第26話 カシマレイコ


〈よこせ〉


 やや危なっかしくも少年がゾンビ五体を自力で倒し、めでたく初陣ういじんを勝利で飾ったのが、ほんの数分前。

 射撃は元より、あらゆる立ち回りが未熟以前の域だったけれど、まあ上出来だ。


〈よこせ〉


 たとえイプシロン級の雑魚であろうと、百体近くも仕留めれば数時間分の働きはしたと言える。

 ゆえに休憩がてらジルが小洒落こじゃれた服屋で秋着あきぎを探す姿を座って眺めていたら、その近くにあった呉服店に目が止まり、ちょっと覗いて行こうと腰を上げた。


〈手をよこせ〉


 足音ひとつ無く現れた女怪ヒトガタに道を塞がれたのは、まさしくそんなタイミングだった。


「あぁ?」


 スカート部分が乾いた血で赤黒く汚れたワンピース姿を着た、若い女のカタチ。

 容姿は女怪にありがちな、端正たんせいだが青白い不気味なもの。


 殊更ことさらに目を引く特徴は、膝から下の欠損。

 しかしテケテケあたりと違って這い回ったりはせず、宙を滑るように移動している。

 そりゃ足音なぞ立つワケないわな。足そのものがねぇんだもんよ。


「なんか用か」


 握り締めたままの拳銃を構えようとした少年を制しつつ、声をかける。

 ちょっと肩の力抜け。そんなガク引きじゃ当たるものも当たりゃしない。


〈手を、よこせ〉

「……ああ、なんだ。お前『カシマレイコ』か」


 久し振りのエンカウントで気付くのが遅れた。

 モールにも出るのか、こいつ。


〈手をよこせ……!〉


 カシマレイコ。

 他にもカシマさん、カシマさま、仮死魔霊子かしまれいこなど様々な呼び名を持つ、旧時代では口裂け女と並ぶほど有名だったらしい都市伝説。


 著名ちょめいな割に、あるいは著名ちょめいか、八方へと散らかった説話せつわの内容には纏まりが無いどころか名前すら統一されておらず原典げんてん曖昧あいまいで、そもそもカシマレイコという存在が男なのか女なのかさえハッキリしていない。

 いわゆる「その話を聞いた人間のところに現れる系」の怪異って部分だけは、おおむね共通した特徴なんだが。


 もっとも、話の枝分かれなど怪談や都市伝説では珍しくもなんともない。

 ネットが一般まで広く出回ってた時代に流行ったネタは特に煩雑はんざつ


〈手をよこせぇ……!!〉


 クリーチャーとしてのカシマレイコは、質問への解答を間違えたら手足を奪うべく襲ってくるという、スラッシャーとテケテケを足したような性質を持つ。

 三つ四つ適切な問答を繰り返せば、何の危害も加えずに引き返す。


 の、だが……どう答えればいいんだっけか、これ。

 そこらへんのパターンも話によってバリエーション多過ぎて、いちいち覚えてないんだよな。


 …………。

 めんどくさ。テキトーでいいや。


「オーケー別嬪べっぴんさん。ほら、やるよ」

〈──けぇああああぁぁぁぁッッ!!〉


 そう言って両腕を差し出すと、カシマレイコは奇声を上げながら右手首を掴んできた。

 そのまま引きちぎるつもりらしく、目一杯に力を篭めてくる。


〈りぎぃぃいいいい、いぎぎぎぎぎぎぎッッ!!〉


 力を篭める。


〈よこせ、よこせっ、よこせぇっ、よこせぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!〉


 篭める。


〈るぐぅぅううっ、ふうゥゥゥゥ!!〉


 どんなに力を篭めても俺の右腕は微動だにせず、業を煮やして噛みちぎろうとするも、文字通り歯が立たない模様。

 何やってんだコイツ。


「こっちも暇じゃねぇんだ、手早く済ませろよ。手だけに」


 自分で自分を殴りたくなるレベルのつまらんジョークはさておき、なんと非力な。

 異形因子スキルを活性化させていない俺の肉体強度など、戦車砲くらいの火力があれば貫ける程度だと言うのに。

 イプシロン級は本当にもろいな。お陰で、ときどき弱いものいじめしてるみたいな気分にさせられる。


 長引かせるのも悪趣味だし、さっさとカタをつけるか。


「噛むのを手伝ってやるよ」

〈がッ……!?〉


 左手でカシマレイコの頭を押さえ、あごに膝蹴り。

 合わせて、右腕を引き抜く。


 そして一緒についてくる、蹴りの衝撃で釘を打ち付けるように突き刺さった十数本の歯。

 奥歯以外のほとんどが、綺麗な歯形状に並んで前腕へと残っていた。


「根こそぎとは酷いもんだな。歯槽膿漏しそうのうろうか?」


 歯の一本を抜き取り、親指で弾いて飛ばす。

 左耳に大穴がき、ドス黒い飛沫ひまつが散る。


「セット」


 指輪型スイッチを押し、ボックスから双刀を出力。

 引き抜いた洋刀サーベルを振り回し、食うのに邪魔な衣服だけを斬り刻む。


 ──そのついでで、腹に十字の切れ込みを入れた。


「一丁上がり」


 右の洋刀サーベルを放り投げると同時、大量の出血を伴い、ぼろぼろまろび出る内臓。

 背後からヒッと悲鳴を押し殺したような声。グロ耐性は早めにつけといた方がいいぞ。


〈ッッ──〉


 倒れかけたカシマレイコの鎖骨間さこつかんに左の洋刀サーベルを突き立て、壁へと縫い止める。

 次いで異形因子スキルを活性化させ、膝をつき──変異したあごを腹の傷口に顔ごと突っ込ませ、肉と臓物をむさぼった。


〈ッ、ッッ!!〉

「はぐっ、んっ、んぐっ、ふぐっ」


 不味い。生臭い。あれこれ部位が混ざって食感も悪い。

 もし、こんなもの食う奴が俺以外に居たら、そいつの神経を疑う。


「…………あ」


 しまった。ここなら普通の食料なんざ文字通り腐るほどあるのに、ついクリーチャーを食っちまった。

 女怪と見るや流れるような捕食。習慣って恐ろしい。


「ぷはっ。ごちそう、さんっ」


 傷口に手を突っ込んで背骨を掴み、そのまま引き抜いた。

トドメとして洋刀サーベルを引き抜き、首をはねる。


 あっという間に腐り始めた脊柱せきちゅうを投げ捨て、刃が濡れた洋刀サーベルも同じように破棄はき

 いちいち武器を出したり収めたりするのが面倒で仕方ない俺にとって、気軽に使い捨てられる即席の数打ちは非常に快適だ。

 良いオモチャを買った。






 血まみれになった顔を袖でぬぐいつつ少年を振り返ると、実に面白い顔をしていた。


「チュウオウ区にクソ不味いラーメン屋あるだろ? あんな不味いのに月一で行きたくなるあたり、もしかすると本当は美味いんじゃねぇのかって思うんだが、どうよ?」


 唖然あぜん呆然ぼうぜん、放心、ドン引き。

 色んな表情をいっぺんに浮かべられるとは器用だな。


「……えっと……その店に行ったことないんで、ちょっと分かんないです……」


 そうか。それもそうだ。

 今度連れてってやるよ。


「ところで」


 口周りの血を舐めとり、呉服屋の店頭に飾ってある二枚の着物を指差す。

 白と黒。桜模様と椿模様。


「銀髪色白の女に着せるなら、どっちの方がえると思う?」

「…………み、右?」


 なるほど。ちなみに俺は左派。

 まあいいか。両方もらって帰れば。

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