第13話 因習村


 異界ダンジョン内部は、例えるならアリの巣を思わせる多層構造となっている。

 大きさも環境も様々な階層フロアが最低でも数百以上にわたって乱立し、それらはエーテルによって生じる空間のほころび、階層フロア同士を接する通路とも呼ぶべき──階層門フロアゲートで繫がっており、往来おうらいが可能。


 また、異形因子保持者スキルユーザーはエーテルに侵されてもろくなった空間の性質を利用し、異界ダンジョン内から外界トーキョーへと通じる穴をこじ開けることもできる。凶三きょうぞうがよく遊んでるRPGで言うところの迷宮脱出呪文みたいなもんだ。

 普通は数人がかりで数分から十数分かけて行うものだが、教会ウチの連中は俺含めて全員単独かつ数秒あれば開けられる。そうでもなければソロで異界ダンジョンに入るとか自殺行為。


「んぐっ……夜街に出たのはツイてるな」


 捕まえたテケテケの喉を食いちぎり、眼窩がんかに舌を突っ込んで目玉をほじり取る。

 ぷちゅっと音を立てて口の中で潰れた。味は酷いが食感は悪くない。


「ここから目的の階層フロアまでは割と近い。半日で着く」

「お泊まりセットが無駄になったか……」


 腐り始めた死体を投げ捨てるかたわら、荷物の中から四つも五つも枕を引っ張り出し、ちょっと残念そうに呟く凶三きょうぞう


「そんなに枕ばっか持ってきやがって、何に使う気だ」

「外泊と言えば枕投げだろう。やらないのか?」


 やらねぇよ。

 逆に聞くが本気でやりたいのか。枕投げ。


「懐かしい。まだ私たち二人で暮らしていた頃、よく遊んだ」


 いつの話だ。お前とは優に十年以上の付き合いになるが、枕投げをした記憶は一度も無いぞ。

 こいつ思い出を捏造ねつぞうしてやがる。怖っ。


「あとは廃ビルの柱を一本ずつ交互に折って、どっちが倒壊させるか競ったり」


 それはやった。

 危うく生き埋めになるところだったよな。






 俺が把握はあくしている限り、夜街と直接繫がった階層フロアは七ヶ所。

 うち二ヶ所は少しばかりエーテルが濃く、警戒に値する。


 そして向かったのは、その二ヶ所の片割れ。


「『因習村いんしゅうむら』に来るのも、しばらくぶりだな」


 薄汚い虹色の馬鹿でかいシャボン玉といった外観の階層門フロアゲートを越えた先に広がる、一見のどかな田園風景。

 けれど出現するクリーチャーの平均的な存在強度も危険性も、廃病院や夜街を一段階上回るスポット。手鞠歌てまりうたを口ずさむ子供とか、舌と目玉を抜かれて生き埋めにされた女とか、そういうやくっぽさ満載な奴が探せばたくさん居る。

 都市伝説ってのは、たいてい都会より田舎の方がヤバかったりするのだ。伝説なのにな。不思議。


「ここは下層か?」

「いや、まだギリギリ表層だ」


 階層フロアは空間内に充満じゅうまんするエーテルの濃度によって『表層』『下層』『深層』の三段階に区分される。

 濃くなるほど環境は人間に適さなくなる傾向が強く、クリーチャーの脅威も増す。


 しかも異界門ダンジョンゲート階層門フロアゲートは都合良く難易度順に繫がってくれているワケではないため、いきなり深層へと放り出されるケースもある。

 取り分け、数十分ごとランダムに接続座標が切り替わる異界門ダンジョンゲートは用心が必須。もっとも用心したところで実際入るまでは行き先など分からんため対処しようもないんだが。単に心構えの問題。


「あと六つ階層門フロアゲートを越えれば──あ、いや、待った」


 頭の内で地図を思い描く最中さなか、古びた知識を一緒に掘り起こす。

 すっかり忘れてた。


「この階層フロアには門番ゲートキーパーが居るんだよ」

「ほう、珍しい」


 倒すことで新たな階層門フロアゲートを一時的に発生させるタイプのクリーチャー。

 種類も個体数も少なく、そもそも何かしらのギミックを介さなければ出現しないことすらある変わり種。


「確か、良い位置に繋いでくれたハズ。かなりのショートカットになる」

「そう上手く遭遇できるのか?」


 問題ない。

 に限っては簡単に誘い出せる。






「む」


 ふと凶三きょうぞうが銃口を素早く右方へ向け、一発だけ発砲。

 青々とした稲が風に揺れる水田の向こうで揺らめくを正確に撃ち抜き、次いで排莢口はいきょうこうから吐き出された薬莢やっきょうを無造作に掴み取った。


「なんだ、あいつは」

「『くねくね』だな。近くで見ると正気を失うって都市伝説のバケモノだ」


 遠く波紋する銃声の残響。

 薬莢やっきょうを握ったまま不快げに硝煙しょうえんを払いのけ、しゃらしゃらと髪を鳴らすように首を振る凶三きょうぞう


「火薬臭い。鼻につく」

「そりゃ火薬を使った武器だからな」


 更に三発、まったく別方向に位置取っていたクリーチャーたちをで撃ち抜く。

 都合四発となった空薬莢からやっきょうが、真っ白な手の中で転がされた。


「早くライキリを直さなければ臭いが染みついてしまう」


 銃が嫌いなくせ、射撃はアホほど上手いんだよなコイツ。

 ままならないもんだ。






 因習村フロア東側。

 半ば風化した紙垂しでつきの縄と、朽ちかけた鉄条網のフェンスで囲われた陰気な森。


「せい」


 フェンスの高さは三メートルほど。飛び越えても良かったが、硬質化させた指で縄も鉄条網も一緒くたに引き裂き、広々と通れる入り口を作って堂々と踏み込む。

 二人で中を少し進み……さほど時間を要することなく、目的のものを探し当てた。


「あったあった」


 古ぼけた六角形の石台に乗せられた、さほど大きくないほこら

 その中心には小さな賽銭箱のような、よく見ると全く違う何かが置かれている。


 造りこそ粗雑そざつながらも、まるで神体イコンのごとくまつられた、くの字型の棒切れで組まれた掌サイズのオブジェ。


 これを壊せば、門番ゲートキーパーが現れる。


「そーれ」


 異形因子スキルを活性化させずとも木っ端のクリーチャーくらいなら叩き潰せる威力の前蹴りで、石台ごとほこらを粉砕。

 妙ちくりんなオブジェも、単なる木屑と変わり果てた。


 ──直後。けたたましい鈴の音が森の其処彼処そこかしこから鳴り響き、大きな気配が凄まじい速さで俺たちの方へと向かって来る。


〈きるうぅぅぅぅ……!!〉


 ほどなく現れたのは、六本腕の上半身と終わりが見えないほど長い大蛇の下半身を持った女怪。

 その顔立ちは異形の巨躯きょくに不釣り合いなほど美しくも、爬虫類じみた無表情。けれど人間離れした形状の瞳孔どうこうで飾られた双眸そうぼうには、火のように激しい怒りの色がうかがえる。


「なんだ、こいつは」

「カタチのルーツを聞いてるなら、俺にもよく分からん」


 落魄おちぶれた神。忘れ去られた大昔の怪物。悪しき風習で生け贄となった娘たちの怨念の集合体。

 マイナーな上に詳細部分のバリエーションが枝分かれしすぎていて、アーカイブを漁って調べても正確なところを把握はあくできなかった都市伝説。


「明確に言えるのは二つだけだ」


 ひとつはコイツがくだん門番ゲートキーパーであり、でも重戦車並みの存在強度を有する怪物として位置付けられているデルタ級クリーチャーだということ。

 そしてもうひとつは、コイツの通称。


「『姦姦蛇螺かんかんだら』。あんまり油断するなよ、表層レベルだと相当な強さだぞ」


 返答がわりに、横でコッキングの音が鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る