崖際のトーキョー

第20話 仕立て直し


「──ッ」


 鯉口付近に取り付けられたトリガーを引くことで鞘と刀身を接合する電磁石の極が切り替わり、一転して凄まじい斥力せきりょくで射出されるブレード。


 放っておけば軽く十メートルは吹っ飛んでいくだろう勢いを斬撃の初速に利用し、下肢の強化外骨格で地面に食い付いた足腰を捻り、全ての運動エネルギーを残らず刃先に集中させ、一刀を振るう。


 横薙ぎに振り抜いてから、コンマ数秒。

 何千何万回とハンマーを打ち下ろしても微動だにしないだろう金床かなとこが、上と下で真っ二つに両断され──更に十二回の連撃を受け、バラバラに斬り刻まれた。






「悪くない」


 ブレードを鞘に収め、射出抜刀機構の誤作動防止に安全装置セーフティをかけたのち、上機嫌な様子で呟く凶三きょうぞう


切先きっさきについていた微妙なクセが直った。刀身の振動もガタつきが消えてなめらかだ」

「部品交換のついでに、ひと通りオーバーホールしといた。少しは骨董品をいたわってやれ」


 差し入れに持ってきたタバコをふかしながら、年代物のパソコンで打ち出した請求書をカウンターに置くオジキ。

 流石、元は地下アンダーの職人。腕が立つだけじゃなく、細かい仕事も抜かりない。


「……諸々もろもろ込みの割には、だいぶ安いな?」

「差額分は私の身体で払えということか。見損なったぞエロジジイ」


 着付けがいい加減なためえり合わせの緩い胸元を数日ぶりによろった右腕で隠し、半眼でオジキを見る凶三きょうぞう

 マジか。最低だなエロジジイ。


「おめぇら人をからかって楽しいか……? 金払いのいい得意先相手だ、ちったぁ値段も勉強するさ」

「オジキがそんなに殊勝しゅしょうだったとは知らなかった」

「ひとつ賢くなれて良かったな。ま、のお陰で近頃は商売もやりやすくなったし、みかじめ料とでも思え」


 そう言ってオジキがタバコの煙を吹きかけたのは、壁に貼ってあるオルカのステッカー。

 しばらく前に教会ホームで何枚か見つけ、なじみの店に配ってみたところ、としてかなり効果的だと好評をたまわってる次第。


「人喰いシャチの縄張りで調子に乗った奴は肋骨抜かれて噛み殺されるってな。すっかり名前が売れたもんだ。昔はもう少し可愛げが……いや、よくよく思い返せば小僧の頃から大概だったな、てめぇの場合」

「そこらの連中とはが違うんでね」


 それに俺は十六年前、初めて地上アウターの土を踏んだ時点で既に異形因子保持者スキルユーザーだったし。

 しかも因子活性時は分かりやすくバケモノじみた姿となる甲型こうがた。そもそも両耳の認識票タグを見ただけで大半の奴は道をゆずってくる。喧嘩を売ってくる奴の方がまれ


 ……喧嘩。喧嘩か。


「そうだオジキ。例のアンプルはどうだった?」


 グループ名は忘れたが、無謀ゆうかんにも俺たちと一戦やり合うつもりだったらしいシブヤのチンピラ共が使っていた薬液。

 キナ臭さ全開で気になって仕方ない。さっきまで存在ごと頭から抜け落ちてたけど。


「ああ、アレか。預かる時にも言ったがウチは二大企業の研究所じゃねぇ。一応調べてはみたがな、異界ダンジョン絡みの物質ってことくらいしか分からなかったぞ」


 なるほど。やはり胡桃くるみにもアンプルを回しておいたのは正解だったな。

 ちょうど今日がアイツのところに行く日だし、いざ答え合わせと洒落込もうか。いいタイミングで思い出せて良かった、危うくすっぽかすところだ。






「ン」


 たどたどしく硬貨を数えながら凶三きょうぞうが支払いを済ませる中、ふと店内に置かれた商品のひとつに視線がまる。


「オジキ。こんなもん、どこで拾ってきたんだ?」

「目ざといな、そりゃ掘り出しモンだ。買うなら調整に三日もらうが、費用込みで安くしとくぞ」


 どうも今日のオジキは気前が良すぎて気持ち悪い。

 まあ、大方修理ニコイチ用に持ってきた方のブレードをバラして多量のレアメタルが手に入ったからだと思うが。

 みかじめ料だの勉強価格だの、調子のいいセリフを並べてくれたもんだ。商売人め。


「買った。たまにはオモチャで遊ぶのも悪くねぇ」

「なら逆叉さかまた、こっちも買ってほしい」


 投擲とうてき用に改造されたワスプナイフ十本セットを指差す凶三きょうぞう

 アクセサリーのノリで結構な危険物を欲しがりやがる。


「この前の金はどうした。ジルと三人で折半せっぱんしたろ」

「今の支払いでちょうど尽きた」


 今の支払いでちょうど尽きるほど端金はしたがねじゃなかったと思うが。

 どうせまた炊き出しにでもついやしたんだろう。そうやって無駄遣いするから、いざという時に困るんだ。


「……オジキ。あれも包んでやってくれ」


 てめぇクソジジイ、そのイラつくニヤけ面やめろ。

 はっ倒すぞ。






 場所は変わり、新都アラト行きのエレベーター内。

 今回は二番昇降機。稼働している三台の中で最も状態が悪いためか、乗客は俺たち二人だけ。


「そう言えば貴様、何故あの男のことを叔父おじと呼んでいるのだ? まさか血縁者というワケでもあるまいに」


 外骨格ドレスの手首や足首を回しつつ、買ったばかりのナイフを空いた左手でジャグリングしていた凶三きょうぞうが、ふと尋ねてくる。

 ブレードと一緒にオーバーホールを受けたことで、ここしばらく耳障りだった嫌なきしみが解消され、可動域も心なしか広がった様子。

 もっと頻繁ひんぱんにメンテをしろ。


「あー。地上アウターに来たばっかの頃、一時いっとき世話になってたんだよ。その名残なごりだ」

「私と会うよりも前か」

「ほぼ入れ替わりだな。お前を拾ったのは、オジキのとこを出てすぐだぞ」


 懐かしい。当時の俺が十一歳で凶三きょうぞうが十歳だったから、冬の路地裏で飢えと寒さに震えてたコイツと出会ってもう十五年か。

 あの時は単なる気まぐれのつもりだったが、長い付き合いになったもんだ。






 ガタガタ揺れまくる不快な時間をた末、新都アラトに到着。

 三番もだが、いい加減にエレベーターの整備と修理をしろ。そのうちマジで壊れるぞ。


「貴様と地下アンダーに降りるのは久しぶりだ」

「言われてみれば確かにな。買い出しにせよ何にせよ、基本は俺一人か連れて来るにしてもジルの方だし」

「買い物の計算は私よりジルが上手うわてだ。九九も出来る」

「アイツもアイツで七の段あたりが怪しいけどな……」


 派手な着物一枚を緩く纏っただけの凶三きょうぞうに、周りからチラチラと視線が集まる。

 高周波ブレードと強化外骨格で武装してなければ娼婦しょうふとでも間違われそうな格好ゆえ、無理からぬ話。商業区西エリアの風俗街なら逆に目立たないものの、コイツが足を踏み入れることは無い。


「しかしデートの誘いなら、せめて前日に言ったらどうだ。私にも準備がある」

「生憎と違う。ちょっとした野暮用でな」


 ポケットから一万円硬貨を何枚か掴み取り、凶三きょうぞうの手に滑り落とす。


「好きに遊んでろ、三時間で済ませてくる。終わったら協会のロビーで落ち合おう」


 たぶん渡した金はガキ共への土産みやげに消えると思うが、それも含めて好きにすればいい。


「野暮用とは何の用だ?」

「あー……」


 適当に言葉を濁して誤魔化し、足早と立ち去る。

 胡桃くるみのところに行ってくるとは、流石に言いづらかった。


 なにせ、ジル以上に不仲だし。

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