第7話 エルヴィアとレイブ
玉座の間では、早朝だというのに多くの家臣たちが忙しく動き回っていた。
ほとんどリオン家おかかえの工房の者たちで、総出でシルヴァリスに異常がないかを調べているのだ。
巨体の周りにはいくつもの櫓が組まれ、職人たちが表面を叩いたり、継ぎ目を凝視したりと、入念に検分されている。
もっとも中を透かして見られるわけではないので、実際のところはどうなのか、彼らにも謎のようだった。
それよりも、レイブは気になることがあった。
シルヴァリスの姿を見た途端に気づいた、奇妙な違和感だ。
本来なら冷たい石像となっているはずの骸装騎が、どこか生々しさを放ち、静かに息づいているように見えたのだ。
「ああ。頭領」
レイブに気づいた工房の長が、ごつい身体を揺らして駆け寄って来た。
「ウェイド様から伺いましたが、初陣で大変でしたな。ご無事で何よりです」
頭領呼ばわりされることに全く慣れないレイブだったが、居心地の悪さよりも、目の前の違和感の正体の方が気になった。
「あの……、シルヴァリスに何かおかしなところはありましたか?」
「少なくとも、がわに異常はありませんよ。だた……」
いかにも頑固な職人といった風体の長は、ごつい指で無精ひげの生えた顎をさすりながら、シルヴァリスの巨体を振り返った。
「温度が、下がらんのですよ」
「温度って……、表面の温度ですか?」
レイブもシルヴァリスを見た。
「普通なら操縦士が降りればすぐ冷たい石になるんですけどねえ。
もう半日以上経ってるのに、まだ温かいんですよ。
ちょうど、人肌くらいに。
こんなことは初めてだ」
「まさか……」
レイブの中で、確信が急速に形を成した。
エルヴィアは、まだいる。
それと同時に、彼女に対する強烈な申し訳なさが湧き上がった。
わけもわからず閉じ込められた場所に、一人きりで置き去りにしてきたのだ。
罪の意識に背中を押され、気がついた時には、レイブは駆け出していた。
「あ、あの、これから乗ります。作業してる皆さんを下げてもらえますか?」
「へ? いや、しかし……」
「急いでるんです! お願いします!」
急に勢いこむレイブに驚いた長が、慌てて作業員に櫓から降りるよう大声で命じる。
脚の間に立つ櫓を駆け登ったレイブの身体がほのかな光に包まれ、呼応するようにシルヴァリスの胸部が発光した。
玉座の座面に着くと、二つの光はそれぞれ帯となって空中で交差し、螺旋を描いて絡み合い、その綾なす羽衣に乗って、レイブの身体が宙に浮き、シルヴァリスの中に吸い込まれていく。
一瞬、視界が完全な白色に染まる。
光が終息して、視界が元に戻れば、すでにそこは神骸座の中だった。
頭上に輝く感合石が、気体とも液体ともつかない媒体の中に中空で浮かぶ自分を照らしている。
レイブは迷うことなく呼びかけた。
「エルヴィア! いるんだね?」
〈レイブ!〉
頭上に灯る感合石が一気にその光度を上げて、頭の中に嬉しそうな思考が弾ける。
〈いるぞ。どうやらわたしは消えずにすんだようだ〉
「よかった」
レイブは心の底からホッとして、安堵の息を漏らした。
「ごめんよ。一人で置いてっちゃって」
放っておかれて不安になったエルヴィアが、またシルヴァリスを暴れさせるのでは、と心配したのだが、それは杞憂だった。
エルヴィアは意外に落ち着いた様子で、
〈うん。とても心細かった〉
と、素直な感想を返してきた。
〈でも外の様子は、何となくわかったからな。
退屈はしなかった〉
「え!?」
逆にレイブが驚いた。
「見たり聞いたりできるってこと?」
〈うん。ぼんやりとだけどな〉
エルヴィアの説明によると、レイブがいない間は、濃い霧がかかったような視界になり、光を感じる程度ということだ。
音も、水中にいるようにくぐもって聞こえてくるらしい。
わずかでも視力や聴力があるなら、手足だって動かせるかもしれない。
そう思うレイブに、エルヴィアの苦笑いのような波動が伝わった。
〈実はこっそり試してみたんだけど、指一本動かせなかった。
やっぱりおまえがいないと、わたしはこの身体を動かせないみたいだ。
おまえが来た途端、物もはっきり見えるようになったしな〉
「そ、そうなんだ」
すっかりこの状況に慣れたように話すエルヴィアに、レイブは感嘆するしかなかった。
もし自分が逆の立場だったら、正気でいられるかどうかさえ怪しい。
レイブの中に、見も知らない彼女に対する尊敬の念と、今までにない興味が湧き上がってくる。
「ねえ、エルヴィア。君は一体どんな姿をしていたの?」
〈姿って、わたしが生きていた時の姿のことか?〉
「うん」
レイブはおずおずと、
「声、というか、僕が知ってるのはこうしてやり取りしてる君の思念だけだから。
実際はどんな人だったのかなと思って」
〈なるほど。
わかった、ちょっと待ってくれるか〉
戸惑ったようにエルヴィアの思念が揺れ、やがてひとつの像がレイブの頭の中に映し出された。
黒く長い髪に細面の顔は、どうやら女性らしいとわかるものの、その描写力というか、再現度は壊滅的だった。
目と鼻の位置がずれているし、輪郭も歪んでいる。
これがエルヴィアの世界に住む人間の平均的な顔立ちだったらどうしようという代物で、期待していたレイブも一瞬言葉に詰まってしまった。
「え? こ、これが君なの……? そ、そっか……、その、個性的なんだね……」
〈あ、あれ? 違う違う! こんなじゃない!
何で思った通りにならないんだ?〉
エルヴィアは慌てて、像を修正しようとする。
〈待ってくれ。ええと、ええと、目はもっとこう……〉
「め、目が大きすぎないかな? 顎が伸びてるし。あ、今度は鼻が伸びちゃったよ」
〈ああ、もう! これならどうだ!〉
頭の中でウネウネと形を変え続けるエルヴィアの自画像は、とうとう何が何だかわからないものになって、ようやくレイブも諦めた。
「わかった。わかったから、もういいよ、エルヴィア」
〈ううう。鏡を見ないで自分の顔を思い浮かべるのがこんなに難しいとは……〉
エルヴィアはしょんぼりと、
〈言っておくけど、わたしはちゃんとした人間の女性だからな。
誤解しないでくれ。
わたしは剣を振るうのは得意でも、絵を描くのが苦手なんだ〉
「う、うん。無理言ってごめんよ。
何となく雰囲気は伝わったから」
〈なら今度はわたしの番だ。
このシルヴァリスというのはどんな姿をしてるんだ?
昨日わたしたちが戦った相手のような姿なのか?
あれは女に見えたけど〉
「まあ、似てると言えば似てるよ。
でも、シルヴァリスの方がずっと……」
わたしたち、という言葉に不思議な高揚を覚えながら、レイブは出来るだけ正確に、そして美しくシルヴァリスの姿を思い描いた。
彼も特に絵が上手いというわけではなかったが、エルヴィアよりははるかにましな、白銀の女神の像を結ぶことに成功した。
〈これが、シルヴァリスか……〉
驚いたような、感心したような思念がレイブに伝わってくる。
〈骸装機というのは、皆こんなに美しいのか?〉
「大抵はね」
レイブはエルヴィアの美的感覚が自分たちと変わらないことにホッとしながら、
「中にはとんでもない例外もいることはいるけど。
それに女性といっても、時に応じて男にもなれたそうだよ」
〈そ、そうなのか?〉
エルヴィアの思念が驚愕に揺れた。
〈想像がつかないな。性別が変わるなんて〉
「ついでに、僕が今いる神骸座は、シルヴァリスの心臓だった場所だと言われてるんだ。
確かなことは分からないけどね」
〈な、何だって!?
おまえはわたしの心臓から話しかけているのか!?〉
エルヴィアのうろたえぶりに、レイブは思わず声を上げて笑ってしまった。
〈な、何がおかしいんだ!
大変なことだぞ!
自分の心臓の中に誰かがいるなんて!〉
「そうだね、確かに。
考えてみれば大変なことだよね」
言いながら笑い続けるレイブは、シルヴァリスの神骸座で、こんなふうに愉快な気持ちになる自分に驚いてもいた。
ついさっきまでは、望んでもいない死に場所としか思えなかったのに。
エルヴィアともっと色々なことを話したい。
その思いに突き動かされて、レイブが口を開こうとした時だった。
不意に視界が揺れた。
エルヴィアが視線を動かしたのだ。
慌てて見える景色に意識を向けると、手を振り回して何か叫んでいるロォズがいる。
そこでようやく、自分が伝声石を持っていないことに気づいた。
シルヴァリスに乗る時には必ずつけろと言われているものだ。
ついでに、何の為にここに来たのかも思い出したレイブに、エルヴィアがどこか面白がっているような思念を送ってきた。
〈あの娘、おまえを呼んでいるんじゃないのか?〉
「そうみたいだね」
レイブは湿っぽい返事をする。
外を指さしながら顔じゅうを口にして大声を上げているロォズの隣には、いつの間にか怖い顔をしたウェイドもいて、二人の声がシルヴァリスの中にまで聞こえてくる。
「……まさかもう布告が来たってこと?
いくらなんでも早すぎるだろ。
相手はやっぱりクリストパルス卿か。
……ていうかエルヴィア、君はなんでそんなに嬉しそうなの?」
〈おまえの頭の中で渦巻いてることが、わたしにも伝わってくるからな〉
エルヴィアがウキウキと答える。
〈つまりおまえは、そのなんとかいう者と、これからこの身体で闘わなければならないんだな?〉
「う、うん」
逆にレイブは暗澹たる気持ちになりながら、
「それもすぐにね。
布告と同時に、こちらの領地に攻め込んできたらしいんだ」
〈ならば、すぐに迎え撃たないとな?〉
「簡単に言うね」
〈ひとついいことを教えてやろう。
レイブ、わたしは結構腕が立つんだぞ〉
「それは知ってるけど……」
レイブが言いかけたところで、シルヴァリスがゆっくりと立ち上がった。
レイブの意思ではない。
エルヴィアが動かしたのだ。
巨体が動いたことで、周りの櫓が倒れ、職人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
シルヴァリスはそんなことには構わず、玉座の横に屹立していた、自身の身長ほどもある大剣をひっ掴むと、そのままのしのしと歩き出した。
「ちょ、ちょっと。エルヴィア!?
何してんだよ、勝手なことしないでくれ……!!」
レイブの制止も聞かず、シルヴァリスは歩を進める。
大慌てでシルヴァリスから距離を取るロォズたち。
ウェイドが何か叫んでいるが、足音にかき消されて聞こえない。
それを眼下に悲鳴を上げるレイブの頭の中では、エルヴィアの楽しげな思念がこだましていた。
〈おまえは心配していたんだろ? わたしがどうするかと〉
「そ、そんなことは……」
ない、とは言えないレイブにエルヴィアが語りかける。
〈聞いてくれ、レイブ。
別におまえを非難してるわけじゃないんだ。
ただ、わたしに戦わせて欲しいんだ〉
「君が? 戦う? 何で!?」
レイブが聞き返した時、すでにシルヴァリスは王座の間を出て、抜けるような青空の下にいた。
白銀の装甲をまとった全身に光を弾き、華々しくも猛々しい姿を晒した場所は巨大なテラスだった。
しかしシルヴァリスが脚を載せた途端、音もなく宙に浮いた。
飛翔座がそのままテラスになっているのだ。
エルヴィアは、どうやって城に戻ってきたかを、ちゃんと覚えていたらしい。
その勝手知ったような振る舞いにレイブが驚く間もなく、感合石の光が神骸座を満たした。
唸りを上げて起動した飛翔座が、シルヴァリスを乗せて、戦場となる空へと舞い上がった。
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