第25話 至高の数打ち


「はははっ。こいつはラッキー」


 色あせたリノリウムの床をかかとで打ち鳴らし、反響する音に耳を傾ける。


「まさか『モール』に出るとはな。幸先いいぜ」


 一階から四階まで吹き抜けとなった高い天井。大型車も飾れるだろう広い通路の両サイドに並んだ数々の店舗テナント

 全体的に薄暗くも、あちこち点々と明かりが残っているため、視界は十分開けている。


「なんだ、ここ……」

「旧時代のショッピングモールを投影した階層フロアだ。ごらんの通り、閉業しちまってるがな」


 呆然とする少年の近くで横倒しになっていたマスコットらしきキャラクターの立体像を起こし、元あったと思われる位置に立たせる。

 モチーフはイルカっぽい。白と黒のペンキがあればオルカカラーに塗り直すんだが。


「ちょいと散らかってるが、探せば大抵なんでも揃う。酒もタバコも、缶詰なんかの食料品もな」


 俺はアルコール全般ダメだし、タバコも凶三きょうぞうが嫌がるから吸わないけど。


「あっちの電器屋とホームセンターには、生きた家電やら発電機やらも転がってる」

「え……!?」


 驚愕きょうがくあらわに振り返る少年。

 教会うちで使ってる家具のいくらかも、ここから持ち出した。


「す、すごい……異界ダンジョンの中に、こんな場所があったなんて……!」


 まあ、こうも物資が充実した階層フロアは流石に稀。

 言動を見るに今日初めて異界ダンジョン入りしたっぽいが、いきなり大アタリを引くとはラッキーボーイめ。


 俺の初異界ダンジョンなんか、アダチゲートの氷山ひょうざん階層フロアだぞ。

 いきなりレベル。しかも平均気温氷点下ひょうてんか七〇度の極寒地獄。金目の物なんか何ひとつ無い上に環境ばっかり過酷かこくな最低の場所だった。


 あれ以来、アダチゲートには近寄ってすらいない。

 二度と行くかよ、あんなとこ。


「欲しいもんがあったら先にリストアップしとけ。来たいと思って来られる場所じゃねぇぞ」


 モール自体のエーテル濃度は表層レベルだけれど、べ三ヶ所にようする階層門フロアゲートが繫がっている先は全てだ。

 したがって、入るまで行き先不明な異界門ダンジョンゲートから偶発的に訪れる以外の方法だと、どんなに弱くとも超弩級ちょうどきゅう戦艦並みの存在強度を持ったガンマ級以上のクリーチャー居ない危険地帯を必ず経由しなければ辿り着けない階層フロア

 更に付け加えるとゲートを短スパンで何度もくぐると数日は体調にさわるため、リテイクの回数も限られる。


 …………。

 ついでに、だ。


「あー」


 ぐるりと周囲を見渡す。

 入店早々そうそうの歓迎とは、仕事熱心な連中だ。


「っ……!?」

「あら」


 少し遅れて、取り囲まれていることに気付いた少年とジルが各々おのおの反応を示す。


「大衆の共通認識は、ショッピングモールと言えばゾンビらしい」

「なんでかしらね?」


 知らんが古いゾンビ映画とかでもモールを舞台にしたやつは多い気がする。


〈うぅぅううああああっ〉

〈おぉ、おおぉっ〉

〈ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ〉


 店舗テナントの奥から、通路に置かれたソファの陰から、果ては上階の吹き抜けから身を乗り出しすぎて落ちてくる奴まで、八方より続々と現れるアンデッドたち。

 ざっくり数えて百体ほど。モールに来るたび大掃除してるってのに、一向いっこうに片付きやしない。


「私がやりましょうか?」

「お前だと荒っぽくなりすぎる。このあたりは服屋が多い」


 そろそろ秋物欲しがってただろ。纏めて黒焦げになっちまうぞ。

 まきにするなら本屋で税関系の書籍しょせきでも貰っていけば十分だ。


「おい小僧こぞう。戦闘経験は?」

「な、無いです」

「じゃあ異形因子スキルを活性化させるまでどのくらいかかる?」

「えっと……まだ何度か試しただけですけど、だいたい一分くらい……」


 そんなもんだろうな。

 モールのゾンビ共なら単体の存在強度は軽自動車くらいだし初陣ういじん相手としては手頃だが、こう数が多くては厳しいか。


 何より──オモチャで遊ぶには格好のシチュエーションだ。


「追加指示オーダー。俺がヨシと言うまでそこを動かず、異形因子スキルを活性化させておけ」

「え、えっ、あのっ」

「返事」

「はいっ!」


 人差し指にめた指輪型のスイッチを押す。

 後ろ腰で小さく唸っていた長方形型のボックスが、一気に稼働を始めた。


「──セット」


 ガコン、とボックスの両サイドから飛び出したグリップを握る。

 そして──明らかにボックスよりも長い、真っ黒な双刀を引き抜いた。


「そぉ、らぁっ!」


 先陣切ってきたゾンビ共の頭を、左右で三体ずつハネ飛ばす。

 なかなかの斬れ味だ。それに廃病院のゾンビナースや反魂香はんごんこうが操る屍兵しへいと違い、完全に腐ってて食欲も湧かないため、躊躇ちゅうちょなく仕留められる。


「しぃあっ!」


 頭を欠いた六体が倒れるよりも早く、返す刀で刃を振るい、更に続々と斬り伏せる。

 九体。十二体。十三体──


「ン」


 都合十三体目で、右側の洋刀サーベルが折れた。


「セット」


 手中に残ったグリップて、すかさず人差し指のスイッチを再び押す。


 新たなグリップボックスから飛び出すと同時、左の洋刀サーベルも刀身半ばから折壊せつかい

 三階のゾンビにブン投げて顔面へと突き刺し、両手が空いたところで次の双刀を引き抜く。


「セット」


 今度は十二体目で破損。

 一階のゾンビをあらかた全滅させ、吹き抜けからんで二階に着地しつつ、また次を引き抜く。


「セット」


 九体目で左が破損。

 右も折れかけだったので破棄し、次を引き抜く。


「セット」


 破損。次。


「セット」


 三階のゾンビに投擲とうてきして損失そんしつ。次。


「セット」


 次。


「セット」


 次。


「セッ──」


 ──と。残り五体か。

 キリの良い数字だし、こんなもんにしておこう。






「よし。もう動いていいぞ」


 唖然あぜんと立ち尽くす少年のところへ戻り、そう告げた。


 ……言いつけ通り異形因子スキルを活性化させてはいるものの、やたら右半身に変異がかたよってて、どうにも不完全っぽいな。

 時間がかかるだけでなく、まだ上手くコントロールできてないらしい。早めに矯正きょうせいしとかないと変な癖がつくぞ。


「あ、あの……それは……?」

「あぁ? ああ、炭素繊維カーボンファイバー対応の携帯型3Dプリンター『カヌチ』だ」


 見やすいよう背中を向けつつ、後ろ腰のボックスを指先で叩く。


「刃渡り八十五センチ、幅三センチの洋刀サーベル二本をコンマ九秒以内に出力できる。連続二十六本までな」


 刃が劣化する端から入れ替えることで攻撃力を維持いじさせようというコンセプトの小さな

 かつてヨツカド社がライキリと同時期に開発した製品だが、行き過ぎた小型軽量化の弊害へいがいで量産に不向きな構造だったことと近接兵装そのものへの低評価が逆風となり、商品化寸前で製造が打ち切られた代物。


 ライキリと同じカタログにってたから存在は知っていたけれど、まさか実物を拝める日が来るとは驚きだ。

 トーキョー封鎖前に作られたヨツカド社の製品は、ちょいちょいキワモノが混じってる印象。


「面白れぇオモチャだろ。貸してやろうか?」

「い、いえ……怪我しそうなので遠慮します……」


 そいつは残念。しかし賢明。対クリーチャー戦において近接兵装の扱いが極めて難しいのは純然たる事実だしな。

 俺みたいに心臓さえ無事なら大抵の傷は数秒で癒える生命力の持ち主か、凶三きょうぞうみたいな度を越した芸達者でもない限り、距離を取って飛び道具で戦うのが正しい。大抵みんなそうしてる。

 だからこそオジキもこれを安く売ってくれたんだろうし。他の奴にはまず売れねーだろうから。


 閑話休題まあ、それはともかく


「じゃあ、こっちだ」


 対異形弾専用大型拳銃を、マガジンが三つ入ったホルスターごと少年に投げ渡す。

 教会ホームの倉庫でホコリ被ってたのを引っ張り出してきたが、分解清掃と試射は昨日のうちに済ませてあるため問題なく撃てる。


「やるよ。射程二十メートル以降は弾道ブレまくってロクに当たらねぇ粗製品そせいひんだが、丸腰よかマシだろ」

きょうちゃんは五十メートルくらいまで当ててなかった?」

「アイツはアホなんだ」


 経験上、この手の集まりだと金欠やら無精ぶしょうやらで誰かしらマトモな武器を持っていないことも珍しくないため、一応の備えとして凶三きょうぞうを用意しといて良かった。

 治安維持局員が腰に下げてる高級品と違って反動リコイルはモロに受けるが、曲がりなりにも異形因子保持者スキルユーザー、しかも甲型こうがたなら問題あるまい。


「お前が始末しろ」


 よたよたと近付いてくる五体のゾンビへとあごをしゃくり、ソファに座っていたジルの隣に腰掛ける。

 自販機を感電ショートさせて頂戴ちょうだいしたらしい缶ジュースを受け取り、一気にあおった。


 ぬるい。


「返事」

「は、はいっ!」


 見よう見まねで銃を構え、ゾンビ共に突撃する少年。素直でよろしい。

 十二時間の液化エーテル漬けで地獄を味わったからか、もしくは性差こそあれどちらにせよ死ぬ確率の方が遙かに高い賭けへと身を投じた経験ゆえか、はたまたその両方か……ともあれ異形因子保持者スキルユーザーは基本的にどいつもこいつも肝が据わってて話が早い。


 ……そんな奴等の過半数が遠巻きにする俺の風聞ふうぶんって、いったい。

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