第3話
翌朝、城の中庭には、黒金の軍旗がいくつも立っていた。
冷たい冬の光にきらめく旗の下、ガルデンの兵たちは整然と並び、視線を一斉にこちらに向けている。
その視線は敬意ではなく、所有物を値踏みするような冷ややかさを帯びていた。
「姫さま……」
隣で侍女ミリアが不安そうに囁く。
リディアは振り返らずに微笑んだ。
「大丈夫。精霊がついてるわ」
本当は、笑みよりも深く息を吐きたい心境だった。
だが、聖女が顔を曇らせれば、それだけで国に影が落ちる。それは許されない。
謁見の間で交わされた降伏の文書が読み上げられ、最後に父王が静かに告げた。
「……行け、リディア」
「はい」
その声の硬さに、彼女は小さく頷き、黒金の兵たちの列へと歩み出た。
◆
移送の馬車は頑丈で、窓には外側から鉄格子が嵌められている。
向かいの席には、ガルデン王子レオニス。
薄く笑いながら、指で窓枠を叩いていた。
「乗り心地は悪くないだろう?」
「ええ。……囚人にしては上等ですね」
軽口を返すと、王子の目が一瞬だけ細められた。
だが次の瞬間には、余裕の笑みに戻っている。
「そうやって強がる顔、嫌いじゃない」
言葉と同時に、手が伸びる。
リディアの顎先に指が触れ、軽く持ち上げられた。
その視線の奥には、獲物を弄ぶ捕食者の静けさがあった。
彼女は顔を振って手を払う。
「触らないで」
「いずれ、自分から求めるさ」
馬車の外では、蹄の音が雪道を刻み続けている。
外の景色はやがて変わり、白い平原の向こうに黒金の城が現れた。
高くそびえる城壁。陽を受けて光るはずの石は、何故か鈍い色に沈んでいる。
◆
城門が開くと、兵士たちの視線が再び注がれた。
敬礼の形をしていても、その眼差しは無遠慮に彼女の全身を測っている。
セレナがいつの間にか馬車の脇に立っていた。
真紅の布を翻し、笑みを浮かべる。
「ようこそ、ガルデンへ。……長い滞在になるわ」
「それは光栄ですこと」
言葉の端にわずかな棘を込めると、セレナの笑みが一瞬だけ深くなった。
城内へ足を踏み入れると、空気が変わる。
外気よりも温かいはずなのに、背筋を冷やす何かがある。
壁には古い戦勝の絵と、精緻な金細工の装飾。だが、そこに描かれた笑顔はどれも鋭い。
レオニスが先に立ち、廊下の奥を指し示した。
「お前の部屋だ。必要な物は揃えてある」
「檻の中でも快適に、ということですか」
「そうだ。快適にしておいたほうが……よく馴染む」
その言葉に、リディアはわずかに眉を寄せた。
王子は構わず歩を進め、重い扉を開ける。
そこには、暖炉のある広い部屋と、窓外に広がる雪景色――そして厚い鍵付きの扉があった。
「ここでしばらく暮らしてもらう。……お前が“こちら”の水に慣れるまで」
その言い方に、リディアは初めて背筋に冷たいものを感じた。
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