第8話 アンダーグラウンド


 こちらに背中を向けた凶三きょうぞうが、スカートをたくし上げるように着物の裾をめくる。


「前々から思うんだが、自分じゃ手探りでしか触れない位置にあるってのは欠陥構造じゃねぇのか?」

「機能性と造形美の両立は難しいということだ。早くやってくれ」


 あらわとなった後ろ腰を余さずよろう装甲の継ぎ目。

 あらかじめ存在を知らなければそうそう気付けないような鍵穴へとキーをし、左に半回転、右に一回転半。


 ガチリと重めの金属音が鈍く鳴り、第一ロックが解かれた。


「次、腕出せ」


 別の鍵を肘へとし、同じように第二ロックも解錠。

 各パーツの接続部が外れ、軽く身を揺すった凶三きょうぞうの右腕と下肢から滑り落ちる。


「哀れなシンデレラはガラスの靴を脱がされ、ドレスにも手をかけられるのであった」

「アホなこと言ってねぇで、さっさと下に何か穿け」


 この強化外骨格は筋電きんでん操作式。身体を動かす際の微弱な電気信号を感知して連動するタイプ。十分な感度を得るためには素肌の上からじかに装着しなければならない。

 ついでに言うと接点の体毛も剃り落とす必要があるのだが、そこら辺はコイツに一切関係の無い話だ。


「じゃあブレードと一緒に預かってくぞ」

「整備が済むまでどのくらいだ。素足のままは落ち着かん」

「俺が知るかよ」


 倒れていた椅子を蹴り上げて起こし、細くも肉付きのいい真っ白な脚を組んで腰掛ける凶三きょうぞう。無駄にスタイリッシュ。

 裸足が嫌ならブーツでも履いとけ。日焼けくらいは防げるぞ。


「ま、ヘンに壊れてなきゃ買い出しから帰るまでには終わるんじゃね?」

外骨格ドレスはともかく、ここのところライキリの機嫌が悪い。昨日もだいぶ愚図ぐずっていた」


 そりゃ御愁傷様ごしゅうしょうさま

 厄介な恋人を持っちまったもんだ。


「もしも長丁場になりそうなら、せめて代刀だいとうが欲しい」

「代わりになるようなもんがあればな」


 デパート並みの品揃えを期待されても困る。

 無かったら我慢しろ。吾唯われただるをるってな。


 ……言葉の使い方合ってるのか、ちょっと微妙。






 ミナト区で工房を開いているオジキに凶三きょうぞうの装備一式を預け、ジルと二人で海沿いの道を歩く。


 二大企業の発表によれば、現代──西暦二〇七〇年においても異界ダンジョン化をまぬがれている最後の海である東京湾。

 もっとも、ここでれる僅かな海産資源は地下アンダーの富裕層に回されるため、俺たち地上アウターの人間が魚介類を口にできる機会など皆無に等しい。


 正規の手段でなら、だが。


首なし商人スリーピーホロウからの無茶振りで魚を捕りに来たのって、この辺だったかしら?」

「いや、もう少し向こう……ちょうどシナガワ区との境目あたりだ」


 ブラックマーケットの顔利きに依頼され、巡回する警備隊の目を盗んでの密漁。

 ジルの電撃で魚群を気絶させたまでは良かったが、素潜り担当だった凶三きょうぞうが土壇場で「髪が傷むから海水に浸かりたくない」とダダをこね始め、結局俺が潜った。甲型の異形因子保持者スキルユーザーは因子非活性状態でも普通の銃弾くらいなら跳ね返せるほど骨や筋繊維の密度が高いから、絶えず足をバタつかせてなければ水に浮かないほど身体が重いってのに。


 あの時の金で教会を修繕し、拠点ホームとして使うようになったから、もう一年以上前の話になるのか。

 いつの間にやら一人二人、五人十人とガキ共が増え、今や結構な大所帯だ。


 あそこに住み着いた頃は、まさかこうなるとは夢にも思っていなかった。

 お陰で家計は圧迫される一方。今日まで飢え死にする奴を出していない自分の采配さいはいに拍手を送りたいくらいだ。


 …………。

 別に構わんけど。


 そもそも最初に死にかけのガキ──凶三きょうぞうとジルを拾ったのは、俺だしな。






 チュウオウ区へと近付くにつれ、周りの景色が変わり始める。


 経年劣化で古びてこそいるが、しっかりと整備され、機能を維持した建物や設備。

 街灯にも信号機にも電気が通い、数こそ少ないけれど自動車まで走っている。


 大半が荒廃しきったトーキョーにおいて異質と呼べる、活きた街並み。

 住民の身なりもヨソとは目に見えて違い、笑顔で歩く親子連れすら見かけるほど。


 ──そんな光景の中、ひときわに存在感を放つ超高層ビル。


 チュウオウ区セントラルタワー。

 高さ二百メートルを超える、現在の地上アウターで最も高い建造物。


 そして俺の知る限り、地上アウター地下アンダーを繋ぐ唯一の玄関口でもある。


「よ、黒木くろきのオッサン」

「おう、逆叉さかまたか」


 ヒビひとつ無いガラス張りの自動ドアがもうけられた正面ゲート。

 見張りと通行証チケットの確認を行っている警備隊の中に知人を見とめ、話しかける。


「景気はどうよ」

「相変わらずだな」

「そりゃ結構」


 治安維持局の下部組織である地上警備隊は、地上アウター生まれが真っ当に稼げる数少ない職業のひとつ。

 安定した給金だけでなく福利厚生も充実しており、怪我や病気の際は地下アンダーの医療施設を利用できる上、希望すれば家族ともどもチュウオウ区に住むことも可能。


 したがって人員募集がかかるたび、その数千倍の人数が応募に押し寄せる。採用されるのは宝くじに当たるようなもんだ。つーか実際、合否はで決まるし。

 とどのつまり目の前に居るオッサンは、それだけの幸運の持ち主ってことだわな。今度一緒にカジノ行こうぜ。


「そっちはどうだ?」

「良くねぇよ。ウチの女どもがまたガキ拾ってきやがって、稼いでも稼いでも足りやしねぇ」

「ふふっ」


 なにわろとんねんジル。半分はお前のことだぞ。


「ケッ、それで上玉連れ回せるなら安いもんだろ。さっさと通行証チケット出しやがれ、独りもんには目の毒だ」


 異形因子保持者スキルユーザーは限定的でこそあるけれど地下アンダーへの立ち入りが許される。

 異界ダンジョン内での拾得物を探索者支援協会に、より正しくは協会を介して二大企業へとさせるための措置。あそこにある物は全て二大企業の財産ってのが奴等の言い分だからな。


 そのゴミみたいな理屈はともかく、お陰で食料品なんかを地下アンダーで買うこともできるワケだ。

 こればかりは助かっている。同じ物を地上アウターで手に入れようとしたら、品質は落ちるくせに桁はひとつ増えるからな。


「次の降下は五分後、三番昇降口だ」

「あいよ」

「乗る前にエアシャワーでホコリを落として行け」

「分かってる分かってる。ちゃんと手洗いうがいもやるよママ」


 いちいち細かいオッサンだ。






 分厚い歯車や俺の脚より太いワイヤーなんかをきしませながら、巨大エレベーターが等間隔で下へ下へと降りていく。


 乗客は俺たち含めて十人前後。うち何人かは、見覚えのあるを握り締めていた。

 大体いつもこんなものだ。上から下に行ける奴は決して多くない。下から上に行きたがる奴は、更に輪をかけて少数派だろうがな。


「きゃっ」


 ガコンと箱が大きく揺れ、俺と俺に支えられたジル以外がたたらを踏む。

 三番は六五〇メートル地点で必ずこうなるんだよな。いい加減修理しろ。


 そんな風に内心で悪態をついているうち、緩やかに減速し始めるエレベーター。

 大型トラックも余裕で通れるサイズの扉横に取り付けられた電光パネルが地下九九〇メートルを示すと同時、完全に停止する。


 ……これを見るたび、あと十メートル掘れなかったのかとはなはだ疑問に思う。

 あるいはサバを読まず、ちゃんと正しい数字を表していることを褒めるべきか。


 ともあれ、高圧のガスが抜けるような音と共に、重い扉がゆっくりと左右に開く。


 その先に広がるのは──まさしく、地上とは別世界の光景だった。

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