第7話 左手の金貨


「お。あったあった」


 床に転がるチンピラたちの持ち物を漁り、こいつらが注射していたものと同じ色の薬液で満たされたアンプルをいくつか回収する。


 恐らくは異形化の原因である何か。

 ホウライが急速に名を上げた背景カラクリも、なんとなく想像がつく。


 近くで見ると、ちょっと液化エーテルに似てるな。

 まあ本当に液化エーテルなら常人が体内に注射などしたら大惨事だが。プールに浸かるだけでも地獄の苦しみを味わう羽目になるワケだし。


「あー」


 とりあえず一本飲んでみる。

 えずくほど不味かった。


「ぅえっ、げほっげほっ」

「何をしている貴様。滅多なものを口に入れるな」


 やはり液化エーテルとは味が違う。

 似ているだけで別物か。

 

 ちょうどいい。明日、買い出しついでに凶三きょうぞうのブレードと強化外骨格を工房まで持って行く、その更についでで調べてもらうとしよう。

 依頼のための金は、幸いすぐにでも手に入りそうだし。






「ひぃ、ふぅ、みぃ……たくさん。ふふっ、取るにも足らんチンピラの割には羽振りが良いな」


 ブレードで真っ二つに両断された金庫に収められていた硬貨の山。

 その一枚を指先でもてあそび、切れかけた蛍光灯の明かりにかざす凶三きょうぞう


「これだけあれば当分は遊んで暮らせる」

「お前の場合、遊びに行く道中で文無しになるのがオチだろ」


 腹を空かして動けない奴、怪我や病気で今にもくたばりそうな奴、タチの悪い連中から金を借りざるを得なくて利息代わりに売られそうな奴。

 こいつが足を止め、ゆるゆるな財布の紐を開けて中身をひっくり返しそうな状況など、テキトーに表を出歩けば高確率で遭遇する。


 ジルの方も似たようなもんだ。二人揃って後先考えてない。もっと言うと金勘定ができてない。二桁の掛け算どころか九九すら怪しい。

 お陰で俺が全員分の生活費をまかなわなければならん始末だ。もしも路頭に迷わせたら甲斐性無しの烙印らくいんを押されてしまうからな。沽券こけんに関わる。


「いい加減、泣きついてくる連中に片っ端から身銭をほどこすのはよせ。トーキョーじゃ困ってねぇ奴の方が珍しいんだぞ、キリがねぇ」

「……そんなことしていない。私は冷酷非情かつ悪逆非道な悪女だ」

「あくじょ」


 言うに事欠いて悪女ときたか。

 ちゃんちゃらおかしい。へそで茶が沸くとは、まさしくこのこと。


「なら悪女サマよ。先週ハラジュクゲートで大アタリを引いて稼いだ金はどうした?」

「……あ、地下アンダーのカジノで全額スッた!」


 あんなイカレた格好のバニーガールどもが客に酒いで回ってるようなとこ、お前が行くワケねーだろ。

 服装の露出度だけ見たら、だいぶどっこいどっこいだけど。せめてサラシくらい巻け。


「ぐっ……う、うぅ……」


 苦しすぎる言い訳に溜息を吐いていると、下から呻き声。

 足の置き場にちょうど良くて頭を踏み付けていたチンピラが、意識を取り戻した模様。


「ち、くしょう……化け物、め……」

「起きてそうそう憎まれ口とは、手足三本なくなった割には元気だな」


 凶三きょうぞうの居合いは断面の組織を一切潰さないため、よほどのヤブ医者でなければ簡単に縫える。

 神業級に鋭利な切り口は出血すらほとんどなく、急所さえ外していれば半日以上放置しようとも失血死しない。


 振るう本人いわく、血で大地を汚すことさえ許さぬ無慈悲な殺人剣との談。

 まったくもって、ものは言いよう。


「動くな。三下の血になど一銭の価値も無い」


 今のセリフを意訳すると「下手に動いたら流石に血が噴き出るからじっとしてろ」ってとこか。

 随分お優しい悪女サマだな。


「見たところ貴様が頭目か。この程度で私たちと一戦交えようとは、片腹痛い」


 それに関しちゃ完全同意。

 身の程知らずにも限度がある。


「っ……へ……へへっ……」


 歯を食いしばりながら仰向けとなり、手足を欠いた喪失感と痛みで表情を歪ませつつも、何やら笑い始めるチンピラ。

 どったのセンセー。


「ひひっ……どこから話が漏れたか、知らねぇが……ひと足、遅かったな……!」

「あァ?」


 なんのこっちゃい。


「お前たちが来る、少し前に……が兵隊連れて、シンジュクに向かった……!」

「……兵隊?」

りすぐりの武闘派を三十人だ……! 鉢合わせなくて良かったなぁ……!」


 なるほど。道理で凶三きょうぞうの話よりも人数が少ないと思った。

 そして本当にウチを狙ってたのか。風の噂も馬鹿にできない。


「しかもボスは俺たちと違って異形因子保持者スキルユーザーだ……もう、何もかも奪い尽くしてる頃だろうぜ……!!」


 …………。

 なんともはや。


逆叉さかまた

「ン」


 眉間にシワを寄せた凶三きょうぞうと顔を見合わせ、戦利品の回収を急ぐ。

 早めに帰った方がよさそうだ。


 ……しかし、まあ、なんだ。

 こいつら、マジで俺たちのこと何も知らないのな。


「今日トーキョーで一番災難な奴はお前たちだと思ってたが、どうやら違うらしい」


 よりにもよってジルが留守番中に教会ホームを襲ったか。

 俺たちのどっちかを相手にした方が、まだ幾分マシだっただろうに。






 焦げ臭さとオゾン臭が混ざり合って鼻を突いたのは、あとひとつ角を曲がれば教会が見える頃合のこと。


 数秒後。開けた視界に惨憺さんたんたる有様が映り込む。


「──逆叉さかまたくん、きょうちゃん、お帰りなさい」


 一様いちように肉どころか骨まで黒焦げとなって息絶えた、数十人分の質量。

 その中心に立っていたジルが、バチバチと体表に紫電をはしらせながらヴェール越しに微笑んだ。


「ちょっと待っててね。すぐ片付けるか、らっ!」


 語末ごまつと同時にピンハイヒールで足元の消し炭を踏みにじり、頭だったとおぼしき部分を粉々に砕いた。

 それを渋い表情で見ていた凶三きょうぞうが、袖で鼻を覆いながら呟く。


「遅かったか。この分だと一週間は臭いが残るぞ」

「そろそろ手加減を覚えて……いや、出来ないんじゃなくてだけなんだよな。余計タチ悪りぃ」


 ジルは異形因子スキルの活性化によって全細胞を発電器官へと変異させることで莫大な電力を生み出し、更にはそれを自在に操れる。

 時として発電機ひとつを巡って殺し合いにさえ発展する地上アウターにおいて、これほど便利な異能は他に無いだろう。


 そいつを戦闘に持ち出せば、ごらんの通り。

 デルタ級クリーチャーの最上位クラスを一顧いっこだにせず蹴散らすどころか、その更に上、単独討伐は不可能に近い等級と位置付けられているガンマ級とさえサシで渡り合える圧倒的火力。対異形戦仕様で完全武装した人間など吹けば飛ぶホコリに等しく、同じ異形因子保持者スキルユーザーであっても大抵は勝負にさえならない。


 地上アウター最強を談議する際、ジリアン・エッカート・佐倉崎さくらざきの名は真っ先に挙がる。

 教会ここを狙う輩が滅多に現れない最たる理由だ。


「妙なクスリを手に入れて調子に乗ったか知らねぇが、バカな奴等だな」


 消し炭のひとつを見下ろし、肺に溜まった悪臭を追い出すべく溜息を吐く。


「トーキョーじゃあ、バカから順に死んでくってのにな」


 よく見たら女の死体だった。

 異形化のおもむきが他とは違う。その上、黒焦げになりつつも容姿が判別できる程度には原形を止めている。


 なるほど。こいつが話に聞いたボスとやらか。


「んぐ」


 異形因子スキルを活性化させたまま死んだとあれば、もう人間ではなくクリーチャーの亡骸なきがらと捉えて差しつかえない。

 焼け焦げた腕をむしり取り、変異させたあごで噛み砕く。


 もろいのに硬い、ジャリジャリした最悪の食感。

 合わせて強烈な苦味が、口いっぱいに広がった。


「まっず」

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