第3話 タケシタ通り


 異形因子スキルを活性化させて骨格から変異した俺のあごは、バスケットボールくらいであれば丸呑みできる。

 実際やろうもんなら、三層の牙が当たって飲み込む前に破裂すると思うけど。


「んあぁ──」


 なんとなく選んで入った廃墟。

 リビングで戸棚やら引き出しやらを荒らしていると、隅に置いてあった古めかしいブラウン管テレビが触ってもいないのに電源をともす。


 耳障りなノイズ。砂嵐まみれの画面に映ったのは、これまた古びた井戸。

 そして、その中から這い出てこようと奇怪な所作でうごめく、女怪タイプのクリーチャー。


 夜街でたまに見かける奴だ。

 名前なんだっけか。サダヨとかサダハルとかサダミツとか、そんなニュアンスだったと思うが。


「んぐっ」


 ともあれ、やたら勿体もったいぶってノロノロしやがるもんだから、待ちきれずこっちからテレビの中に飛び込み、力尽くで引きずり出し、頭を丸ごと頬張ってやった。

 頸椎けいついを噛み切り、骨も肉も一緒くたに咀嚼そしゃくすると、血やら脳漿のうしょうやらが舌に纏わりつく。


 ひどい。不味いとかの域じゃなくて、ひどい。

 しかもアレだ。やたら長い上に痛んでパサパサの髪が喉にさわる。


「べっ!」


 まだ食える部分は残ってたが、食感が不快すぎて耐えきれずに吐き出した。

 なんで丸ごと行ったかな俺。舌とか目玉とか、比較的マシなとこだけ貰えば良かったのに。


「口直しだ」


 背後から響く、異音じみた絶叫。

 振り返れば、そこに居たのは今し方の女怪の近縁種と思しき、首がヘンに折れ曲がったクリーチャー。

 奇声を上げて俺をゴミ袋に詰め込もうとしてきたが、逆に押し込んでやった。


「舌出せ、舌」


 体内の炭素やらフッ素やらカルシウムやらの分子結合を組み替えることによって極度に硬質化した指で上顎と下顎を掴んで引き裂き、舌だけ貰う。

 お世辞にも美味くはないが、血と脳漿のうしょうのミックスジュースよりはいい。


「ン」


 飲み込んで口元をぬぐうと、物陰からこっちを見ている全身白塗りかってくらい血色が悪い子供型のクリーチャーを発見。

 このゴミ袋女とセットで現れる、存在強度はイプシロン級の中でも更に下位の雑魚。


 大股で近寄って、雑に蹴り殺した。

 戦車よりももろければ、大体これだけでケリがつく。蹴りだけに。


「ガキの肉はノーサンキュー」


 俺が食うクリーチャーは、基本的に若い女のカタチをしたタイプだけだ。

 男は筋張ってるし、子供は独特の臭みが鼻にこもるし、年寄りは乾いてるし、獣は毛皮を剥ぐのが面倒だし、ワケの分からん形態をした奴等はそもそも食おうとすら思えないからな。






「今日はこんなもんか」


 背負い直したバックパックの中で、ポリタンクが水音を響かせる。


 ガソリン二十リットル、混ぜ物入りだが金のネックレス数本、あとはシルバーの指輪とかが少々。

 廃病院で集めた薬品類も合わせれば、これで二週間くらいは食うに困らないだろう。


「そォ、らっ」


 爪で異空間をこじ開け、外界へと舞い戻る。

 時刻は三時過ぎ。夕方までには帰れそうだ。






 トーキョー封鎖以前のタケシタ通りは、日々大勢の若者が押しかける人気スポットだったらしい。

 それが今では二大企業の目を盗み、非合法な取り引きが横行するブラックマーケットと化しているとは、なかなかに諸行無常。


「くあぁっ……」


 ここは道幅が狭い上に建物やら露天やらがゴチャゴチャしてて歩きにくいんだが、俺が通ると大抵の奴はゴキブリ並みの素早さで道を譲ってくれる。

 こんな末法まっぽうの世でも、親切な人たちは居るんだなーって。






 タケシタ通りの一角に陣取る、壁にオルカのステッカーが貼られた店。

 だいぶ前、チンピラ同士の抗争の巻き添えを受けて壊れたドアに代わって出入り口を覆うビニールシートをくぐり、中へと入る。


「うーす」


 消音器サプレッサーへだてた銃声と合わせて、鉛玉に額を弾かれた。


「……なんダ。お前カ」


 唐突な衝撃で軽くのけぞり、天井をあおいでいると、ガスマスク越しのくぐもった声。

 雨も降っていないのに真っ黒なレインコートを着込み、フードまで被った小柄な店主が、銃口から硝煙を立ち上らせた拳銃を下ろす。


「換金カ? ちょうど店仕舞いしたばかりだガ、まあいイ。さっさとブツを出セ」

「おい待てコラ。人の頭ハジいといて謝罪も無しか、死んだらどうする」

「笑える冗談ダ。甲型こうがた異形因子保持者スキルユーザーが鉛の銃弾ごときで死ぬのカ?」

「俺は誠意の話をしてるんだよ」

狭量きょうりょうな奴だナ」


 詫びのつもりか、未開封の板チョコを面倒くさそうに放り投げられた。

 それをポケットに突っ込むと、バックパックの中身をカウンターに広げる。


「ガソリンと金属類。あと薬」

「ほウ、こりゃ鎮痛剤モルヒネニ……サルファ薬? どこで見つけてきたんダ、こんなもン……そうだナ、全部合わせて四万円でどうダ?」


 四万て。足元見すぎだろ、十日分の食費にもなりゃしねぇ。

 少なく見積もっても六万は行くハズ。


「またレート変わったのかよ」

「四日前から警備隊の取り締まり強化月間ダ。顔見知りが何人かアげられた上、仕入れ先までひとつ潰されタ」

「そりゃ御愁傷ごしゅうしょうさん。不景気はお互い様か」

「そーゆーこっタ」


 溜息ののち、差し出された硬貨を掴み、取り引き成立。

 ここでこの額なら、どこに持って行ってもこれ以上の値はつかないだろうし。


「ピリピリしてる理由は分かったが、いきなり撃つかよ普通。心にやましいところがあるから、そうやってビクビク生きる羽目になるんだ」

異界ダンジョン拾得物アガリをアタシみたいなのに流してる奴が言えたクチかヨ」

「そこらへんは仕方ねぇだろ。こっちも生活かかってるんだ」


 正規の売却ルート……つまり探索者支援協会にした場合、寸志すんしとして俺の手元に落ちる金は十中八九この半額にも満たない。一体全体どういう了見だ。

 異界門ダンジョンゲート内の全資源は二大企業に所有権が帰属しているだかなんだか知らんが、いくらなんでもアコギが過ぎる。地下アンダーのお偉方は俺たち異界探索者シーカーを干上がらせたいのか。

 もっと納税者に優しくしてほしいもんだ。税金なんか払ったことねーけど。


「いっそデモ活動でもやってみるかな。人集めて、チュウオウ区のセントラルタワー前とかで」

「警備隊に取り押さえられるだけダ。そもそも連中相手に文句垂れたところで何かが変わるとは思えんガ」


 それもそうだ。

 あいつらだって結局は地上アウターの人間だし。


「ならエレベーターを占拠して地下アンダーまで行くか」

「治安維持局に秒で処理されるのがオチだロ」

「ですよね」


 もっと別の手を考えよう。

 なんとも世知辛い。


「……あア、そうだ逆叉さかまた


 きびすを返す間際、何か思い出したように店主から声をかけられた。

 どったのセンセー。


「さっき凶三きょうぞうが来たゾ。お前を探してタ」

凶三きょうぞうが?」


 なんだなんだ。つーか用があるなら通信機使えよ。

 さてはまた壊したな、あの粗忽者そこつもの


 ……よく見たら壊れてるのは俺の通信機だった。

 たぶん夜街でチェーンソー持ったホッケーマスク男と取っ組み合った時だろう。


 ともあれタイムリーな情報だ。ちょうど用事も済んだところだし。

 そんじゃ、さっさと拠点ホームに帰りますかね。

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