足音の王様

真花

足音の王様

 足音が聞こえた。ヒール。歩幅も乗っている体重も申し分ない。軽やかと言うよりは実直に、急くこともなく重だるくもなく、何よりも俺に聞かれていると言うことに気付かずに、ただ前へ前へと進む。歩くためだけに機能している、その音が徐々に近付いて来る。他の目的を持ってはダメなのだ。見た目とか蹴るためとか、そう言うものを全て排除して、靴であること、故に歩くこと、その結果発生する音。はやる気持ちと昂る性欲を押し殺してレコーダーを録音状態にする。俺は今、影になる。集音で全部になる。他のノイズが混ざらないことをただただ祈って、レコーダーと一緒に音を拾う。

 足音がその音の数だけ接近して来る。心臓が高鳴るのが体の内側からうるさい。そんなものを聞きたい訳ではない。通勤時間帯よりも早い、朝もやのかかる住宅街の出口より少し手前の花壇に俺は腰掛けている。車はほとんど通らない場所で、人通りもまだ少ない。そこで獲物がかかるまでひたすら待つ。これは狩りだ。俺を満足させる足音を収集する。怪しまれないようにいかにも普通の格好、ジーパンとTシャツを着ているがつまりこれが勝負服だし、レコーダーが俺の武器だ。都内を歩き回って探した狩れるスポットの内、ここは成功率が最も高いポイントだ。背景のように目立たずに、臥龍のようにいつでも牙を剥ける状態で獲物が来るのをひたすらに待つ。通勤が始まったらノイズが多すぎて良質な足音を録れないのでそれまでが勝負だ。座って三十分、俺の性の琴線に触れる音がやって来た。

 足音の主がどんな人物であるのかは分からない。歩行の邪魔をしないように見ないから分からない。過ぎ去ってから後ろ姿を見やることはあっても太っているか痩せているか、背が高いか低いかくらいしか分からず、美人かどうかは不明なままだ。それはどっちでもいい。足音は足音だけで完結している。付随する情報なんていらない。足音だけが歩いてくればいいのにとすら思う。でも、足音はその上に乗っている靴と人間の産物であることも理解している。足音は全てを反映しているからこそ、他の一切の雑味を拒否しても成立するのだ。この足音は最上級だ。きっと何度も繰り返し聞くし、繰り返し使うだろう。しかる後にサイトにアップする。十分に俺が愉しんでからじゃないと他の人には与えたくない。

 足音が大きくなり、俺に最接近して、前を通過して、一定のリズムのまま遠ざかる。胸が激しいのは欲望よりも狩りへの熱中だと決めたいが、そんなに純粋ではない。十分に遠ざかって足音が聞こえなくなってから録音を終える。他の歩行者も、車も全くない、黄金の録音が録れた。俺は息を思い切り吐いて、今日はもう十分だ、帰る準備を始める。ここで録音を聞いてはならない。狩りを始めて間もない頃、録れたばかりのフレッシュな録音をその場で聞いて、狩りの成分のない、つまり百パーセント性的な意味の音を耳に流したら、当然のように性的に興奮して立てなくなってしまった。しばらくして収まってからも心の興奮は続いて公園のトイレで処理をしなくてはならなかった。同じ過ちを繰り返してはいけない。

 でも気持ちは早く聞きたい。それを蓋をねじ込むように抑える。録るのが最高なら、聞くのも最高のコンディションでしたい。駅に向かう。歩いていると人が少しずつ増えて来て、雑多な足音が聞こえる。その中には性的に秀でている足音もあるし、汚いものもある。特に、体重の重い人がサンダルをズッて歩く音は不愉快を通り越してイライラする。どうしてそんなに汚いものを撒き散らしながら歩けるのだろう。香水とかもそうだが、生まれ持った顔は仕方ないけど自分でコントロール出来るものはどうにかすべきだ。無個性の足音なんてものはない。みんな何かしらの主張がある。美点もあれば欠点もある。そのひとつひとつを聞き分けながら、さっき録った足音の完璧さに胸の中が熱くなりながらも求める分だけ空く。でも我慢。電車に乗る。我慢。エロ動画を電車の中で見ていたら犯罪だし、それと同じだから。もちろん、他の人にとってはただの足音に聞こえる可能性も否定出来ない。それが普通の足音ならそうだねと言えるが、今回のは極上だから、聞いて性癖に目覚める人がいるだろう。その目的で電車で流すのは正当なようで大間違いだ。それに、まだ他の人と共有したいとは思わない。俺がしゃぶり尽くしてからじゃないと嫌だ。カバンの上からレコーダーがそこにちゃんと存在していることを確かめる。今の宝物はこれで、そんなに大事なものを電車に持ち込んで、持って歩くことに落ち着かなさがある。同時に、他の全ての人間に勝っている、優越な自分をレコーダーの足音が生んでいる。だって俺しかここにこんなにすごいものが入っていることを知らないし、扱えないし、俺だけが愉しめる。電車は進む。車輪が線路を渡るときに鳴る音も足音だ。ここでは人間の足音は乗降時だけのものだから、電車の足音だけが聞こえる。でもそれに興奮はしない。俺とは別の性癖の人ならこの状況でも性欲の袋が刺激されて、困ったことになるのだろう。お互い大変さがあるね、と笑い合うことはないだろうけど。

 自宅の最寄り駅から急いで自分の部屋に戻る。パソコンを起こして、レコーダーの足音の音源を移す。複数の場所にバックアップを取る。窓もカーテンも閉め切って、ドアも閉じて、完全な密室にしてから、パソコンと、それに接続された音響機器から、さっき録った足音を流す。

 俺は緊張して耳を澄まして、息を殺して音だけを追う。約束通りに足音が聞こえる。確かに聞こえる。カッカッカッ、と一定のリズムを刻む、ヒールの音。少しずつ近付いて来る。俺は目を瞑って音に浸る。性欲の袋はキュッと絞られて、勃起は完成している。でもまだ何もしない。一回目は聞くだけと決めている。足音が接近して遠ざかって行く。

 甘い息が漏れる。こんな素晴らしい、天使のような足音はこれまでにない。最高傑作だ。

 二回目に手を動かして、三回目に最接近したときとオーガズムを合わせる。それは足音の主に対して行ったのではなく、足音そのものに対して射精をしたのであって、音波と精液が永遠に交わることはない悲しさが靴一足分くらい、ぽ、と浮かび、それを俺は脇によける。残ったのは大地に背中から埋もれて行くような深い満足と倦怠で、足音の再生を止める。

 余韻の中を泳いで、迸った分すっきりとしていく頭に眠気が侵入する前にパソコンに向かう。

 足音のファイル名を「kichi177」と変更する。kichiはハンドルネームの吉右衛門きちえもんの一文字目で、数字はファイルの通し番号だ。もうこれだけの足音を集めた。その中でも印象に深い足音がいくつかある。kichi35はか細いヒールの音がゆっくりと迫って来るじれったさがたまらなかったし、kichi98は軽やかなスニーカーの音に健康的な色気をふんだんに感じた。だが、今回のkichi177が一番だ。奇跡の足音と言っていい。思い出すだけでまた袋がキュッと絞られる。みんなの反応が楽しみだ。でも、しばらくは俺が独り占めする。

 自身のブログである「footnote club」を開く。足音を愛好する人間は多くはないようで、類似のサイトはない。そのせいか、固定の読者、もしくは聴者だけが訪ねて来ては、聞いたり、何かコメントを残したりする。俺の録った足音をアップしていて、その他にも聴者から送られて来た足音を選別してアップしたりしている。アクセス数はkichi35が今のところ一位だが、二位は「福助ふくすけ」が送ってきたhuku27だ。その順位は今日も変わっていない。もしkishi177を上げたら、間違いなく一位は更新されるだろう。

 メールを開くと、福助から新作が届いていた。送信の時間は数分前で、つまり俺が足音を狩っていたときと同じくしてどこか別の場所で福助も足音を収集していた。もしくは、十分楽しんだ後ならタイミングはかなりズレる。まあ、どっちでもいい。添付されているファイルを流す。

 微かな、かなり微かな足音だった。それは遠くから急がないがゆっくりでもない速さで近付いて来て、俺はじっと耳を澄まさなくてはならなかった。接地面から放たれる音はしかし美しかった。繊細な美と儚い吐息を混ぜたような音だった。足音は前を通過して去って行く。和を感じた。福助の作品にはそう言うものが多い。俺達は同じ足音の愛好家だが、急所はお互いに違うのだ。それでも、よさは分かる。

 やるなぁ、福助。

 俺はメールからhuku47をいったんパソコンにコピーして、ブログに新たな記事を書く。


『こんにちは、吉右衛門です。


 常時開催している、footnote contestですが、今日は素晴らしい応募がありました。

 福助さんからです。

 いつものことですが、内容については「よかった」と言うに留めます。そうです、作品はそれ自体で完結しているものなので、私が何かを言うのは雑味になるからです。

 是非、聞いてみて下さい。


 Play:huku47


 感想は雑味にはならないので、どうぞ』


 *


 一週間kichi177を味わってからブログにアップした。


『こんにちは、吉右衛門です。


 今回は最高の自信作です。

 何も言うことはありません、とにかく聞いて下さい。


 Play;kichi177


 感想待っています』


 その時点でhuku47の人気が凄まじくて、俺の全ての足音を抜き去っていた。俺が評価したものが俺を越えるのは、俺が正しいようでありながらも、ここでは俺が王様であるはずなのにそれが崩れるみたいで、焦りと、一粒の怒りが発生した。でも同時に俺には切り札がいくつかあって、一つはアップしたhuku47を消す権利が俺にあることと、もう一つは、こっちがメインだが、kichi177ならば絶対に勝てると言う自信があった。足音好きなら悶絶をせずにはいられない力がkichi177にはある。毎日聞いては射精を繰り返したのにいっこうにその輝きは翳らないし、聞く程に深く胸に沁み込んで行くようになった。

 だから俺は自信満々だった。俺は王様でいれる。

 Kichi177をアップして最初のコメントは福助だった。

『最高の足音をありがとうございます。たまらないっす。これまで聞いたどの足音よりもセクシーで、心の表面と性欲の裏側を同時に撫でられるような興奮が止まりません。さすが吉右衛門さんです』

 それからも常連の全員がコメントをくれて、アクセス数はみるみる伸びて行った。果たしてkichi177はトップに君臨し、俺は名実ともに王様に戻った。戻ってみてからホッとして、俺に危機感があったことに気付いた。footnote clubの管理者が俺であるのは当然だが、一番手も俺でなくては居れないのだ。五年の歴史の中でトップアクセスの座を奪われたのは今回が初めてだった。今さらながらに冷っとした。それから順位に変動はなく、最初の爆発的な伸びは終わったがkichi177はじわじわと数字を増やしていった。


 それがある日、パタンと伸びなくなった。それはkichi177だけでなく、アップしている全ての足音に言えた。まあ、そんなこともあるよ。数日待ったが変わらない。ひとつふたつのアクセスはあっても、前よりも明らかに少ない。メールも来なくなった。福助ですら現れない。サイトが検索で表示されなくなったとかだろうか。だとしても常連は来るはずだ。取り敢えず「足音 愛好」で検索してみる。前ならトップにfootnote clubが出ていた。だが、検索結果は「STEP」と言う別のサイトが一番上に出て来た。何だこれ? 開けてみる。

 やっていることは俺と同じだったが、ブログではなく投稿サイトになっていた。足音の音源を投稿するサイトだ。投稿された足音には評価をすることが出来て、コメントをつけることも出来る。評価順で並び替えたり、付けられたタグから自分好みの足音を探すことも出來る。利便性は明らかに俺のブログよりいいし、楽しそうだ。俺のブログでは俺の主観だけが評価基準だが、ここでは多数の総体が評価だから、ある意味公平で、ある意味評価の意味がない。それでもアクセス数だけで見るのよりは意義がありそうだ。サイトの中を見ていたら、いるわいるわ。俺のブログの常連のほぼ全員を見付けた。それぞれに足音をアップしていたり、コメントをしたり、ワイワイやっている。つまり、俺のブログからこのサイトに鞍替えをしたと言うことだ。俺はその事実を頭で理解しながらその頭が呆然として、ただサイトの中をサーフィンした。アップされている足音にはいいものも悪いものもあったが、福助は新作をこっちに上げていた。一番近かった、戦友のような横位置にいたはずの福助が、STEPで覇権を握っていた。評価が最も高かったのは福助の足音の音源だった。俺のところでは一番になれないからこっちに移ったのだろうか。それとも利便性や仕組みのよさで選択したのだろうか。分からない。けど、事実としては福助はこっちを主戦場にする構えだと言うことだ。

 俺も、こっちに珠玉の足音をアップしたら、君臨することが出來るに違いない。

 でも、それは嫌だ。自分のブログを閉じるか放置してSTEPでやって行くのは嫌だ。恥ずかしいとかじゃないよ、俺が俺のために積み上げたものを蔑ろにするのが嫌なんだ。それに、俺は俺が好きだからやっているだけで、……でも王様であることに酔ってもいた、愛着なのかな、それとも、敗北を認めたくないだけ? 

 STEPのタブを閉じる。footnote clubのページが表に出た。誰にも見られないページになってしまった。胸の中が空っぽになって、どれだけ息を吸い込んでも消えて行く。それがある瞬間に弾けてため息になった。大きなため息は部屋を埋めて、少し青くした。Kichi177の今日のアクセスは1。いや、1でも0ではないから、このブログは死んだ訳ではない。みんなあっちに行ってしまったけど、あっちにはなくてこっちにはあるものがある。それは、俺がアップする足音だ。盗作をしない限りはここに来なくては聞けない。いずれ思い出すはずだ、俺の作品のよさを。……新しいもっといいものが生み出されたならそれは完敗すればいい。俺はひとりでも俺の求める足音を狩りに行くし、誰も見なくてもアップする。

 そう自分に言い聞かせたが、STEPのことが気になって仕方がなく、自分のページを見るのよりも多くSTEPを漁った。毎日、毎日、STEPを追っかけた。福助はずっとトップで、それ以下に続くのもブログの元常連ばかりだった。俺のブログはまるで俺ひとりが孤島で演説をしているみたいに人が来なくて、それでも週から二週に一つは新作をアップし続けた。俺の性欲の袋は自分で狩って来たもので十分に満たされるのに、俺はずっと満たされない。俺もSTEPに行けばいいのだろうか。いや、違う。それは違う。俺を見捨てた福助や他の常連と同じ土俵でやるなんて嫌だ。俺はここでは今だって王様なのだ。国民のいない国だが。


 半年後、状況は変わらなかった。福助はSTEPの覇者で、俺は孤独国家の元首だった。いい足音がいくつか録れた。それらも余すことなくアップしたが、アクセスは伸びなかった。メールが来た。福助からだった。


『吉右衛門さん。


 お久しぶりです。僕は最近はSTEPと言うサイトで足音をアップしています。そこで幸運なことに一位になっています。

 そこで、インタビューがありました。その記事のリンクを貼りますので、是非見て頂けたらと思います。

 では』


 裏切っておいて、インタビューを見ろと。胸の中で怒りが結晶化して落ちて、刺さって痛い。ふうふうと息を吐いて、何度も文面を追う。俺を追い抜いたとでも言いたいのか。もし俺のブログに来たのなら、絶対にぶっ飛ぶような足音ばかりが並んでいて、決して勝てないと観念するのに。だから俺は勝者でお前は敗者のまま、kichi177が出たときのまま位置関係は動いていないんだ。ふん。じゃあ見てやるよ。リンクを開く。素人が作ったのではないと分かる記事に飛んだ。


『第一回STEPインタビューでは、現在サイトのトップを独走し続ける福助さんにお話を伺いました。

――STEPを使おうと思ったきっかけは何だったんですか?

 元々別のサイトで足音を聞いたり、アップしたりをしていたのですが、たまたまネットで検索したらSTEPが出て来て、やってみたらしっくり来たので移行して来ました。

――足音には昔から関心があったんですか?

 いえ。さっき言った別サイトに偶然出会って、そこで足音の音源を聞いたのが衝撃で、一撃で虜になりました。それで長らくそのサイトで足音を聞いて、自分でも録るようになったんです。そのサイトの方の録る足音は本当に素晴らしくて、僕を何度も満足させてくれました。

――そのサイトはもう行かないのですか?

 こっそり覗くことはありますが、今はSTEPが主です。同じ足音を両方にアップする訳にもいきませんし、こっちのサイトだけでも十分に感じられるものがあります。

――トップを走り続けることが出来ている要因は何でしょう?

 いい足音を録る。それだけです。でも、それにはまずいい足音は何かを知らなくてはいけません。僕は先述のサイトでそれを十分にやって来ました。本当に素晴らしい足音があるんです。

――つまり、そのサイトの方が師匠のようであると言うことですか?

 そうですね。きっと僕はずっとその方を超えることが出来ないんじゃないかと思います。この道に引き摺り込んでくれて本当に感謝しています。また一緒に出来たらいいなと思っています。

――それはSTEPで、ですか?

 そうです。もうそのサイトには僕は戻りません。もしその方がここに来たなら、王者の帰還のようになると思います。何故なら、そっちで常連だった人もかなりが今はSTEPにいるからです。

――それはすごいことになりそうですね。最後に足音についてひと言お願いします。

 好きな人にだけ分かるもの、それが足音です。ここでは好きな人が集まっています。是非、ご参加下さい』


 読み終えて、固まった。ほとんどが俺に向けての言葉だ。猛烈に勧誘している。それもインタビューと言う公的なものを使って。これならば他の元常連も読む公算が高いから、受け入れる準備は成されるだろう。俺は孤島で裸の王様をずっとしていなくてもいいのではないか? 意地なんて張らずに、みんなとまた足音の良し悪しを論議したり、足音そのものに酔いしれたりすればいいんじゃないか? 

 俺はどうしてひとりでやる方を選んだんだっけ。選んでない、取り残されただけだ。足音に感じること自体には仲間はいらない。だったらサイトなんて作る必要もなかった。俺は共有したかったし、他の人の作品を聞きたかった。それだけだったはずなのに、そこで評価者として王様になることに固執していた。それは多分いけないことではない。権力に溺れるのは人間らしいことだ。でも国民のいない国では権力も意味がない。意味がないのに俺はずっと孤軍奮闘を維持していた。裸でも王様であることの方を優先していた。でも、もう一方で当初の目的が、共有したり他の人の録った足音を聞いたりすると言う目的が、ぶるぶると存在を主張するように震えている。ずっと震えていたのに俺は無視をしていた。形骸化した王制よりも命のある震えの方が強い。遥かに強い。いや、強いことに目を向けさせたのは福助だ。

 俺は俺だけでいなくてもいいんだ。

 本当に王者の帰還にはならなくても、参入してもいいんだ。

 舞台は用意された。

 息を大きく吸い込んだら、胸の中が体の中が空っぽになった。ずっとあったわだかまりがかさぶたが剥がれるように落ちて、広くて眩しい。

 俺はSTEPにアクセスして、「吉右衛門」で登録した。

 最初にアップするのは最高傑作、kichi177だ。

 みんなは受け入れてくれるだろうか。「おかえり」と言ってくれるだろうか。もし足音を性的に愛好しているのならkichi177に反応しない訳がない。新しいこんにちはにこれは十分なインパクトだし、元常連なら、ああそうかと分かってくれるはずだ。kichi177を再生する。完璧な足音だ。やって来る、もうすぐやって来る。


(了)

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