第13話 アレニアの爆撃

 たとえ骸装騎というものをよく知っている者でも、それを見ればぎょっとするだろう。


 巨大な岩塊が、何の支えもなく宙に浮いている。

 それだけで、誰もが自分の目を疑う。


 それがどうやら人型だとわかると、ようやくどこかの骸装騎だろうと見当をつけられるが、そこでまた本当にそうなのかと思いはじめるのだ。


 それほどに、イザエール家の骸装騎シクサーンは醜かった。

 

 いびつな卵型をしたずんぐりむっくりの巨体に、バランスを無視した短か過ぎる手足。

 潰瘍のような凸凹に覆われた岩肌のような表面に、他の骸装騎に見られる優美さはかけらもない。

 代わりに、一回り大きな体躯は、ただでさえ威圧感のある姿をよりいっそう恐ろしくしている。


 さらにその周りに、正真正銘の小山ほどの岩が数十枚も浮いているとなれば、見る者は大慌てで逃げ出すはずだ。


 アレニア・イザエールのシクサーンが、岩塊をいくつも従えて空に浮いている理由はただひとつ。

 それを眼下の地上目がけて落っことすためだからだ。


 今しも、岩塊の一つがゆっくりと、シクサーンの操る見えない鎖で引っ張られて、高度を上げていくところだった。

 さらに二つ三つと、上昇速度を上げながら追随し、すぐにその影は空に吸い込まれて、肉眼では見えなくなる。


 シクサーンが、胴体に埋もれた頭を、かすかに傾げた。

 その視線は、峨々とした黒い山脈を挟んで広がるリオン領に向けられている。

 だが、山脈の稜線を常に覆っている不吉な黒い雲にさえぎられて、その豊かな土地を直接視界に収めることはできなかった。


 シクサーンの真下に広がるイザエール領も決して痩せてはいない。

 しかし、主要な作物の収穫は質、量ともリオン領に負けているのが実情だ。


 無敵を誇ったエリックスによって、周辺の領地を十以上も併合したリオン家は、広大で肥沃な農地を手に入れ、豊かな実りを生み出し、工房は栄え、そうなると寄らば大樹の陰でますます人が集まって来る。

 

 その上、伝声石の鉱山も多数保有しているとなれば、経済的にも軍事的にも一人勝ちの状態が固定化されるのは当たり前で、もしエリックスが急死せずに生きていれば、どこまで勢力を拡大していたか、想像もつかなかった。

 

 しかし、シクサーンの神骸座にいるアレニアの興味は、そんな国の現状にはなかった。

 両腕を上げた姿勢で、空の見えない岩塊を操っていた彼女は、


「ウェイド様……」


 という濡れた声とともに、その腕を勢いよく振り下ろした。


 遥か虚空から落下を開始した岩が、大地の鎖とシクサーンの力によって極限まで加速されると、立ちはだかる大気を轟音とともに突き破り、火の玉になりそうな勢いでリオン領の大地に激突した。

 

 広大な畑のど真ん中。

 

 受け止めた衝撃で地表が、波のようにまくり上がって裏返り、黄金の穂を揺らしていた麦もろとも爆散する。

 

 天高く吹き飛ばされた膨大な土砂が地面に戻る間もなく、二発目の岩が落下。

 

 巨大な質量がそのまま純粋な破壊力となって、砕け散った破片は飛沫のように四方八方へ撃ち出され、爆風とともにすべてを薙ぎ倒す無数の砲弾に変わった。

 

 三発目、四発目、森の木々を押しつぶし、丘を吹き飛ばし、地形そのものを変えてしまう破壊の嵐が吹き荒れる。

 

 舞い上がった土煙と灰燼が空全体を覆い、リオン領を薄闇に閉じ込めて、ようやくシクサーンの爆撃は止んだ。


 正確な狙いは付けられないため、人家の密集する町や村、リオン城を直撃することは望めなかったが、甚大な被害をもたらし、恐怖を植え付けるには十分なはずだ。


 その手応えに、取り敢えずのの満足を覚えたアレニアは、しかしすぐに顔を真っ赤にして怒り出した。


「ああ! まったく恥ずかしいったらないわ!!」


「どうかなさいましたか?」


「どうかなさいましたわよ!!」


 心配そうな声を響かせた兜の伝声石に、アレニアは容赦なく怒鳴り返す。


「何だってうちの骸装騎はこんなみっともない戦いしか出来ないの!!

 馬鹿でかい岩を飛ばすとか、頭の悪い猿が物を投げてるみたいじゃない!!

 もっと美しく空を舞って、華麗に斬り結んで、鮮やかに勝ちたいのに!!」


「落ち着いてください。

 まずはコルディスにお戻りを。

 長い間シクサーンの中に留まられると、お身体に障りますから。

 まして、これだけ大規模な攻撃をした後では……」


「わかってるわよ! さっさとコルディスを寄こしなさい!!」


 アレニアは喚きながら、後方から接近する飛翔艦コルディスに視線を移動させた。

 同時にシクサーンが体の向きを変える。

 首が胴体にめり込んでいるために、頭を回すことができないのだ。

 イライラが募る。

 それを押し殺すように、アレニアは紅い唇を歪んだ笑みの形に釣り上げた。


「早く降参してくださいませ。

 でないと、あなたの住む土地に、大きな穴をいくつも開けて差し上げちゃいますわよ、ウェイド様」


 うっとりとその名を呟いた彼女は、神骸座の中で肢体をくねらせ、自分を愛撫し始めた。


「あのシルヴァリスこそ、我らイザエール家にふさわしい骸装騎だわ。

 あんな美しい姿の骸装騎なんて他にないもの。

 あああ……、なんとしても手に入れて、あたくしとあなたの子供に継がせたい!」


 息を荒げる彼女の動きに合わせて、シクサーンも極端に短い腕を動かしているが、胴周りが巨大過ぎて、陸に打ち上げられた太り過ぎの海獣が胸びれをパタパタやっているようにしか見えない。

 

 それには接近してきた飛翔艦コルディスの乗組員たちも、肩を振るわせて笑いをこらえるのがやっとだった。




「お姉様にはもう少し外聞というものを考えて欲しいものね、フィラル」


「無理でしょ。馬鹿ですもの。

 できるなら、とっくにやっているはずよ、ルフィア」


 艦橋内では、感合石に手を当てて操舵をしている二人の少女が、うんざりした様子で言葉を交わした。

 

 アレニアをそのまま小さくしたような容姿と、際どい出で立ちの双子の姉妹。

 他人には全く見分けのつかないフィラルとルフィアだ。


「お姉様が着艦します。お出迎えの準備を」「準備を」


 双子の命令に艦長が慌てて表情を引き締めた。

 コルディスの甲板には、自分の足で立つこともままならないシクサーンのために、巨体を支える専用の構造体がしつらえられてある。

 そこから艦橋までは赤い絨毯が敷かれ、降りてくるアレニアを出迎えるために、乗組員一同が駆け足で集合していた。

 

 その様子を横目で見ながら、ルフィアは姉のフィラルにひそひそと話しかけた。


「ところでお姉様」


「なあに? ルフィア」


「アレニアお姉様は本当にウェイド様を戦利品になさるおつもりなのかしら?」


「もちろんそのおつもりでしょう。何? その不満げな顔は?」


「わたし、どちらかというとレイブ様の方が好みだから……」


「ルフィア」


 フィラルは、重大な秘密を打ち明けるように妹に顔を近づけた。


「実はわたしも……」


「ウェイド様はあの俺様な性格がね……」


「やっぱり殿方は繊細で控え目な可愛らしい方でないと」


 うんうんとそっくりな顔を見合わせて頷き合う双子の話を、礼儀正しく聞こえないふりをしていた艦長も、シクサーンが無事着艦したのを確認してほっと息をついた。


 確かに、安全な自国の領空から岩を投げるのは格好のいい戦い方ではない。

 しかし、恐ろしく合理的で効果的な戦法であることは間違いない。

 

 何しろ、この黒の山脈という天然の要塞がある限り、リオン領から直接こちらに攻撃を加えることは、物理的に不可能なのだ。

 人間が自分の足で登るのはもちろん、骸装騎でさえ山脈を飛び越えようとすれば、その特異な力によって、操縦士の生命力が根こそぎ奪われてしまう。


 その現実を、過去に一度だけ、たった一度だけ、打ち破ったことのある傑物がいたことがある。


 言わずと知れたエリックス・リオン。

 リオン領の前頭領だ。


 しかし彼はすでに亡い。

 たとえ後継者であっても、同じ奇跡ができるとは到底考えられない。

 

 とはいえ、相手は名にし負う最強の骸装騎シルヴァリス。

 油断は禁物だ。

 

 遅ればせながら届いた情報では、シルヴァリスに翼が生え、グルエルフィヌのデアンドーレスはそれで討たれたいうことだ。

 

 ちょうどリオン城に布告に行く為に、山脈を大きく迂回していた時に起こった出来事で、こちらには知る由もなかった。


 もし、あらかじめその情報を掴んでいたら、果たしてアレニアに挑戦させていただろうか。

 何としてでも止めていたのではなかったか。


 艦長は目の前の草木一本生えない天然の城壁、命あるもの全てを拒む刺々しい漆黒の山肌に厳しいまなざしを送りながら、イザエール城への帰路に着くよう双子にお伺いを立てた。

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