第17話 反魂香


「なんか、急にクリーチャーと出くわさなくなったな」


 ところどころの木々に青い紐が巻かれた一帯を進むことしばらく。

 あまりにも静かすぎる周囲の様子に、ひとまず足を止めた。


「これだけ見通しの利く階層フロアで十五分以上エンカウントしねぇってのは、よっぽどツイてるか、もしくは……」


 鋼板こうはんが仕込んである靴底で足元を叩き、軽く周囲を探る。


 反響定位エコーロケーション。発した音の跳ね返りで周囲の地形を探る技術。オルカの得意技だ。

 実物なんか見たことないし、とっくに絶滅してるだろうけど。オルカ


「近くに何も居ないってワケじゃなさそうだな」


 探知できる範囲内に少なくとも七体、息を潜めたクリーチャー共を捕捉ほそく

 当然、その中のいくらかは此方こちらに気付いてるハズだが、にもかかわらず襲ってくる様子が無い。


 そして──俺たちが進んでいる方向にだけは、クリーチャーの気配を感じない。


「気に入らねぇ」


 どうにも嫌な空気だ。わりが悪い。

 隣を歩く凶三きょうぞうも同様らしく、銃を抱える手がせわしなかった。


「……外骨格ドレスも着ず舞踏会になど来るものではないな」


 普段は強化外骨格でよろった、しかし今はロングブーツを履いているだけの両脚を見下ろし、しゃらしゃらと銀髪を鳴らす。

 次いでアサルトライフルへと視線を戻し、銃身側面を叩いた。


「それに、やはり銃では心許こころもとない」

「だったら今からでも教会いえに戻ってジルとバトンタッチするか?」

「まさか。この異界探索シークの目的はライキリの修理。自分で足を運ぶのがスジだろう」


 ごもっとも。


「……後で示し合わせる暇があるとも限らん、先に言っておく。いざという時は使ぞ」


 その言葉と共に細められた真紅の瞳が、正しくは瞳を縁取ふちどる白い強膜きょうまくが、ほんの一瞬だけ墨汁ぼくじゅうでも垂らしたかのように黒く染まる。

 俺は肩をすくめ、鷹揚おうように返した。


「いざという時が来れば、な」


 そうせず済むよう、さっさと現場まで行ってモノを回収してしまおう。

 片道さえ終えてしまえば、あとは帰り道をこじ開けるだけなんだからな。






 八十八番。

 色あせた布製の番号札に記された数字をあらためた俺は、ポケットに突っ込んだ手で目の前を指差す代わり、軽くあごをしゃくった。


「着いたぞ」


 半径一〇〇メートル前後がクレーター状に吹き飛び、漂う粉塵ふんじんで視界が赤く潰れた一帯。

 古い戦闘の……否、恐らくは一方的な蹂躙じゅうりんの爪痕。しかもでやったと思われるものだ。


 異界ダンジョンにおいて争いの痕跡自体は別段珍しくもなんともない。実際、夜街や因習村でも手足の指が埋まる程度には目にした。

 が、これほどの規模となると、流石に表層レベルで見かけることは少ない。エーテル濃度が薄いから高ランクのクリーチャーが出現しにくい環境だし。


ガンマ級あたりが暴れた跡のようだな」


 溶けてガラス質に固まった地面を撫で、眉間みけんへとシワを寄せる凶三きょうぞう


 白石林はくしゃくりんで遭遇するガンマ級と言えば『夜刀神やとのかみ』か『両面宿儺りょうめんすくな』だが、どっちにしろロクなもんじゃない。

 そもそもガンマ級って時点でアレだ。姦姦蛇螺かんかんだらやカーミラもデルタ級の範疇はんちゅうでは中位と上位の間くらいに食い込む強さだけれど、差がありすぎて比較対象にもならんレベル。


 戦えば十中八九タダでは済まない。追い払うだけでも相当に骨を折る。

 下層とは言え、ここ程度のエーテル濃度なら滅多に現れないのがせめてもの幸いか。出会わないに越したことはない。


「確か真ん中あたりに鞘ごと刺さってた。まだ残ってりゃいいんだが」

「戦場跡の中心に、か。まるで墓標ぼひょうではないか」


 まるでと言うか、そのものズバリ誰かの墓標ぼひょうなんだろうさ。

 だからこそ前回は持って帰らなかったワケだし。






「けほっけほっ……あー、むせる」


 喉にくる粉塵ふんじんを払いつつ、クレーターの奥へと進む。


「なんだ、この赤い煙は。鬱陶うっとうしい」

「知らねぇ。前来た時は無かったと思うが、何しろ二年前だしな」


 異形因子保持者スキルユーザーはエーテルへの耐性を獲得すると同時に、他の毒やら薬物やら放射能やらに対しても強い免疫を持つ。

 やろうと思えば硫酸りゅうさんを炭酸水感覚で飲むこともできる。やらないけど。クソ不味いし、高く売れるし。


「……ただまあ、なんだ。気を引き締めといた方がいいのは確かだな」


 渦巻く赤い塵の中心へと近付くにつれ、不快な圧迫感が内臓をきしませる。

 荷物をクレーターの外縁がいえんに置いてきたのは正解か。明らかに、この先に何か居る。


 だがしかし、気配はすれども位置は掴めず、予感はすれども姿は見えず。

 そんな一番気持ち悪い状況が延々と続き、そのまま中心部まで辿り着いてしまった。


「あったな」

「んむ」


 岩場の地面に真っ直ぐ突き立つ、機械仕掛けの鞘とつか

 強化外骨格のサイズに規格を合わせた凶三きょうぞうのものと比べて外装こそ細いが、基本フレームは完全に同じ。


 アサルトライフルを邪魔っけに放り投げ、つかつかと歩み寄る粗忽者そこつもの

 借り物を雑に扱うな。


「ライキリだ」


 しゃりん、と小気味良い音を立てて抜き放たれるブレード。

 タングステン合金と玉鋼たまはがねで構成された刀身表面には複数の傷こそあれ、目立ったヒビや歪みは見受けられず、さびひとつ浮いていなかった。


「状態はどうだ」

「握った感じ、悪くない。刃のナノメタルは形を保っているし、機関部も無事だ」


 そりゃ良かった。欲しいのはそこらへんのパーツだしな。

 流石は天下のヨツカド社製。しかも旧時代の製品となれば、品質に関しては超一流。


「じゃ、さっさと荷物拾って退散するか」


 今も強烈に感じている気配の正体が気にならないと言えば嘘になるが、触らぬ神にたたりなし。

 ここは素直に回れ右で引き上げるのが賢い選択ってもんだ。


 …………。

 ホント、そうできれば良かったんだがな。


「あー。迂闊うかつだった」


 溜息を吐くかたわら、あちこちで鳴り渡る亀裂音。

 クレーター内から、もっと言うと赤い塵の内側から続々と這い出す、無数のアンデッドたち。


「『反魂香はんごんこう』か」


 中国の伝承、煙の中に死者の姿を現すという香を原典にしたデルタ級クリーチャー。

 旧時代の日本でもゲームに登場したりと、けっこう有名だったらしい代物。


「なるほど。この赤い塵そのものがクリーチャーか」

「そーゆーこった。俺も初めて見る」


 存在強度こそ等級内では下位だが、ほぼ無尽蔵にしかばねの兵隊を生み出せる上、単なる塵であるがゆえに有効な攻撃手段が極めてとぼしいという厄介な性質を持つ。

 昔読んだ資料いわく、一番の対処法は煙の中に入らないこと。もう遅い。


退け」


 銃を手に襲ってきた屍兵しへいの一体を蹴り飛ばす。

 数こそ多いが、単体としての戦力は大したことなさそうだ。


反魂香はんごんこう本体を倒すのは無理ゲーだ。一点突破で屍兵しへいどもを蹴散らして脱出──」

「──逆叉さかまた! 後ろ!」


 俺の言葉をかき消す凶三きょうぞうの叫び。


 一瞬遅れて、何かの存在を背後に感じた。


「ッ」


 四半秒、息が詰まるほどの強大さ。

 ここまで大きな気配の接近が何故分からなかったのかと浮かびかけた疑問を胸の奥に無理矢理沈め、振り返る。


 反転させた視界に映ったものは、宙へと浮かぶ立方体。

 寄木細工よせぎざいくの小さな木箱。だがしかし、その矮小わいしょうさとは裏腹、今日遭遇したどんなクリーチャーをも凌駕りょうがする


「ッッ」


 どうにか状況を飲み込む最中さなか、空間ごと箱の輪郭りんかくが歪む。

 淡々と進められるの予備動作に、考えるより早く異形因子スキルを活性化。

 カーミラの時のような小細工をろうする暇もなく、ただただ肉体強度を高めた。


「かッ」


 二歩、右へ。

 歪んだ空間が円錐えんすいかたどり、俺の腹に風穴をける。


 …………。

 あっぶねぇ。だいぶギリギリだが、どうにか射線に割り込めた。


「やれ……!」


 無傷の凶三きょうぞうに目配せを送る。


 そして、俺に言われるまでもなく左目の強膜きょうまくを黒くにごらせていた凶三きょうぞうが箱へと視線しょうじゅんを合わせ──を発動させた。

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