観音通りに、井上くんを探しに行きたい。うわさが本当か確かめたい。

 円花がそう言いだすと、笙子は分かりやすく、困ったなぁ、という顔をした。

 「そういうのって、プライベートの中でも特にプライベートなことじゃない?」

 大人びた友人の、大人びた物言いは、普段の円花にとっては、頼りがいがあって羨ましいくらいのものだったけれど、このときばかりはそうも言っていられなかった。

 「でも、笙子もやばいっていったじゃん。放っておいていいの?」

 「放っておくもなにも、私たちには関係のないことでしょ。井上くんの親が心配するならまだしも。」

 私たち、というのは、随分やさしい物言いだな、と、円花は思った。本当は笙子は、あんたには、と言いたいのだ。それでも円花には、ここで引きさがることがどうしてもできなかった。

 「でも、でも、心配だし、見に行くだけなら……、」

 「心配って、私たちがする筋合いじゃないでしょ。」

 やっぱり取りつく島もない友人は、スクールバッグを肩にかけ、帰ろう、と円花の肘を引いた。いつものように、ひんやりと冷たいてのひら。笙子は手の形まで大人びて整っていて、円花はいつも、それも羨ましいと内心で思っていた。

 「……ひとりでも、行くよ。」

 「え?」

 「ひとりでも、行く。」

 意地になっている。

 自分でも分かっていた。けれど、笙子が大人びて冷静であれば冷静であるほど、反対に、子どもっぽくて熱っぽい円花は意地を張ってしまう。これはいつものことで、大抵の場合、こうなると喧嘩になったり関係がこじれたりする前に、笙子が引いた。今回も、円花はそれを狙っていたような節もある。

 「……あのさ、」

 けれど今回は、笙子もあっさり引きはしなかった。呆れたように肩をすくめ、低くて聞きの良い落ち着いた声で、こんこんと言って聞かすように言葉を紡いでいく。

 「やめた方がいいって。井上くんの一番プライベートな部分を、なんでなんの関係もない円花が引っ掻き回さなきゃいけないのよ。井上くんだって絶対嫌がるし、そもそも人の道に外れてると思うよ。」

 笙子の言い分が完全に正しくて、こちらにはなんの正義もないことは、円花にだって分かっていた。だから、意地になって強張った身体のまま、言うしかなかったのだ。

 「分かった。ひとりで行く。」

 円花の大人びた友人は、深くため息をつくと、勝手にすれば、とだけ言い置いて、静かな後ろ姿で教室を出て行った。

 

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