第2話

 朝倉は起き上がることもなく、目の前に浮かぶ雲を、地面からながめていた。


「はぁ、痛いなぁ」


 朝倉は頬の痛みを感じながら、静かに笑っていた。そして一息着いて口を閉じた。かけていたメガネは、落ちて曲がってしまい、予備のメガネはあるが、それまでは修理に出さないといけない。

 起き上がる気にもならず、ずっと空を見ていた。これが帰宅時間であった事が幸いだ。コレを授業前だったらどう、教師に説明すればいいのか悩むだろう。

 するとそこに、誰かがやって来た。朝倉は動くことなく、向こうから顔をのぞいてきた。ポケットに両手を入れていた。リーゼントヘアの添田大樹(そえだだいき)が、朝倉を探していたようだ。


「おお! ココにいたか朝倉! どこにいるかと思えばこんなところで寝ていて」


 添田はヘラヘラと笑っていた。朝倉もつられたようにまた、静かに笑った。


「オレは女子を怒らせてしまったようだ。この先、心苦しいものだな」

「お前に心苦しいなんて、似合わないな」

「へへっ、そうかなぁ。時にはビクビクだってするよ」


 朝倉は添田に支えられて起き上がっていた。お腹の痛みは軽く済んだが、頬の痛みはまだ続いていた。


「しかし、あの柳川を怒らせるとはね、いったい何をしたのかな?」

「さぁ、アイツのパンツを見てしまったからかな」

「ハハっ、そんな事でアイツがそこまでして怒ることはないだろう」


 柳川愛梨(やながわあいり)は、そう簡単に動じるような女子ではない。あまり人に興味がないと言ったところだろうか。だから正直のところ自分も何故、呼び出されたのかわからない。柳川が言っていた。「これでも、私はまだ、あの時が許せないわ!」と、言ったが、どういうことだ? 朝倉はふと幼稚園が一緒だった頃を思い出した。じゃああの時、何があったのか?


「さぁ、立てるか?」

「ああ、大丈夫、ひとりで立てるよ」


 朝倉は立ち上がり、学校を後にした。


 添田に助けられながら、朝倉が住む自宅前までやって来た。朝倉は「ありがとう」と言って玄関に向かう。添田は帰る前に言った。


「さて、早く治して来いよ! 来週が楽しみだからさ」

「おまえに見せるほど、たいしたケガではない」

「ヘヘヘッ、そうか、それじゃ来週に」


 添田が去って行った。


 朝倉は玄関扉を開けて中へはいった。「ただいまー」と、言うと「おかえりー」と、向こうから返ってきた。

その声の正体は妹である小学生の萌香(もえか)だった。玄関まで走って来る。すると萌香は、朝倉の赤くなった頬に気づいた。そして驚いた声で聞いた。


「お兄ちゃん、顔どうしたの?」

「ああ、これか、ちょっと転んでぶつけただけだよ、だから大丈夫だ」

「ええ、転んだの?」


 萌香はすぐに台所へと向かい、母に大きな声で伝えていた。


「お母さん! お兄ちゃんの顔が大変!」

「お兄ちゃんがどうしたの?」


 母は作業をしていたらしく、手を止めて萌香に引っ張られながら朝倉の前にやってきた。すると母も赤くなった頬に驚く。


「誠一、どうしたの? ほっぺたが赤いじゃないの!」


 母は一瞬で心配の表情へと変わった。


「とにかく、すぐに冷やしましょう。理由は後で聞くとして」


 と、そのまま部屋と連れて行かれて、リビングにあるソファに座った。母はすぐさま冷蔵庫から氷を何個か袋に入れて、タオルと一緒に渡した。朝倉は手にするとさっそく、タオル越しで頬に当てた。最初は冷たさはまったくないがいっときすると、その冷たさを感じとった。

 そういえば、自分の顔がどう赤くなっているのか、洗面所の鏡で確認しようと思っていたが、今は行けそうにない。横では萌香が見守っている。


「萌香、そんなに気になるのか?」


 萌香は不満そうに喋り始めた。


「だって、お兄ちゃんのほっぺた、赤くはれて痛そうだから心配で仕方ないもの」


 と、思わず朝倉は軽く笑っていた。萌香も一瞬は腹立ったみたいだが、それでもずっと見ていた。

赤みが落ち着いてくる頃になると、妹も含めて家族内は朝倉に聞いていた。仕事から父からも「どうしたんだ」と母と同じことを聞いていたが、朝倉は「転んで出来た腫れ」と、言っていた。


 赤く腫れた頬は次の日にはおさまって、土日は何事も無かったように過ごしていた。だが母はそれでも欠かさず、だいたい三時間ごとに「調子はどう?」と、聞いていた。

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