第2話 テケテケ


 ざっくり三時間ほど廃病院を探索したのち、バックパックに拾得物を詰め込み、一旦切り上げることにした。


 まだ荷物には余裕があったし、階層フロアを降りても良かったんだが、やめておいた。

 せっかく見つけた薬の瓶が割れたら元も子もない上、そもそも今日は下層に向かう準備自体してなかったからな。


 すでに異界門ダンジョンゲートは座標移動で消えていたため、異形因子スキルを活性化。

 爪と一体化し、ガラスを割らずに切り裂けるほど鋭利な刃物へと変異した指先で、力任せに空間をこじ開ける。


 数秒かけて一人分の隙間を作り、するりと抜け出た。

 を単独で出来るからこそ、俺はソロで活動している。


「ッ……」


 仄暗ほのぐらい廃病院から一転、昼下がりの日差しに晒された目が眩しさを訴える。

 活性化を解いて元に戻った手のひらで陽光を遮り、明るさに慣れるのを待つ。


 ヨツヤゲート周辺はいつも通り人気ひとけが無く、なんならネズミ一匹見当たらない。

 人は勿論、動物も感じ取っているのだろう。


 この、自然物でも人工物でもない珍妙な石門が、どういう代物であるのかを。


「それでも俺みたいな奴にとっては、ありがたい飯の種だがな」


 地上アウターで生活を営む人間の多くは食うや食わずの毎日だ。大なり小なりの差こそあれ飢えていない奴の方が珍しいし、凶三きょうぞうを拾った時など餓死寸前だった。


 なんなら俺たちは、まだ恵まれている方ですらあるだろう。

 液化エーテル漬けで死に目に遭いながらも移植した異形因子スキルが定着してくれたお陰で、不定期な配給に頼るしかない大多数と違い、異界ダンジョンに潜って稼ぐ選択肢を得ているんだからな。


 ──たとえそれが二大企業の小さなを地盤とした、不確かな土台であったとしても。






 以前ガレキから運び出したコインロッカーに荷物を詰め込み、バックパックを軽くする。


 ロッカーの鍵は壊れているものの、これの中身に手をつけようと企むバカは、ここしばらく見ていない。

 二つの異界門ダンジョンゲートようする特異性ゆえか、シンジュク区はトーキョー全域でもワースト争いに食い込めるほど治安が悪いのだけれど、これも日頃の行いだな。


 もしかすると、横に飾ったの効果もあるかもしれない。


 廃墟で拾ったマネキンに、いろんな奴から引き抜いた肋骨を三十本ばかり突き立てた自慢のインテリアだ。






 異界門ダンジョンゲートは数十分ごとに接続座標が切り替わる。

 たいがいは表層と繫がるが、稀にいきなり下層や深層へ放り出してくる鬼畜仕様のゲートも存在するため、用心しなければならない。


 ヨツヤゲートの場合、接続先は俺が知る限りで十七パターン。

 その中には毒ガスや放射能で汚染された階層フロアも混じっている。ここに他の探索者たちが寄り付かない理由のひとつだ。


 ただ、最も警戒するべきエーテル値──異界ダンジョンの根幹であるエネルギーの濃度に関してはいずれも表層の範疇はんちゅうであるため、異界門ダンジョンゲート近辺で等級の高いクリーチャーと突発的に鉢合わせたことはない。今のところ。

 高ランクとの遭遇戦は流石に避けたい。種族差や個体差を問わず明確に格下と断言できるイプシロン級やデルタ級の下位中位までならともかく、上位の奴等と一戦交えるのであれば事前準備をさせて欲しい。贅沢を言うなら、そもそもサシでやり合うこと自体遠慮したいが。


「お」


 などとつらつら考えつつ、本日二度目となる異界ダンジョン入り。

 油膜に似た薄汚い虹色の境界線を抜けた先は、古いアーカイブでしか見たことがない、この世界に異界門ダンジョンゲートが現れる以前のそれを思わせる町並みだった。


夜街やがいか。まあまあだな」


 ブロック塀に手を当て、やけに長い釘で乱雑に打ち付けられた表札へと視点を合わせる。


 刻まれているのは漢字に酷似した、しかし明らかに漢字とは異なる意味不明な文字。そも意味があるのかさえ定かではない。


 並び建つ家屋も、青白い光で等間隔に夜道を照らす街灯も、よくよく見れば形や建築様式がどこかおかしい。

 人ではないナニカが人の文明を再現しようとしたかのような気味の悪い歪さが、端々から覗いている。


「いかにもB級ホラーとかにありがちな演出。何度見てもチープで笑えるな」


 軽く肩をすくめ、何件かの家屋に視線を巡らせ、どこを漁るか物色する。


 夜街ここの食い物は常人が口にすれば腹を壊すため二束三文にもならないが、貴金属や燃料なら話は別。

 金、プラチナ、あるいはガソリンあたりが手に入れば、一日のアガリとしては十二分だ。


 ──ぺたりと、後ろから物音がした。


「ン?」


 ぺたり、ぺたり、ぺたりぺたり、ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた──。


 そんな感じに間隔が狭まり、結構な速度で近付いてくる音。


 この階層フロアの闇は人間の目に適しておらず、街灯も照らす範囲が異様に狭いため、視界はかなり悪い。

 むしろ中途半端に灯りがある分、余計に見え辛い。


 音の正体が割れたのは、こっちとの距離が十メートルを切った頃合だった。


「やっぱり『テケテケ』か」


 百年近い大昔の都市伝説を原型としたイプシロン級クリーチャー。

 元ネタはセーラー服を着た上半身だけの女が夜道で人を襲い、自分と同じように脚を奪って行く……みたいな話だったハズ。うろ覚えだが。


 クリーチャーとは、異界ダンジョンを満たすエーテルが人間の意識を取り込み、恐怖や畏怖を抱く存在のカタチと性質を真似て自らを編み上げた鏡像きょうぞう、というのが通説。

 その真偽はともかくとして、経験則から言わせてもらうと、あの珍妙なスタイルの女怪じょかいが俺の脚を引きちぎるため向かってきているのは確かな事実。


 テケテケは急に曲がったり止まったりするのは苦手だが、直進は獣じみて速い。

 腕だけで這い回ってるってのに、よくもまあ、あそこまで素早く動けるもんだ。


「何べん見ても感心するね」

〈ぎぃいいいいッッ!!〉


 あっという間に最後の距離を詰め終え、飛びかかってきたテケテケ。

 四つずつ関節を持つ指が六本並んだ手を掴み──変異前でも八〇〇キロは下らない握力で、ぐしゃりと握り潰す。


〈ぎ、がっ〉


 砕けた骨が皮膚を突き破る寸前に離してやると、足元でのたうち始めた。

 鬱陶しいから背中を踏みつけて押さえ、どうしたもんかと考える。


 時計を見れば、ちょうど昼時だった。


「昼の弁当も、別の新入りにくれてやったんだよなァ」


 そっちはジルが拾ってきた。

 凶三きょうぞうといい、あいつら路地裏を通るたび何かしら連れて帰りやがって。

 生活費の勘定もできないアホ女どもめ。家計簿つけてる俺の身にもなれ。


「ったく」


 舌打ち混じりにテケテケの右腕を掴み、肩口から引き抜く。

 タール状の赤黒い血が飛び散り、甲高い悲鳴が鼓膜を突き刺した。

 うるせぇ。


「腕だけで動き回ってるからか知らねぇけど、コイツの肉、ちょっと硬いんだよな」


 一緒に破いてしまったセーラー服の袖を剥がしながら異形因子スキルを活性化。

 パキパキと音を立てて耳元まで裂けていく口を開け、鉄板も容易く貫けるほど鋭い牙へと変わった歯で、二の腕に噛みついた。


「んぐっ、ん」


 ゾンビナースよりも抵抗の強い肉質。

 時速一〇〇キロ近い速度で駆けてきたばかりだからか、だいぶ熱を持っている。


 異形因子スキルがもたらす変異に伴いいちじるしく強化された咬合力で強引に食いちぎり、咀嚼そしゃく

 泡を吹き、血涙を流すテケテケの背中に腰を下ろし、更にひと噛み。


「まっず」


 クリーチャーの肉ってのは、どうしてこう、えぐみが強いんだ。

 煮たり焼いたりした方がいいのかね。めんどくさ、生でいいわ。


 …………。

 まあ、少なくとも腹には溜まる。

 今の御時世、満腹になるまで食えるんなら何よりの贅沢だ。


「つーワケで左腕も貰うぞ。それまで生きてろよ?」

〈ぎ……い……〉


 肉と一緒に噛み砕いた骨の欠片を吐き出す。

 勢いが強すぎて、ブロック塀に穴が開いた。

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