第11話 アレニア・イザエールの宣戦布告
「……凄いね、エルヴィアは。
まるで、昔からこの身体で空を飛んでたみたいだったよ」
レイブが素直に感嘆の声を漏らすと、エルヴィアの少し照れたような思念が返ってきた。
〈わたしというより、この身体が忘れていたことを思い出したみたいな感覚だった。実際、わたしは翼で空を飛んだことなんてないんだぞ。
あんな風に自由自在に動き回る術なんて、知るわけがない〉
「でも、あの動きは君の意思だろう?」
〈まあ、そうだけど。
それより、おまえの方がずっと凄かったぞ、レイブ〉
「僕が凄いって? 何で?
僕はただ乗ってただけで、何もできなかったじゃないか。
むしろ足を引っ張ってばかりで……」
〈おまえが、わたしに戦うための力を、おまえが生命力というものを注いでくれたから、わたしはあれだけ戦えたんだぞ。
おまえが苦痛に耐えて頑張ってくれなければ、二人ともあの空で死んでいた。
もっと誇れ〉
「そ、そう言われても、全然実感がないから……」
レイブはどぎまぎして、頬を赤らめた。
「でも、ありがとう」
「ありがとうって、もしかして褒められてるの?
レイブ様ったら、わたしがいくら褒めても、こんなに嬉しそうに答えたりしないのに」
聞き耳を立てながらひっそりと呟くロォズには、もちろんエルヴィアの思念は届いていない。
それでも、二人の間に急速に育ちつつある絆のようなものを感じ取るには、十分すぎるレイブの声音だ。
まだ三日しか経っていないというのに。
その憤りを押し殺して、ロォズはさらにレイブの声に全神経を集中させた。
〈うん。本当におまえは凄いんだぞ。
おまえが思っているよりも。
わたしにはわかる〉
力を込めて主張するエルヴィアの言葉を、レイブが慌ててさえぎった。
「ちょ、ちょっと待って。
そうやって褒めて、僕をその気にさせようとしてないかい?」
〈そ、そそ、そんなことはないぞ。
わたしは本心から……〉
「じゃあ、何で動揺してるの?」
レイブはクスクス笑いながら、核心を突いた。
「君は、そんなに戦いたいの?」
〈……うん〉
エルヴィアは諦めたように、
〈だって、わたしには他にできることがないから……〉
そう言われると、レイブも返す言葉がなくなる。
生前、戦士だったというエルヴィアと、戦うための道具である骸装騎のシルヴァリスが合わさった時点で、やれることは、やるべきことはひとつしかないのだ。
しかし、実際に戦ったのはエルヴィアで、自分は生命力を注ぐだけだった。
デアンドーレスとの戦いで、つくづく自分が荒事に向いていないことを実感したレイブには、エルヴィアに安易に同意する勇気を出しようがなかった。
そもそも骸装騎で挑戦者と戦うのは、リオン家の頭領としての自分の責務なのだから、四の五の言うことではないはずだ。
それを回避したければ、父がやったようにシルヴァリスの圧倒的な力を見せつけて、敵の戦意を挫くしかない。
だが、もしそれで挑戦者がいなくなった時、戦うことしかできないエルヴィアはどうなってしまうのか……。
レイブがうじうじと答えを出しあぐねて、エルヴィアを不安にさせ、ついでに盗み聞きをしているロォズが何とか二人の間に割って入る口実を探し始めた時だった。
いきなりその口実が空から降って来た。
大音響とともに玉座の間が激震、その場にいる全員がなぎ倒される。
「な、何なの!?」
尻をさすりながら身を起こしたロォズに、レイブが泡を食って問いかけてくる。
「ロォズ! どうしたの!? 今のは何!?」
「わ、わかりません。何かが落ちてきたみたいなんですけど……」
ロォズは痛みをこらえて立ち上がり、「すぐ見てきます!」と駆け出した。
工人の多くはまだ倒れたままだったが、彼女と同じく床に身体を打ちつけただけらしい。
その間を縫って外に飛び出すと、そこにはあるはずのないものが聳えていた。
大きな影を落として地上を睥睨するそれは、おそらく全身の三分の一ほどが着地の衝撃と自重で地面にめり込んだのだろう。
地上に出ている部分が隆起した岩山のように見える。
表面を覆う不規則な凹凸が醜悪さを際立たせていて、全体がいびつな人型であることに気づかなかったロォズも、ようやくそれが他家の骸装騎であることを見て取った。
同時に、骸装騎を前触れもなく城内に強行着陸させるという無礼極まりない行為に怒りを爆発させた。
「ここをレイブ・リオン様の居城とご存知なのに、この狼藉は何ですか!!
事と次第によっては、たとえ頭領といえども許しませんよ!
アレニア・イザエール様!!」
わずかな沈黙の後、怒声に答えるように、岩山の三合目あたりに白い光が灯る。
中に人影らしいものが現れると、やがて妖艶な女の姿になって、空の彼方まで突き抜けるような高笑いとともに地上に降り立った。
転倒で身体をしたたかに打ちつけた男たちが痛みを忘れて見惚れる中、アレニア・イザエールはあざといしなを作りながら、黒目がちの瞳にロォズの姿を映した。
「威勢がいいお嬢ちゃんねえ。セルズの分際で」
再び顎をのけぞらせての高笑いが響き、巨大な胸が上下左右に揺れる。
「でも許してあげるわ。
あたくしは心が広い上に、あなたのような子は嫌いじゃないから」
セルズ、と言われた瞬間に目つきが物騒になったロォズだったが、かろうじて自制心を発揮して、アレニアを睨みつけるだけに留めた。
「一体どうしてここにいるんですか!!」
「もちろん、あたくしの愛しの君、ウェイド様に逢いに来たのよ」
そう言うとアレニアはあたりを見回した。
見る方向を変えるたびに身体をくねらせ、周りの男たちの目を釘付けにする。
ひらひらと舞う衣装はほとんどが紗で、いっそ裸の方が健全なくらいだ。
これでも列記とした頭領だったが、レイブの披露目には来ていなかった。
来るのに時間がかかるというのが理由だったはずで、しかしアレニアはそんなことを忘れたように、嬌声を張り上げていた。
「ウェイド様ぁ、どこにいらっしゃるのですかぁ?
あなたのアレニアが参りましたのに姿を見せてくださらないなんて、もしかして照れておいでなのかしらぁぁぁぁ?」
業を煮やしたロォズが、もう一度怒鳴りつけようとした時だった。
アレニアの瞳がロォズの頭越しに背後を見て、紅い唇が妖しく釣り上がる。
振り向くと、シルヴァリスを降りたレイブが、強張った笑みを浮かべながらぎくしゃくとお辞儀をしているところだった。
「あら、ごきげんよう。頭領」
「レイブ様!
こんな無礼な振る舞いをする人に、直々に挨拶をする必要なんてないですよ!
お下がりください。
わたしが話をつけます!!」
「あたくしの心は限りなく広いけど、それでも限度はあるのよ、セルズのお嬢ちゃん」
アレニアの唇は笑いの形を崩していなかったが、その目は本来の気性を想像させるに十分な光を湛えていた。
もっとも、それしきのことではロォズも引き下がらない。
こっちはこっちで目に怒りの炎を燃やして睨み返している。
一触即発状態だ。
レイブは慌てて二人の間に割って入った。
「あ、あの、一体どうやってここにいらしたのですか? 黒の山脈を横断したのですか?」
「まさか」
アレニアが不愉快そうに顔をしかめる。
「いくらあたくしのシクサーンでも、命を吸い取る山脈を越えられるほどではないわ。
あの忌々しい山が間になければ、もっと足しげくこちらに通ってますわよ。
何といっても、リオン領とイザエール領はお隣同士なんですから」
「は、はあ……」
「それで、ウェイド様はどちらに?」
「あ、あいにく兄は出ています。
もしご用がおありなら、お手数ですが出直していただけますか?」
「わざわざ山脈を迂回して、何日もかけてきたのに、冗談じゃないわ」
アレニアの視線がレイブの目を真っ直ぐに射抜く。
「と言ったらどうするの、頭領さん?
あたくしとシクサーンを力尽くで追い出す?
それでも構わないけれど」
冗談で言っているわけではないことは、レイブにも伝わった。
他の領地へ骸装騎で侵入出来るのは、正式な戦いの布告をした時だけだ。
逆に言えば、骸装機で乗りこんで来るのは、はなから戦闘を前提にしているという意思表示だ。
ウェイドの言った通り、シルヴァリスに挑戦する頭領には事欠かないらしい。
そう考えると落胆するしかないレイブの弱気を見透かしたように、アレニアが大げさな身振りで一回転、胸を盛大に揺らしてから彼を指差した。
「まったく、あなたが感合したと聞いた時には、何かの間違いかと思ったけど。
こうなってくれたのは幸運と言うべきかしら。
何にしても、やるなら早い方がいいらしいわね。
レイブ・リオン!!
このアレニア・イザエールがあなたに戦いの布告をしたしますわ!!
我が挑戦、受けることを切に望む!!
返答やいかに!!」
一瞬で周りの空気が緊張に包まれた。
アレニアの姿態に見惚れていた家臣たちも居住まいを正して、主であるレイブに注目する。
「そ、そんな。布告をするならちゃんと使者を立てるのが作法と……」
「お黙り!!」
抗議するロォズをアレニアが一喝した。
「頭領が直々に布告をしているのです! 分をわきまえなさい、セルズ!」
ロォズが悔しげに押し黙り、レイブはごくりと唾を飲み込んだ。
布告をされたら、逃げるわけにはいかないのだ。
「イ、イザエール卿。あなたが勝者となった暁には、我に何を望むのか」
レイブが問うと、アレニアは我が意を得たりとばかりに嫣然と言い放った。
「知れたこと!
我は、ウェイド・リオンの身柄を所望する!!
我が勝った暁には!
愛しき男と我がイザエール城にて末永く!
死が二人を分かつまで、睦み暮らすものである!!」
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