第21話 管理区


 新都アラトの中心部に位置する商業区は、地理的な必然として二大企業専用区以外の全五区画と隣り合っている。


 つまり、どこからでも一定以内の距離。物を運び込むにしろ持ち出すにしろ、買い物をするにしろ帰るにしろ、理想的な動線と言えるだろう。

 しかも区画同士を繋ぐ主要道路は大型トラックが四台並んでも余裕で通れるほど広く、交通インフラという点でも申し分ない。


 また、商業区と各区画の境界は長さ一〇〇メートルほどのトンネルとなっており、ここは治安維持局の支所も兼ねている。

 したがって通行には局員のチェックが必須。地下深くゆえ他に道など無いため、そこらへんも盤石ばんじゃくってワケだ。


 中でも、管理区行きの支所トンネルは特に警備が厳重。


 気温と湿度の調節、空気の清浄と循環、電気や水のリソース配分、疑似降雨に人工風の設定、他いろいろ。

 かんする名が示すとおり、新都アラトの生命線に関わる部分をつかさどっていることに加え、管理区そのものが二大企業専用区へと通じる唯一の中継地点でもあるため、あらゆる意味で重要度が違う。


 …………。

 ま、要するに。


「止まれ! その場で両手を上げてゆっくりと膝をつけ!」

異形因子スキル活性化は勿論もちろん、少しでも妙な真似をしたら即刻射殺する!」


 そんなところに異形因子保持者スキルユーザーがノコノコ近寄れば、ピリついた局員サマに警戒されるよねってオハナシだ。






 ヨツカド社とトヨモト社、二大企業両社の商標シンボルが押された通行証チケットを提示してから十五分。

 サイボーグ兵どもが絶えず銃口を突き付けてくる中で恫喝どうかつと区別がつかないような事情聴取を受けたのち、支所トンネルに詰めていた連中がから通信機越しに怒鳴られたことで、ようやく通行許可がおりた。


 まったく、躾のしつけなってない奴等だ。これでスタンダードよりも少し丁寧な対応だってんだから、地下アンダーの未来は明るくて参る。

 しかも現在、道案内という名目の連行中。三人の警邏けいら隊員と六機のサイボーグ兵に取り囲まれ、首を鳴らすだけでも睨まれる始末。

 犯罪者か俺は。確かに叩けばホコリの出る身体ではあるけども、流石にここまでされるようなことはしてないぞ。

 ……少ししか。






 発電所や浄水施設などをようする管理区は面積こそ広いが設備の大半はオートメーション化されており、加えて出入りする人間も治安維持局員が過半数を占めるため、ほとんど人気ひとけは無い。


 なにせ局員の総勢は二千人足らず、しかも千人以上が新都アラト全域で警備と巡回を行う警邏けいら隊の所属。

 必然、こっちは閑散かんさんとする道理。


 ただしサイボーグ兵が随所ずいしょに配備されているため、人影自体はチラホラ見る。


 細かい判断に多少の難こそあれ、食事も睡眠も必要無い上に高い戦闘能力を持つ。こうした拠点防衛には生身の人間を置くよりも適切なんだろう。

 実際、あれらの導入によって二大企業は治安維持局の大規模な人員削減を行ったワケだし。十年くらい前までは今の五倍くらい居た記憶。


 更にサイボーグの増産と配備が進み、知能のアップデートも進めば、そのうち全ての労働を肩代わりするようになるかもしれない。

 地上アウター住みの俺には無縁な、虫酸むしずの走る話だが。






 治安維持局の幹部官舎は懐古主義な当時の局長が強く希望した結果、旧時代の高級ホテルを意識して建てられたらしい。

 いつ見ても尉官いかん以上の数十人だけが暮らすには大袈裟すぎる門構え。お偉方の考えることは分からん。


「……入れ」


 俺を連行してきた警邏けいら隊員の一人が、苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。


「案内ありがとさん。お陰で快適な散歩だった」


 溜息混じりに皮肉を返し、背中越しにひらひら手を振りながら自動ドアをくぐる。

 掃除の行き届いた清潔なエントランス。敷き詰められた絨毯じゅうたんは柔らかく、足が沈みそうだ。


「──来たか、ゆえ


 静まり返った空間に、淡々とつむがれた声が響く。


「お前のことだ。私との約束など忘れていると思ったが」

「いっそ忘れてた方が良かったかもな。しばらく難聴なんちょうわずらいそうだ」


 右目を覆う無骨な眼帯には、真新しい引っかき傷。

 シャワーでも浴びたばかりらしく湿り気をはらんだ、肩口で斜めに切り揃えた青い髪。


 今日は非番らしく、制服ではなく縦ニットのハイネックセーターを着ている。


「すまなかった。支所の奴等には話を通してあったんだが」

「構わんさ。地下アンダーじゃ異形因子保持者スキルユーザーの扱いなんて大体あんなもんだ」


 新都アラト治安維持局警邏けいら隊長兼筆頭ひっとう尉官いかん豊本とよもと胡桃くるみ一等いっとう局尉きょくい

 若くして千人からなる部下、万機に迫るサイボーグ兵の統括とうかつ権限を与えられた、新都アラトの重役。


 俺と隣同士の試験管フラスコから同時期に産まれ、同じ教育プログラムをほどこされたにして兄妹きょうだい

 二大企業がサイボーグ兵の量産にかじを切らなければ、俺との間で第二世代を製造つくっていただろうカップリング対象。


「もう食事は済ませたのか?」

「いや。そう言えばまだだな」

「用意してある」


 そいつは重畳ちょうじょう

 ありがたく御馳走ごちそうになろうじゃないか。






 幹部官舎の十四階に与えられた胡桃くるみの部屋には、のぬいぐるみが所狭しと並んでいる。

 暇な時はいつも作っており、もはや手癖てくせで縫えるらしい。ここまで来ると趣味ってより習慣だな。


「で、料理も自炊か。お前なら料理人くらい雇えるだろ」

「他人を部屋に入れたくない」

「ウチの女どもと同じこと言いやがって」


 香ばしい匂いを漂わせるステーキにナイフを通し、頬張る。

 生産区で造られてる培養肉ばいようにくではない、自然区の肉牛を使った本物の牛肉。


「どうだ」

「特権階級の味がする」

「そうか」


 付け合わせの野菜サラダも新鮮だし、ライスなんか最後に見たのも何年前だったか。とにかく普段の食事とランクが違いすぎて美味いのか不味いのかさえ分からん。

 一食いくらだ、これ。


「あとでリンゴも剥いてやる。好きだったろう」

「懐かしすぎて味なんか忘れた」


 リンゴみたいなほっぺをしたクリーチャーなら、よく食うんだが。

 通称『レッドフード』。グリム童話の赤ずきんをモチーフとした、外見はほとんど十代後半の人間と変わらない女怪。

 人懐こく、どの個体も俺をオオカミさんと呼んでくる。肉はクソ不味いが柔らかい。






 これまた高級品のソファに腰掛け、食後のコーヒーで一服。

 教会ウチ地上アウターの中だと相当に快適な拠点だが、やはり地下アンダーのトップ層と比べたら見劣りするか。

 さもありなん。


「髪が傷んでいるな。手入れしてやる」


 反応を返すよりも先にくしやらオイルやらで人の髪を弄り始める胡桃くるみ

 常に何かしてないと落ち着かないタチは、昔から全く変わらんな。


 …………。

 ああ、そうそう。肝心の用件を忘れるところだった。

 このままじゃ、ただくつろぎに来ただけになっちまう。


「頼んでた調べ物の件はどうなったんだ?」


 本題を切り出すと、俺の髪を撫でていた胡桃くるみの指が止まる。

 三秒ほど間を置いて、耳元に口を寄せられた。


「先に聞くが、あれをどこで手に入れた?」

「あぁ? シブヤのチンピラが持ってたって言ったろ?」

「そうか……」


 再び三秒、間が挟まる。

 次いで胡桃くるみ一旦いったん俺の背後を離れると、戸棚から何かを取り出し、また戻ってきた。


「まず結論から言おう」


 肩越しに腕を伸ばし、指先で摘まんだ小瓶を目の前にかざされる。

 毒々しい蛍光色の液体で満たされた、あのアンプルだった。


「──これは、人間をクリーチャーに変える薬だ」

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