第14話 ウェイドの反抗作戦

「あのあばずれが!! えげつない戦い方をしてくれる!!」


 ウェイドは歯ぎしりしながら目の前の頑丈な執務机に拳を振り下ろした。

 痛そうな音が、張りつめた空気の会議に間に響き渡る。

 

 机の上に広げられた地図には、アレニアのシクサーンが投下した岩塊の着弾地点が、無数の赤い×印で記されていた。


 肥沃な農地、灌漑施設、主要な街道。

 リオン領の経済基盤が、一方的に破壊されている。


 空から落ちて来る巨大な質量兵器など、防ぎようがない。

 その岩を撃ち出している根源、シクサーンを叩かない限り、この一方的な蹂躙は続くのだ。


「被害状況は!?」


「直撃を受けた農村が三つ壊滅。

 死傷者は多数出ておりますが、正確な数はまだ……。

 街道も数か所で寸断され、物流が麻痺しかけています。

 投下された岩は、計二十発です。

 以降は、攻撃は止んでいます」


「二十発……、それが限界だな。

 あの色情狂も、性欲ほどには体力がもたんということか」


 ウェイドは吐き捨てるように言うと、ようやく動けるとばかりに、てきぱきと命令を出し始めた。


「次の攻撃まで、最低でも一日は間を空けるはずだ。

 今のうちに各地の被害を報告させろ。

 復旧作業と、住民の避難も急がせろ。

 それと、混乱に乗じて山脈を迂回してくる他の骸装騎はないな?」


「はっ。今のところ、国境付近に不審な動きはないようです」


「警戒を怠るなと伝えておけ。

 レイブはどこにいる?」


 


 

 レイブは玉座の間にいた。

 

 床から伝わる、短属的な地震のような揺れが止み、どうやらアレニアの攻撃がひと段落したらしいことを知って、ほっと息をついたところだった。


 シルヴァリスは玉座に納まり、相変わらず生きているかのような、静謐な存在感を放っている。

 先のデアンドーレスとの戦いで傷ついた装甲の焦げ跡や亀裂は、レイブ自身の火傷の回復とともに、驚くべき速度でほとんど治っていた。

 

 もっとも、レイブの方は、包帯の上から無理やり着せられた分厚い戦闘服の中で、脂汗と冷や汗が混ざり合って、火傷の痕を蒸して、痛痒くしている。

 特に背中の、ちょうど手が届かないあたりの痒みがひどい。

 

 あいにく、ロォズは食事を取りに行って、頼んで掻いてもらうわけにもいかない。

 

 仕方なく、レイブはシルヴァリスの巨大な脚の装甲に、肩甲骨のあたりをゴシゴシこすりつけていたのだが、その無神経この上ない行為に、エルヴィアがかなり本気で怒っていた。


〈ちょっと、やめろ!

 女の脚に背中をこすりつけて掻くなんて!

 いくらなんでも失礼じゃないか!!〉


 女の脚、という言葉にレイブは大慌てて背中を離した。

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 大きさはともかく、シルヴァリスは女性に見えるし、中にいるのは紛れもない女性のエルヴィアなのだ。


「ご、ごめん。つい、痒くて⋯⋯」


 見上げたシルヴァリスの美しい顔が、心なしか軽蔑して見下しているようだった。


〈戦いの最中に痛いだの痒いだの、集中力がない証拠だぞ、レイブ〉


「集中してるよ。してるけど……。

 でも、負けたら兄さんはイザエール家に獲られちゃうんだ。

 そのことを考えると、何だか知らないけど、不安で身体が痒くなるんだよ」


〈負けたら、などと考えるな〉


 レイブの弱気な言い訳に、エルヴィアは容赦しなかった。


〈戦う前から負けることを考える奴がいるか。

 戦う時には、勝つことだけに集中するんだ〉


「⋯⋯やっぱり僕じゃなくて、兄さんがシルヴァリスと感合すればよかったんだ。

 僕なんかよりずっとうまくシルヴァリスを動かせたはずだし」


 レイブは痒みを我慢しながら、


「君とも、きっと話が合ったろうね」


〈そうは思わないな〉


「え?」


 エルヴィアの意外な即答に、レイブが驚いて顔を上げる。

 

 しかし、その真意を聞く前に、当のウェイドが鬼の形相で玉座の間に入って来たため、会話は打ち切られた。


「に、兄さん?

 どうしたの、そんな怖い顔をして」


「レイブ。火傷を見せてみろ」


 ウェイドは、呆気に取られている弟に大股で歩み寄ると、問答無用で戦装束をはだけさせた。


「え? な、何を……!?」


 レイブが抵抗する間もなく、包帯が解かれる。露わになった肌を見て、ウェイドの目が驚愕に見開かれた。


「やはり、ほとんど治っているか……。

 あれだけの重度の火傷が、たった三日で……」

 

 レイブがどういうことかと聞く前に、今度はロォズの悲鳴のような叫び声が、玉座の間に響き渡った。


「ウェイド様!! 何やってんですか!!

 レイブ様に乱暴しないでください!!」


 両手いっぱいに抱えた食べ物を放り出したロォズは、レイブの服を無理やり脱がそうとしているようにしか見えないウェイドに掴みかかる。


「離せ、下女!!」


「いいえ!!

 どうせまたレイブ様に無理難題ふっかけようとしてるんでしょ!!

 ご自分の運命がかかってるからって、必死になりすぎです!!」


「お、落ち着いて、ロォズ。

 と、とにかくまずは兄さんの話を聞かないと……」


 間を取りなそうとするレイブに、ロォズはようやく暴れるのをやめたが、口は止まらなかった。


「いいですか、レイブ様!!

 今はあなたが頭領で、お兄様はあなたの臣下なんですよ!!

 あなたが命じる立場なんです!!

 逆はあり得ません!!

 もっとしっかりしてください!!」


「わかった。わかったから……」


「まったく。おまえは下女の躾も出来んのか、レイブ!」


「侍女です!!」


「うるさい!

 いいか、セルズというのは個人ではなく家の所有物だ。

 おまえの生殺与奪の権は、この俺にもあるということを忘れるな!」


「兄さんも落ち着いて」


 レイブはロォズに着付けを直してもらいながら、ウェイドに向き直った。


「それで、僕の火傷の治りが速いのが、どうかしたの?」


 ウェイドは気を落ち着かせるために大きく深呼吸をして、口を出すなとロォズを一睨みしてから、真剣な面持ちでレイブの目を見た。


「俺はずっと考えていた。

 この俺でなく、なぜおまえがシルヴァリスと感合出来たのかとな。

 おまえ、昔から病気らしい病気になったことがなかったな?」


「え? あ、うん。そうだね……。

 風邪もひいたことないし……」

 ​

 レイブは、これまでの人生を思い返しながら頷いた。

 取り柄といえば、それくらいのものだ。


「おまえが俺に勝っているものがあるとすれば、それしかない」


 ウェイドは、弟の要領を得ない顔にイライラしながら、認めたくない事実を口にした。


「体力や腕力ではなく、もっと根源的な命のしぶとさとでもいうべきものが、おまえは俺よりも優れているのかもしれん。

 かつての父がそうだったように」


「兄さんより……、優れている?

 僕が?」


 驚くレイブに、ウェイドがむっつりと、苦々しげに頷く。


「認めたくはないがな。

 俺は人並みに風邪をひくし、怪我の治りもおまえほど速くはない」


 レイブはまじまじと兄を見た。

 兄が自分を優れていると評したのは、これが生まれて初めてだ。


「シクサーンにあのような攻撃が可能なら、なぜアレニア・イザエールはもっと早くリオン家に挑戦してこなかったのか、わかるか?」


「そ、それは、父さんとシルヴァリスの力を怖れて……」


 ​「そうだ。だが、それだけではない」

 ​

 ウェイドの声が、一段低くなった。

 ​

「父が、あの黒の山脈を越えたことがあるのは、おまえも知っているな」

 ​

 やっぱり――


 レイブの顔が恐怖にひきつる。

 兄の言いたいことが、わかってしまった。


 それはエリックス・リオンが、周辺の領主からから一目も二目も置かれ、畏怖されてきた最大の理由だった。


 史上初めて、骸装騎を駆り、黒の山脈を越えたのだ。


 後にも先にも、それを成し遂げたのはエリックスだけで、その彼でさえたった一度きりの奇跡だった。

 

 それでも、他の頭領たちを畏怖させるには十分すぎる偉業だった。


 そして今、目の前の兄は、父がそうしたように、おまえもやれと言っているのだ。

 黒の山脈を飛び越えて、イザエール領に直接攻め入れと。


 レイブはシルヴァリスの脚に手をついて、よろけそうになる身体を支えた。

 あまりの無茶ぶりに、目眩がしたのだ。

 

 その瞬間、電光のような鋭さで、レイブの頭にエルヴィアの思念が閃いた。


〈レイブ!!

 わたしはその黒の山脈というのを見てみたい!!〉


「え、え、ちょ、ちょっと待ってよ。

 君は黒の山脈がどんな恐ろしいものか知らないだろ?

 命を吸い取るんだよ!」


〈うん。今知った。だけど……〉


 エルヴィアが伝えてきたことに、レイブの表情が変化した。


「何だ? エルヴィアか?」


 ウェイドがシルヴァリスを見上げながら、


「俺の言ってることが分かるのか?」


「……うん。

 エルヴィアが黒の山脈を知っているかもしれないって……」


「知っているだと?

 どういうことだ?

 エルヴィアは異世界から来たのではなかったのか?」


 眉根を寄せていぶかしむ兄に、レイブも困惑の表情を浮かべる。

 美しい竪琴の調べが響いたのはその時だった。


「黒き山の頂にぃぃぃぃ 

 挑む勇士の勲がぁあぁあぁぁぁ

 猛き翼をはばたかせえぇぇぇ

 空の涯まで往き往きてぇぇぇぇ

 墜ちて死すとも その魂魄はぁぁぁぁぁぁ 

 永世不滅の輪廻を渡るぅうぅうぅぅぅぅ♪ イェイ♪」


 勇壮な、しかしどこか物悲しい和音が玉座の間に余韻を残して消えていく。

 いつの間に入って来ていたのか、吟遊詩人のジョルダが、ぺこりと頭を下げた。


 まるで、そこにいる者たち全員の心情と未来を代弁したかのような歌に、普段ならすぐ追い払おうとするウェイドさえ、しばらく言葉が出ないようだった。


 その沈黙をどう解釈したのか、ジョルダはもう一度竪琴で和音を響かせると、満面の笑みで要求した。


「よろしければぁぁぁぁ 拍手をぉぉぉぉぉ♪」


「出て行け」


 ようやく我に返った兄の氷のような声に、レイブもハッとして現実に引き戻され、自分の置かれた立場を改めて実感させられた。


 墜ちて、死ぬ。


 黒の山脈に挑めば、そうなる未来しかあり得なかった。

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