第3話

 翌朝、城の中庭には、黒金の軍旗がいくつも立っていた。

 冷たい冬の光にきらめく旗の下、ガルデンの兵たちは整然と並び、視線を一斉にこちらに向けている。

 その視線は敬意ではなく、所有物を値踏みするような冷ややかさを帯びていた。


「姫さま……」


 隣で侍女ミリアが不安そうに囁く。


 リディアは振り返らずに微笑んだ。


「大丈夫。精霊がついてるわ」


 本当は、笑みよりも深く息を吐きたい心境だった。

 だが、聖女が顔を曇らせれば、それだけで国に影が落ちる。それは許されない。


 謁見の間で交わされた降伏の文書が読み上げられ、最後に父王が静かに告げた。


「……行け、リディア」

「はい」


 その声の硬さに、彼女は小さく頷き、黒金の兵たちの列へと歩み出た。



 移送の馬車は頑丈で、窓には外側から鉄格子が嵌められている。

 向かいの席には、ガルデン王子レオニス。

 薄く笑いながら、指で窓枠を叩いていた。


「乗り心地は悪くないだろう?」

「ええ。……囚人にしては上等ですね」


 軽口を返すと、王子の目が一瞬だけ細められた。

 だが次の瞬間には、余裕の笑みに戻っている。


「そうやって強がる顔、嫌いじゃない」


 言葉と同時に、手が伸びる。

 リディアの顎先に指が触れ、軽く持ち上げられた。

 その視線の奥には、獲物を弄ぶ捕食者の静けさがあった。


 彼女は顔を振って手を払う。


「触らないで」

「いずれ、自分から求めるさ」


 馬車の外では、蹄の音が雪道を刻み続けている。

 外の景色はやがて変わり、白い平原の向こうに黒金の城が現れた。

 高くそびえる城壁。陽を受けて光るはずの石は、何故か鈍い色に沈んでいる。



 城門が開くと、兵士たちの視線が再び注がれた。

 敬礼の形をしていても、その眼差しは無遠慮に彼女の全身を測っている。

 セレナがいつの間にか馬車の脇に立っていた。

 真紅の布を翻し、笑みを浮かべる。


「ようこそ、ガルデンへ。……長い滞在になるわ」

「それは光栄ですこと」


 言葉の端にわずかな棘を込めると、セレナの笑みが一瞬だけ深くなった。


 城内へ足を踏み入れると、空気が変わる。

 外気よりも温かいはずなのに、背筋を冷やす何かがある。

 壁には古い戦勝の絵と、精緻な金細工の装飾。だが、そこに描かれた笑顔はどれも鋭い。


 レオニスが先に立ち、廊下の奥を指し示した。


「お前の部屋だ。必要な物は揃えてある」

「檻の中でも快適に、ということですか」

「そうだ。快適にしておいたほうが……よく馴染む」


 その言葉に、リディアはわずかに眉を寄せた。

 王子は構わず歩を進め、重い扉を開ける。

 そこには、暖炉のある広い部屋と、窓外に広がる雪景色――そして厚い鍵付きの扉があった。


「ここでしばらく暮らしてもらう。……お前が“こちら”の水に慣れるまで」


 その言い方に、リディアは初めて背筋に冷たいものを感じた。

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