第12話 ウェイドの怒り
「何……だと!?」
アレニア・イザエールからの挑戦の布告。
その顛末を聞いたウェイドは、会議の間の中で居並ぶ家臣たちを前に絶句した。
苦労の末に飛翔座を回収して帰ってみれば、留守中にとんでもないことが起こっていたのだから無理もない。
「あの色情狂がわざわざここに乗り込んで、俺を戦利品にすると言ったのか……!?」
「う、うん」
円卓の上座に着くレイブが頷くと、ぎりりと奥歯を噛みしめて、厚い胸板に太い腕を組んだ。
そのまま無言で天井を見上げ、理不尽すぎる現実を受けとめるべく、内なる戦いを始めているようだ。
「ご覧になれなくで残念でしたね、ウェイド様。
アレニア様ったら、今日はまたいつにも増して透け透けの、それはそれは素晴らしいお召し物でしたのに」
後ろに控えるロォズが意地悪く言うのを、ウェイドは無視した。
代わりに、レイブに底冷えのするような目を向けた。
「レイブ。
俺が今、どんな気持ちでいるかわかるか?」
「え、いや、その……」
口ごもるレイブだったが、察しはついた。
おもにその恵まれた容姿と、リオン家の世継ぎという理由で、幼い頃からアレニア・イザエールに目をつけられていたウェイドは、とにかく彼女が大の苦手だった。
間に黒の山脈という天然の障害物が横たわっているにもかかわらず、幾度となくリオン城に来ては追いかけ回され、べたべたとひっつかれ、求愛され続けた過去は、彼にとって拭いがたい負の記憶となっていたのだ。
イザエール家とリオン家の縁を結ぶため。
という政治的な思惑があったにせよ、アレニアの熱く潤んだ瞳は、いつもウェイド個人に向けられていた。
そして、アレニアがイザエール家の骸装騎シクサーンと感合したのが二年前。
さすがに頭領ともなれば気安く他の領地に行くわけにいかないようで、ウェイドも安堵していたのだが――
まさか、戦いの布告という形で乗り込んでくるとは、夢にも思わなかっただろう。
「色情狂から我が身を守ることさえできないのだ。
この口惜しさがおまえにわかるか!?」
「そ、その、ごめん。やっぱり兄さんが感合すべきだったんだよね……」
レイブの言葉が、ウェイドの導火線に火をつけた。
「ああ、その通りだ。
俺が感合して、この家を継ぐべきだったのだ。
今でもそう思っている。
だがそれを言っても始まらない。
しかし腹立たしい。
シルヴァリスはおまえを選び、その結果として、俺はおまえのような頼りない弟に頼らなくてはならなくなったのだ!
そんな馬鹿馬鹿しい状況に甘んじねばならない悔しさに、俺はずっと耐え続けているのだ!!」
一気にまくしたてたウェイドの声が、会議の間に重い沈黙を運んだ。
おそらくここにいる全員が、、程度の差こそあれ同じことを思っているだろう。
その確信に、上座の居心地がどんどん悪くなる中で、レイブは言うべき言葉を探して視線をさまよわせた。
壁には歴代頭領の肖像画がかけられ、鋭い眼光を降り注いでいる。
中でも、まだ絵の具も乾いていないような父の絵は鮮烈で、生前よりも迫力を増しているようだった。
無視されるか、叱られた記憶しかないレイブは、ウェイドによく似た父の面差しを見ると、反射的に委縮してしまう。
そして次の瞬間には、どうして自分が感合してしまったのだろうという思いが湧き上がり、思考が行き詰まって全てのやる気が失せていく。
もしエルヴィアがいなかったら。
結局、そこに救いを見い出すしかないレイブが、彼女のいるシルヴァリスの神骸座に逃げ込みたい衝動に駆られる一方で、ウェイドは気持ちを切り替え、てきぱきと家臣たちに指示を出し始めていた。
「敵の目的が何であれ、布告された以上は戦うのみだ。
各家に連絡は行っているな?
幸いイザエールとリオンの間には黒い山脈が横たわり、あちらから大挙してこちらに攻め込んで来ることはないだろう。
だが、油断はするな。
山脈の外れに位置するシーシアーゴには、状況を逐一知らせるように申しつけておけ。
兵糧はネィヨルクとリフラントから出させろ。
ユストーナ、セイクラム、ゴーレンスタの飛翔艦は飛べるな?
伝声石の備蓄はどうなっている?」
次から次へと指示を出すと、ウェイドは締めくくりに、改めて円卓に座る家臣たちを見回した。
「皆もすでに知っているとおり、今、シルヴァリスは奇妙なことになっている。
エルヴィア・ビーヌ・デュオラン・トリアと名乗る人物の、精神だが魂だかに取り憑かれているらしいのだ。
古今、このようなことが起きたためしはない。
理由もわからん。
幸い、先のグルエルフィヌとの戦いでは味方として振る舞い、これを退けたが……、次の戦いでどうなるか、保証はいっさいない。
出てきた時と同じように、突然消えるかもしれない。
あるいは最悪、我らに仇をなす存在になる可能性もある……」
レイブの心臓が大きく鳴った。
仇をなす? エルヴィアが? そんなことは――
「――ない。と思う」
思わず声に出したレイブを、話の腰を折られたウェイドが睨みつける。
「ない? 根拠は?」
「あ、いや、その……」
レイブはこれまで会議でほとんど発言したことがなく、今も特に何か考えがあってのことではない。
しかしそれでも、文字通り心が通じ合っているエルヴィアが、リオン家の敵になるという考えは、どうしても否定したかった。
「その、シルヴァリスが僕なしでは動かないことに変わりはないんだから、たとえエルヴィアにその気があっても、僕の意に反して何かをすることはできないんじゃないかな……」
「エルヴィアがシルヴァリスの中にいる理由がわからんのに、これから先何が起きるか、おまえに予測できるのか?
もしもエルヴィアが自力でシルヴァリスを動かせるようになったら、それでもリオン家の味方でいるのか?
俺はそういう可能性の話をしている。
願望ではなくな」
なんとかひねり出した理屈を一蹴されて、レイブは言葉に詰まる。
この時ばかりはロォズも口を挟まなかった。
エルヴィアがよくわからない存在というのはもちろんだが、それよりもレイブがその正体不明の女に気を許しつつあるのが面白くない彼女は、黙ってウェイドの話を聞いていた。
「俺がシルヴァリスを受け継ぐはずだったというのも、今にして思えば単なる願望、希望的観測にすぎなかったわけだ。
その手痛い経験を踏まえて言う。
何が起こるかわからん。
敵はアレニア・イザエールと骸装騎シクサーン。
大地の鎖と同じ力を自在に振るう。
心して備えろ。
いいな、レイブ。
いざという時は、おまえがシルヴァリスを御するしかないのだぞ。
覚えておけ」
レイブはただ頷くしかなかった。
「よし、各自持ち場に戻れ。解散!」
ウェイドの号令とともに、家臣たちは足早に会議の間を後にする。
またしても戦い。
その緊張に、レイブが座り心地の悪い椅子からなかなか立ち上がれないでいると、図書の長サナトニが近づき、分厚い紙の束を差し出した。
「な、何だい、サナトニ」
「太古の昔にシルヴァリスがふるっていたといわれる力と為した事柄、その伝承をまとめたものです。ご参考になれば」
レイブが顔に疑問符を浮かべると、サナトニはいつもの事務的な口調で付け加えた。
「ウェイド様から調査を承ったものです。
シルヴァリスに翼が生えたのは、あるいは往時の力を蘇らせつつあるのではないかと」
「お、往時の力を? 兄さんがそう言ったの?」
レイブは慌ててウェイドの姿を探したが、すでに会議の間を出た後だった。
そんなことにまで考えを巡らせていたのか。自分は怯えるだけだというのに……。
昔からの兄に対する劣等感が刺激されて、思い出したように疼く火傷に顔をしかめながら、レイブは文書の難解な文字列を目で追った。
そして、ある一節に目を留めた。
「……その翼で空を駆け、時を渡り、数多の世界を訪い……。数多の世界……?」
かつてのシルヴァリスは、いくつもの世界を股にかけていたらしい。
もちろん伝承の語ることで、どこまで正確なのかはわかりかねる。
比喩かもしれない。
それでも、エルヴィアが自分たちの知らない別の世界から来たのは間違いないのだ。
翼の生えたシルヴァリスなら、同じようにここから別の世界に行けるということだろうか。
そんな考えが、不意にレイブの中に芽生えた。
しかしそれは、決して未知への探究心や冒険心からではない。
ただ、この息苦しい現実からの、逃げ場所を求めてのことだった。
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