチュウオウ区と隣接する五つの地区は、を貰いやすい分、比較的裕福だ。しかも警備隊の巡回頻度が多いため、治安もボチボチ落ち着いてる。


 取り分けミナト区は、ほんの一部ではあるが電線や水道すら健在。

 必然、住人の生活レベルもチュウオウ区に次いで高い。

 

「でも僕は、何もしてません。両親が死んでから、ずっと姉さんが……」


 ああ。そういうことか。


 語末ごまつ口篭くちごもる少年だが、その説明だけで得心とくしんした。


 親を失い孤児となっても、年頃の姉が居る場合は生き残りやすい。理由など、いちいち語るまでもないだろう。

 ミナト区に住めるあたり、余程の器量良しと見た。


「移植手術が上手く行けば姉貴に楽をさせてやれる。たとえ失敗して死のうと、その時は自分という重荷が消える」


 ズバリ図星だったのか、少年が気まずそうにうつむく。


「……この前も地上警備隊の募集に応募したけど駄目で……もう三回目で……だから!」


 なるほどなるほど。


「とりあえず肩の力を抜け」


 あと、話に夢中になって周囲への注意をおこたるな。

 取るにも足らない表層と言えど、ここは異界ダンジョンだぞ。


「別に責める気は無い。間違った考え方だとも思わない。実際、似たような動機で申請書にサインする奴なんてゴマンと居るしな」


 なんなら、昔ほぼ同じ理屈を並べてきたアホ女を一人知ってるし。


「コングラッチュレーション。お前は見事に最初の関門をくぐり抜けた」


 女なら四.八パーセント。

 男なら〇.六パーセント。


 十二時間にわたる液化エーテル浸けを生き残り、異形因子保持者スキルユーザーとなれる平均確率だ。

 ……そのまま生きて地上アウターに戻ることが出来る奴は、もっと少ないけれど。


 ともあれ結構な幸運と、死んでもおかしくない痛みに耐え抜いた根性の持ち主。

 まあ運に関して言えば、警備隊に入れる確率の方が随分と低かったりするんだが。

 一度につき採用数が五人とか十人の求人募集に、毎回最低でも数万人は応募者が押し寄せるし。


 閑話休題ふつーにムリ


「そして──運と根性だけで生き残れるのは、ここまでだ」


 ボックスから洋刀サーベルを引き抜き、少年の背後まで迫っていたゾンビの額に刃を突き立てる。


「会ったことはないが断言してやる。お前が死ねば、お前の姉貴は確かに少しだけ安心するかもしれないが、それ以上に悲しむぞ」


 倒れたソファを蹴り上げる。


「博打を生き残ったなら初志を貫け。たった一人の家族に楽をさせたいんだろう?」


 空中で六回転したのち、重い音と共に正しい向きで落ちる。


「そのためにも、これからは賢く立ち回れ」


 背もたれに背中をぶつけるように腰掛けた。

 筋骨が凝縮された二〇〇キロ近い体重を受けてギシリときしむが、壊れはしない。


「ひとまず無知は仕方ない。だがバカにはなるなよ」


 わりと上物だな。持って帰るか。

 今使ってるベッド、そろそろ寿命だし。


「少なくとも、支給されたばかりの通信機から招集コールを受けて、ワケも分からず現場まで足を運ぶような真似は二度とするな」


 ゾンビを引き裂いた後も異形化させたままだった右手で、通路の奥を指差す。


「……今日はツイてる日だ。アガリも上々で気分がいい」


 新たなゾンビが数体、不快な呻き声を上げながら寄って来ていた。


「銃の撃ち方くらいは教えてやるよ。新入りルーキー

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