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「ホテル代もないんでしょ? ここで話すなら30分。ホテル行きたいならその分差し引いて15分ね。」
この場で30分か、この男と二人きりになって15分か。円花ははじめ、ホテルの方に傾いた。初対面の男と二人きりになるのは怖かったけれど、道端で話すような話でもないと思ったから。それに、井上くんがこの男と二人きりで会っているという事実は、円花の心を幾らか支えた。そんなに怖いことはおこらないだろう、と。
「……、」
ホテルに、と言いかけて、いったん口をつぐむ。いつの間にか、さっきまでキサラギと話していた娼婦はその場から消えていたし、街灯の下に居並ぶおんなたちも、こちらに注意を払ってはいない。まるでこの場に円花なんて存在しないみたいだった。
ここもホテルも、多分そんなに変わらない。
そう思った円花は、ここで、と呟いた。男は投げやりに肩をすくめ、どうぞ? と軽く語尾を上げた。
「……井上くんは、あなたのこと、買ってるんですか。」
もしかしたら、そうではないのかもしれない、と、思いもしたのだ。見るからに親密そうだった二人の様子。井上くんは、この男に金を払ってはいないのかもしれない、と。けれど、キサラギは無情な感じであっさり頷いた。
「そうだけど。」
「いつから?」
「さぁ。先月くらい?」
それは、井上くんが部活を辞め、成績を落し、人付き合いも悪くなった頃と一致していたから、円花は、やっぱり、と思った。やっぱり井上くんは、この男に会うために、その他の様々なことを手放したのだ。
「……なんで……、」
その先に続く言葉は、円花自身にもよく分からなかった。なんで、井上くんはこの男を買っているのか。なんで、井上くんはこの男を好きなのか、なんで、井上くんはこの男以外の全てを手放そうとしているのか。多分、全部知りたかった。でも、そのどれもこの男に聞くべきことではないと分かってもいた。この男は、なにを訊いたところで、知らない、と答えるだけだろうと。
男は、煙草をふかしながら、円花の言葉を待っているようだった。金を払った分、ちゃんと相手はしてくれる。いかにも商売人らしい態度だった。
「……なんで、買われるんですか。学生なの、分かってるでしょ。」
いろいろ考えた末に、一番つまらない質問が出た。自分でも自分にがっかりしてしまうくらいの。男も、つまらないことを聞いた、と言いたげに目を細め、短くなった煙草をアスファルトに落として踏み消すと、金、とだけ応じた。
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