第14話 姦姦蛇螺


 差し渡し十数メートルは下るまい長大な蛇の下半身が、森一帯をぎ払う。

 上にんでかわすと、滅茶苦茶な轟音と共に衝撃波が巻き起こり、木々も岩も何もかも吹き飛んだ。


「森林開発の申し子かよ。環境破壊は気持ちいいか?」

〈りぃぃえあァァァァッッ!!〉

「すげぇシャウト。マイクいらずだな」


 ひとまず距離を取り、ほぼ根元からヘシ折れた大木のみきに腰を下ろす形で着地。軽く頬杖をつきつつ、右も左もなく暴れ狂う姦姦蛇螺かんかんだらを遠目にえる。


 ──骨身に響く銃声を上げ、蛇の下半身めがけて撃ち放たれた弾丸が、分厚い鱗の表面を削りながら明後日の方へとれていった。


「異能力よりも身体能力に特化したタイプか。表皮が硬すぎてしんを的確に捉えねば弾かれる」


 対異形弾。ナノメタルコーティングがほどこされた弾頭を通常よりも遙かに高威力の装薬そうやくで飛ばす特殊弾。開発元はヨツカド社。

 着弾時に接触部分のコーティングがノータイムで炸裂さくれつするようナノマシンにプログラムされており、それによって対象の外殻がいかくを的確にえぐり、運動エネルギーを損なうことなく内側へと潜り込んだ弾頭本体が致命傷を与えるという仕組み。

 この弾の使用を前提とした専用アサルトライフルは小火器しょうかきとして破格の殺傷能力を備えており、一二〇センチ四方の鉄筋コンクリートかいを粉砕する破壊力と、リキッドアーマーを着込んで弾道上に並んだ成人男性二十人の胸部を貫徹かんてつできる貫通力をあわせ持つ。


 ……が、ごらんの通りクリーチャー全体で見れば雑兵ぞうひょうもいいところのデルタ級を相手取ってさえ十全じゅうぜんなスペックとはひょうしがたく、名前負けしてる感じは否めない。


 ゆえに近年では、どちらかと言えば異形因子保持者スキルユーザーしてとするニュアンスで扱われている。

 まったく酷い話だ。


「ライキリがあれば尻尾を輪切りに刻んでやったものを」


 排出はいしゅつされた空薬莢からやっきょう一瞥いちべつもせず掴み取り、毒づく凶三きょうぞう

 一方の姦姦蛇螺かんかんだらはと言えば、大事なほこらを壊された挙げ句に銃で撃たれて怒髪天どはつてん。大蛇の下肢を何度も地面に叩き付け、金切り声で叫び続けている。


「あんまホコリを立てるなよ。食う時むせる」

「フン」


 腰撃ちではしんを外すと判断したのか、ストックを肩付けして狙い始める。

 ちなみに凶三きょうぞうは伏せ撃ちができない。膝射しっしゃも苦手だ。どっちも胸がつかえるからな。


「借りるぞ」


 そう言って左肩に銃身を置かれた。

 依託射撃いたくしゃげきか。他の奴で同じことやったら鼓膜がブチ破れるな。


「──ヒット」

〈ぎ、が、ゃああァァァァッッ!?〉


 肩に伝わる衝撃。耳を突く銃声。つんざく悲鳴。

 理知をかなぐり捨てて暴れ回っていた姦姦蛇螺かんかんだらの動きが止まる。


「背骨をいた。もう蛇の部分は動かせん」

「流石」


 女の上半身と大蛇の下半身をへだてる境目にいた、俺の拳よりも大きなあな

 また弾がれないよう入射角を調整した上で、正確に腰椎ようついを撃ち抜きやがった。


 断面の毛細血管ひとつ潰さず斬り裂く居合術といい、これほどの芸達者は他に居ない。

 大出力による飽和攻撃が持ち味のジルとは対極的なまでの技巧派。いちいち指を使わなきゃ足し算もロクにできないくせ、戦闘に関しては非常にスマートかつスタイリッシュ。


「さァて。それじゃあトドメだけかすめとるみたいで悪いが、いただくとするかね」


 腰を上げ、服の砂埃を払い、姦姦蛇螺かんかんだらへと歩み寄る。


〈ぎっ……ぐうぅッ……!〉


 自由を失った下肢は単なるおもりと成り果て、もはや邪魔物でしかない。

 向こうもそう判断したのか──自分で自分の腰から下を、蛇の鱗で覆われた強靱な六本腕で引きちぎった。


〈ああぁぁァァッッ!! ころす、ころす、ころしてやるぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!〉


 一気に身軽となり、四本の腕を使って素早く這い回り、俺へと詰め寄る。

 そして残りの二本腕を振りかぶり、猛毒を帯びた長い爪で攻撃を仕掛けてきた。


「まあ落ち着けって」

〈がッ……!?〉


 膝蹴りであごを跳ね上げ、一瞬だけ硬直スタンさせる。


「そう喚かれちゃ、ゆっくり飯も食えやしねぇ」


 続けて異形因子スキルを活性化。

 肉体変異により鋭く尖った指で六腕の一本を掴み、ブチブチと音を立てて肩口から引き抜きにかかる。

 デルタ級、それもフィジカル特化型とあってなかなか頑丈だが、ほどなく血飛沫ちしぶきと悲鳴が散り、綺麗に取れた。


「いただきまァす」


 爬虫類の鱗は表皮で形成されているため、魚と違って皮ごと剥がす必要がある。

 耳元まで裂けた口に並ぶ三層の牙で噛みちぎって吐き出し、あらわとなった肉をんだ。


「んぐっ、んむっ」


 歯ごたえが強い。まるでゴムみたいな食感だ。

 やたら飲み込みにくい。食えたもんじゃないな。


「まっず」


 ひと口でギブアップ。残りを足元に放り捨てる。

 仰向けで組み伏せた姦姦蛇螺かんかんだらかたわらに、ちょうど転がった。


〈ひぎっ……ひいぃぃ……〉

「おーよしよし。女怪おまえらは食い始めると大人しくなってくれる奴が多くて好きだぜ?」


 上半身に纏っていた巫女服のような装束しょうぞくを破り裂く。

 見た感じ、腰から上に限って言えば腕以外は人間と大きく変わらない構造。


「こっちは瑞々みずみずしいな」

〈嫌ぁ……!!〉


 腹周りに舌を這わせると、残る五本の腕が弱々しく押しのけてきた。

 邪魔なので一本ずつ肘からヘシ折る。多少硬かろうと関節を狙えばもろいもんだ。


「全部平らげるほど腹は減ってねェし、やわそうなとこだけ貰おうかね」


 わりと豊満ほうまんな胸に軽く牙を立てると、とうとう表情に怯えの色を覗かせた姦姦蛇螺かんかんだらが黒い涙をこぼす。

 クリーチャーも泣くんだよな。血も涙もないのは、この世に人間だけだ。


〈やぁ……やめて……食べないで……〉

「そいつは無理な相談だ。今の御時世、食えるときに食っとかないとなァ?」


 大口を開け、ひと息に

 柔らかく汁気の多いジューシーな肉質。咀嚼そしゃくに際した不快感がなく、とても食べやすい。


 ただまあ、やはりと言うか。


不味まずすぎる」


 味そのものは最悪だ。






 姦姦蛇螺かんかんだらは蛇のバケモノだけあって生命力が強く、ひとしきり食べ終えてもまだ生きていた。


「ごちそうさん。それじゃあ、くたばれ」


 喉笛に貫手ぬきてを突き刺し、そのまま頭をもぎ取る。

 どんなにしぶとかろうと、生物型であれば首を断たれて死なないクリーチャーは滅多に居ない。

 姦姦蛇螺かんかんだらも例に漏れず息絶え、骨肉を瞬く間に腐らせていった。


「さァて」


 因子活性を解き、両腕とあご周りを元に戻す。

 ほぼ入れ替わりのタイミングで、腐敗した亡骸なきがらを基点に、薄汚い虹色のシャボン玉が膨らみ始めた。


「よし、出てきたな」


 門番ゲートキーパーの死滅による階層門フロアゲートの一時開通。

 五分で閉じる上に片道専用ではあるが、これを通れば目的の階層フロアまで出られたハズ。


「行くぞ」


 軽く首を回しながら凶三きょうぞうを振り返ると、何やら物言いたげなジト目。

 どったのセンセー。


「まず口を拭け」


 顔めがけてタオルを投げつけられた。

 こいつは失敬。

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