第5話、パニック

目が覚めたのは10時を回った頃だった。スマホの着信音で目が覚めた。

相手の声に一瞬でゾッとした。職場の上司からだった。

カズシは急いで職場に向かった。


後で着信履歴調べてみると、あの異様な体験の最中電話をかけてきたのはマサコだった。カズシは仕事が終わってから掛けなおそうと思い、直ぐには折り返さなかった。


職場に着いてから上司にはこっ酷く説教された。しかしその最中も、その後も全く仕事に気持は入らない。カズシは一日中抜け殻の様にただ時間を過ごした。


「工藤さん、今日何か変ですよ?どうかしたんですか?彼女さんとなんか?」

「え?…あぁ、彼女では無いんだけど、ちょっとな…」


そんなカズシを心配した後輩が夕食を誘ってきた。カズシもこのまま一人、あの家に帰りたくなかったので、自分の驕りでという事で後輩の誘いのった。


「ちょっと遠いんですけど、そこそこ美味いステーキ屋があるんですよ。やっぱ、元気無い時には肉に限りますよ!」


ステーキ専門店「肉らしや大陸」は、ちょうど「鎌倉製鉄工場」とカズシのマンションを三角形で結んだ様な場所にあった。工場からは車で30分程走った所だ。


店内は広く、月曜の夜だというのに家族連れが多かった。カズシと後輩は一番角の席に案内され、後輩が勧める「肉バカラリアット定食」を二つ頼んだ。


「工藤さん、何があったんですか?ずーっと調子悪そうでしたよ」

「悪いなー、何か心配掛けちゃって…」

「いや、そんな…余りにも元気無いから」

「……なぁー、大木は幽霊とか見た事ある?」

「はぁ?」


カズシは土曜日の晩、マサコからの電話に始まり、扉の音、そして昨晩の体験を全て話した。


「…それマジっすか?」

「あぁ、本当だよ…マジでこわい…もう帰りたくないな、あの家」

「……あの、オレ今、彼女と住んでるんで、工藤さんを泊めるのはちょっと無理っぽいんでけど……あ!いや、彼女が人見知りなもので!」

「…え?…いやいや!いいよいいよ!大丈夫だよ!そういうつもりで言ったわけじゃないから」

「あ!なので!今日オレ、工藤さんの家に泊まりに行きますよ!」

「いやいやいやいや、それも悪いよ。明日仕事だし」

「いや、マジでいいんですよ!気にしないで下さい!…オレが行けばどうにかなるもんでも無いんですけど、何かあったら心配ですし。あとオレ心霊とか基本信じてないんで!」

「えー。でも…」

「その代わり、ちょっと先に工藤さんを一旦家に送ってから、自分家に帰って着替え持ってから行きますんで、ちょっとだけ一人で待ってて貰えますか?なるべくソッコ

ーで行きますから!」

「ハハハ。ホント悪いなー…有難う、凄く気を使ってくれて」


二人の顔に笑顔が戻った時、ちょうど「肉バカラリアット定食」はやって来た。

朝から何も口にしていなかったカズシは、その何とも言えない旨そうなニオイに一気に食欲が沸いた。斜め前に置いてあるフォークとナイフを手に取り、早速お肉に手を付け様とした…


(ん?)


何と無く“違和感”を感じたた。視線を上げ、もう一度辺りを見渡した。


「え?どうしたんですか?」

「あ…いや、ちょっとな…」


何かの違和感。それが何なのか探りながら辺りを見回す。それでも家族連れが楽しそうに食事をしている光景だけた。


(何だったんだろう?何か…何か引っかかるな)


諦めて、視線をもう一度下ろそうとした時に、その違和感の正体は判明した。


「あ!!!!」

「え?!どうしたんですか!」


視線の先には3人組の家族が座っている。

子供は女の子で中学生くらい、母親は30代後半くらい。

父親の方は40代前半くらいでハゲている。

そしてその男は、昨日窓ガラス越しにカズシが目にした男そのままだった。

あの顔だったのだ。ただ1つ違うのは、昨日と違って笑顔で"しっかり人間として"、その場に存在している事だった。


「大木、あそこの男見えるか?」

「え?…あのハゲのおっさんですか?」

「そう…あの男、さっき話した男、幽霊とした見た男、そのまんまなんだ」

「え!?それってお化けの?…いや、さすがにまさか…」


こちらの声はその家族には全く聞こえていなかった。

カズシは何が何だか分からなくなりパニックになった。よく考えてみたら、ただ昨晩の男と似ているだけなのかも知れない。…でもあまりに似すぎている。

そんな事を考えながら、ふと視線を窓の外むけた。

その時、店内に響く様な大きな声をあげてしまった。


「あ!!!!!!!!」


外の駐車場、昨日見たレクサスが停まっている。

と同時に、男の家族は食事を終えた様で席を立った。カズシは男から目を離さずに見ていた。

男は会計を済ませると、家族と駐車場へ向かった。ポケットから鍵を取り出し鍵を掲げると、次の瞬間レクサスは開錠されハザードランプがチカチカと光った。


(アイツの車なんだ!)


カズシは店内から男の後ろ姿から視線を外さない。

男は急に店内の方に振り返った。そして狙い定めた様に、カズシの視線を捕獲すると、昨晩の目、無機質な感情が無い目でカズシを見た。


(やっぱりアイツだ!アイツなんだ!)


数秒間、カズシを感情の無い目で見つめている。

ふと、男は娘に呼ばれ様で、また“人の顔”に戻って運転席へと入った。


「…工藤さん、さすがにそれはないんじゃないですか?」

「アイツだよ」

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