予想通りの答えだった。それでも、腹は立った。唇を噛み締める円花を、男は鼻で笑った。

 「そんなこと聞きにきたの? 金まで払って。」

 「……。」

 そんなことを聞きにきたわけじゃない。もちろん。でも、井上くんが円花の前を素通りしていった瞬間から、円花の予定は狂いっぱなしなのだ。もともとは、井上くんは本当は娼婦を買っていないことが判明して、それでおしまい、井上くんと学校の外で少し話をできたらうれしいな、みたいな気持ちでいた。それなのに、井上くんはおんなではなく男を、本当に買っていて、円花はまだそれを信じられないまま、その当の男と向かい合っている。平静でいられるはずもなかった。

 「ヤスタカのこと、好きなのね、随分。」

 からかうような口調で、キサラギが言った。円花は咄嗟にその言葉に頷いていた。はっきりと頷ける質問なんて、この場ではそれくらいしかなかった。

 「寝てないんでしょ。ヤスタカと。」

 また、同じような口調でキサラギが言う。円花はたじろいで、彼を凝視した。円花の周りには、性的な内容をこんなにあっさりと口にするひとは、いなかった。

 「だからだよ。だからそんなに、男ひとりに執着するんだよ。」

 二本目の煙草を唇で引き抜きながら、男は色悪めいて笑った。

 「とっととヤスタカ追いかけてって、セックスすればいい。そうしたら、馬鹿らしくなるよ。男ひとりを追いかけて、こんなとこまで来るなんて。」

 井上くんと、円花は、そんな仲じゃない。全然そんな、仲じゃない。そしてそれ以前に、男の理屈にはしっくりこない部分がある。だから円花は、心はまだたじろいだまま、目線だけはせめてしっかりと男を見据え、言い返した。

 「でも、井上くんはあなたに執着してるでしょ。」

 セックスしてるのに、とは、口にできなかった。男はそんな円花の内心の葛藤すら承知みたいに唇を笑わせると、商売だもん、と返した。

 「商売だもん。それ以外なにもない。ヤスタカだって別に、俺の身体に執着しているかもしれないけど、俺自身に執着してるわけじゃない。」

 随分寂しい台詞だと思った。円花が黙り込んでしまうと、男はスマホの画面を覗きこみ、まだ時間はあるけど、と円花の顔を覗き込んだ。

 「セックスする? そこの裏でならできるけど。」

 「え?」

 聞き間違いかと思った。どこをどう捻ったら、これまでの会話からその発言につながるのかが分からない。けれど、男の中には男なりに成立している理屈があるらしく、平然とした態度で円花の反応を窺っている。

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