第15話 下層


 階層門フロアゲートを抜けた瞬間、空気が一気に張り詰めるのを感じた。


 背筋を引っ掻くピリピリとした痺れ。水中に沈められたかのような圧迫感。

 荷物に入れてあるエーテル測定機で具体的な数値を確かめるまでもない。


「今度こそ下層だな」

「ああ」


 目的地として思い描いていたものと寸分たがわぬ景色。最後に来たのは二年近く前だってのに、我ながら大した記憶力。

 まあ、こう見事に殺風景だと逆に印象的か。


「『白石林はくしゃくりん』。名前の由来は説明するまでもないよな」

「はくしゃくりん」

「……白い石の林、な」

「おおっ」


 石英せきえいに似た岩でかたどられた大樹が見渡す限りに立ち並ぶ、奇怪な階層フロア

 さっき姦姦蛇螺かんかんだらを探しに入った森と比べて木々の密度がかなり薄いため視界は広い……が、それに比例する形でも桁違いとなっている。


「闇雲に歩き回るなよ。しらみ潰しでゴールに辿り着くのは、まず不可能だぞ」


 大方ブレードの持ち主も迷い果てた挙げ句に強敵とエンカウントし、あえなく命を落としたのだろう。

 無数の階層フロアいろどる多種多様な環境もまた、異界ダンジョンにおいて厄介な障害である。


「案内するからキッチリついてこいよ、はぐれても迷子センターは無いんだ。ああ、いい年こいて店内放送で名前垂れ流されて恥かかずに済むのは利点か?」

「私はまだ二十五だ」


 俺のひとつ下。

 普通にいい年だろ。


「四捨五入したらギリ三十路みそじじゃねぇかよ」


 蹴るな蹴るな、すねを蹴るな。


「……そもそも、こんな目印も何も見当たらん似たような風景ばかりの階層フロアで現在位置と方角など分かるのか?」


 門番ゲートキーパーが生み出す階層門フロアゲートは通常のそれと違い、接続座標のブレが大きい。

 つまり階層フロアのどこに飛ばされるか曖昧あいまいで、この手の地形とは非常に相性が悪い。


 もっとも、分かるからこそショートカットに使ったワケだが。


「そこと、あれと……あと、お前の後ろの木にも赤い紐が巻いてあるだろ。くっついてる布切れの番号を教えてくれ」


 怪訝そうに首を傾げながらも、ひとつずつ歩み寄って読み上げる凶三きょうぞう

 その三点を中心に大雑把おおざっぱな地図を脳裏で描き上げ、ある方向を指差す。


「あっちだな。確か青の八十八番地点あたりだった」


 紐の色と番号札によるマーキング。

 目印が無いなら作ればいい。先人たちの遺した、地味だけれど有難い恩恵だ。






 視界が開けているということは、俺たちの姿も周りから丸見えということになる。

 白石林はくしゃくりんは木も地面も真っ白な上に完全な無風ゆえ、何かが動くだけでも目立つし。


「──おい! こいつらはなんだ!」


 二十八、二十九、三十。

 こっちが数えてた通りにワンマグ撃ち尽くした凶三きょうぞうが、次のマガジンを装填そうてんしながら叫ぶ。


 すでに十体以上を仕留めたにもかかわらず、わらわら現れる同じ風体のクリーチャーたち。

 異様に濃い眉毛と妙に不快感をもよおす顔立ちが特徴的な中年男性のカタチをした、仲間が撃たれようと自分が撃たれようと表情ひとつ動かさず、ただただ機械的に無機質に駆け寄ってくる気味の悪い連中。


「『ディスマン』だ。女を優先的に襲う」


 原型となったものは、国や地域を問わず同時期に全く同じ容姿の男が数千人を超える者たちの夢に現れたという、西暦二〇〇〇年代に広まった都市伝説。

 後年、単なる一個人の作り話であったことが明らかになっているが、クリーチャーとは人間の恐怖や畏怖に基づく記憶をエーテルが取り込み、似姿を映した存在らしいからな。このホラ話が八方へと伝わる間についた様々な尾鰭おひれも含めて、カタチを得るための核となるには十分なおそれを集めたのだろう。


「単体の脅威はイプシロン級でも更に下の方だが、尋常じゃない数の徒党を組んで現れる。捕まると場合によっちゃ犯されるらしいぞ」

「こんな奴等、弾の無駄遣いだ! さっさとを片付けて貴様が始末しろ!」


 簡単に言ってくれる。

 こっちもこっちで面倒な相手だってのに。


〈けぇひひひひひひひひひ〉


 耳障りな笑い声と共にバカでかい肉切り包丁を振り回す、太ったピエロ。

 通称『ジェスター』。道化恐怖症コルロフォビアが原型とされているデルタ級下位クリーチャー。


「チッ」


 硬化させた指先で喉笛をえぐろうと仕掛けるも、薄皮一枚裂いただけでかわされた。

 見た目の割に素早く、見た目通りに頑健がんけん。動けるデブってのは厄介なもんだ、こりゃ手間取るぞ。


「おい! いいのか、このままだと私が慰み者にされるぞ! そういう趣味か貴様!」


 ギャーギャーやかましいな、まったく。

 分かった分かった、すぐ済ませる。せっかちな女め。


〈ひひぇほほほほほっ!〉


 斜めに振り下ろされた肉切り包丁の刃を掴んで止める。

 見るからにあぶらやら何やらが染みついてて生理的に受け付けず触りたくなかったんだが、こいつを避けながらだと反撃がワンテンポ遅れてしまい、ぶくぶくと脂肪で覆われた体型も合わせてギリギリ致命傷に届かなかったため、やむを得まい。


「ナマクラが」


 分厚い刃を握り潰し、粉々に砕く。

 ああ、手がぬめる。最悪だ。


「死ね」


 さっきまでより深く踏み込み、五爪をぐ。

 四メートルにも届こう巨体を腰から上下に断ち、次いで手刀を構え、頭から胸元にかけてを左右に割った。


「ああくそ、きったねェな」






「クリーチャーの返り血など、いつも浴びているだろうが」


 この白石林フロアで何度目かになる戦闘を終え、再び先へと進みながら凶三きょうぞう胡乱うろんな眼差しを向けられる。

 俺にも相手を選ぶ権利くらいあるんだよ。


「見るからに不衛生なデブピエロの体液なんざ一滴も浴びたくねぇ」

「女のゾンビとて似たようなものではないか。何が違う」

「気分的には何もかもだな」


 そもそもディスマン程度のクリーチャー、お前一人でどうにでもできただろ。

 そう言葉終わりに付け加えると、真紅の瞳が更に不機嫌をあらわとした。


「私をもっと大事に扱え。なんだと思ってるんだ」


 何って、そりゃあ。


「お姫様?」

「…………んふふふふっ」


 一気に機嫌良くなったよ。ちょっろ。


 根が単純で助かる。思えばコイツが日をまたいでもヘソ曲げたままだったのなんて、ジルを連れて帰った時くらいだし。

 だいたい五年くらい前の話か。あの時ばかりは二日くらい口きこうとしなかったっけ。

 まあ、三日目には三人で食卓囲むようになったが。


「お。色が変わったな」


 なんとはなし思い出を振り返っていたところ、白石の大樹に巻かれた紐が赤から青へと移り変わる。

 ブレードの在処ありかまで、あと三十分って塩梅あんばいだな。


凶三きょうぞう、バックパックから水取ってくれ──」


 硬質化させたままだった左前腕で、側頭部を咄嗟とっさにガード。


逆叉さかまた!」


 その四半秒後、強烈な衝撃が左腕から全身を突き抜け、見た目こそ細めながらも凝縮された筋骨により体重二〇〇キロ近い身体が丸ごとノックバック。

 ブレーキに使った爪先を数メートル引きずり、二歩三歩たたらを踏む。


「ってぇ……」


 呟きつつ、だらりと独りでに垂れ下がった左腕を見下ろす。


 肘から先があらぬ方へと折れ曲がり、使い物にならなくなっていた。

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