第6話 耳の痛い正論
気がつくとレイブは、玉座に身体を預けたシルヴァリスの、両太腿の間に立っていた。
自分がちゃんとした足場の上にいると認識した瞬間、緊張の糸が切れたように膝から力が抜けた。
崩れ落ちそうになった身体を支えたのは、全速力で駆け寄ったロォズだった。
レイブと同じくらいの背丈で華奢な身体つきなのに、力は相当あるようで、レイブをやすやすと受け止める。
「レイブ様、しっかり!! 大丈夫ですか!? どこか痛いとこがあるんじゃないですか!?」
「だ、大丈夫だよ、ロォズ」
レイブは柔らかな胸のふくらみにぐったりと体重を預けながら、荒い息を吐いた。
「でも、骸装騎を動かすのは、思ってた以上に疲れるみたいだ。
足に力が入らないや」
「心配しないでください。わたしがお支えしますから。
さ、歩けますか?
なんならわたしがおんぶを……」
「いや、それよりも兄さんと話さないと……」
レイブがそういった途端、ロォズはもたれかかっている彼の頭を両の手の平で挟み、力尽くで自分と面と向かわせた。
「エルヴィア・ビーヌ・デュオラン・トリア、のことですか?」
レイブはホッとしたように、力なく笑顔を浮かべた。
「シルヴァリスの中に誰かいるって……、信じてくれたかい?」
「わたしは、レイブ様を疑ったことなんて一度もありません」
「そっか……」
力強く断言するロォズに安心して、レイブはそのまま気を失った。
彼の身体を優しく横たえて、呼吸と脈が正常なのを確認したロォズもひとまず安堵の息をつく。
しかし、改めてそそり立つ白銀の巨像を振り仰いだ時には、その可憐な表情が一変していた。
「あんた、いったい何なの……!?
レイブ様は感合を解く直前、確かに女と言ったけど、あんた女なの?
答えなさいよ!
エルヴィア・ビーヌ・デュオラン・トリア!!」
すでに巨大な石像に戻っていたシルヴァリスは、まっすぐ前を向いたまま微動だにしない。
その姿は神々しいまでに超然としていて、足元でいきり立っている小娘など、歯牙にもかけていないようだ。
レイブを下に降ろそうと集まってきた家臣たちが苦笑いを浮かべるのも無理はない。
それがまたロォズを苛立たせるのだった。
――あの日、この玉座の間で、レイブはシルヴァリスと感合した。
前頭領、レイブの父であるエリックス・リオン急死の衝撃も冷めやらぬ中、早々に次の頭領を決めるべく、一族の命運を賭けた感合の儀が執り行われたのだ。
生神の亡骸の中に入り、それを自身の生命力で活性化して動かすことは、直系の子孫だけに許された神聖な行為だった。
とはいえ、血を引いていれば誰にでも可能というわけではない。
感応して適合する――つまり感合できるのはたった一人だけ。
そして選ぶのは人間ではなく、シルヴァリスの方だった。
リオンの血を引く若者が、新たな操縦士候補として期待と不安を胸に居並び、次々にシルヴァリスの前に立った。
だが、誰一人として自分が感合出来るとは思っていなかったし、事実シルヴァリススは、前を過ぎる数十人に沈黙をもって答えていた。
そして、いよいよ本妻の子息であるウェイドとレイブの番になる。
幼いころより文武に秀で、後を継げばエリックス以上の頭領になるだろうと自他ともに認めていたウェイドが、悠然とシルヴァリスの前に進み出た。
そこにいる者全員が、もちろんレイブも含めて、感合する者は彼以外にいないと考え、ウェイド自身もそう確信していたはずだった。
それが――
あの時の、顔面蒼白になって立ち尽くすウェイドと、彼以上に事態を呑み込めず、茫然としていたレイブの姿を思い出しながら、ロォズはもう一度シルヴァリスを睨みつけた。
「……戦ですか!?」
そんな物騒な言葉が頭の中でぼんやりと反響して、レイブはうっすらと重い目蓋を開けた。
見慣れた天井。
そこが自分の部屋であると認識する前に、すぐそばで激しく言い争っているウェイドとロォズに気づいた。
この二人はいつも喧嘩をしている。
もっと仲良くしたらいいのに。
ぼんやり考えるレイブだったが、大抵その原因が自分にあることを思い出して、開けかけた眼を閉じた。
こんな時は寝たふりをするのが一番だ。
「何でそんなこと勝手に決めてくるんですか!? あなたは頭領じゃないでしょ!!」
「別に俺が勝手に決めたわけではないぞ。
いずれにせよ、誰かが仕掛けてくる。時間の問題だ。
ということで、さっさと起きろ!
いつまで寝たふりをしているつもりだ!!」
ばれていた。
レイブは観念して、仕方なしに目を開いた。
「や、やあ。兄さん」
怖い顔で見下ろしている兄の姿に気後れしたのも一瞬、すぐにその視界はロォズの顔でいっぱいになった。
「おはおようございます、レイブ様」
「お、おはよう」
レイブは鉛のように重い身体をどうにか起こしながら、尋ねた。
「僕、どのくらい寝てた?」
「もうすぐ夜が明けますよ。丸一日近くです」
ロォズが素早く背中にクッションを置いて、水を差し出す。
その様子を訝しむように見下ろしていウェイドは、しかしすぐに厳しく叱咤した。
「ほんの半日、骸装騎に乗ったくらいで、なんて様だ。
戦になったら何日も戦いが続くかもしれんのだぞ。
もっと身体を鍛えろ」
レイブはむせながら、
「ごめん」
と答え、コップをロォズに返した。
見ればウェイドの服は昨日のままだ。
おそらく、あれから寝ずに仕事をこなしていたのだろう。
とはいえ、レイブも決してひ弱というわけではなかった。
それどころか、生まれてから一度も病気らしい病気をしたことがないのは父親のエリックスと同じだった。
ただ、荒事に必要な運動神経には恵まれず、剛健を絵にかいたような疲れ知らずで、惚れ惚れするほど均整のとれた体格をしていた父や、同じような偉丈夫の兄にいつも引け目を感じていたのだ。
自分ときたらロォズとどっこいどっこいの背丈で、横幅もそれに見合ったものしかない。
よく言えば母親似の優男だが、それで長年の劣等感が払拭出来るものでもなかった。
「とにかく、全て話せ。
そのエルヴィア何がしとかいう者のことを。
包み隠さずな」
「全てって言われても、 僕もわからないんだよ」
レイブは申し訳なさそうに、肩をすくめた。
「今のところ彼女の名前と、声が聞こえることくらいしか」
ウェイドはあからさまに疑いの目を向けた。
「あの剣さばきは訓練だけでは身につかないぞ。
実際に修羅場をくぐり抜け、幾度も人を斬ったことのある者の剣だ。
本当に女なのか?
というか、おまえはどうやってその女と意思の疎通をしているのだ?
言葉が通じるのか?」
「いや、言葉じゃなくて、なんて言うか、概念そのものが、直接頭に伝わってくるんだよ」
「概念?」
「うん。僕は声に出して喋ってるけど……」
レイブは、経験した者にしかわからないことを説明しようと必死になったが、いくら言葉を重ねても、兄は納得しかねるという顔をしたままだ。
エルヴィアとの脳内会話の方が、はるかに楽だった。
「……それで、たまに頭に閃く単語からすると、彼女はどこか遠くの、僕らが知らない土地から来たとしか思えないんだ。
全然聞いたことのない言葉だから……」
「冗談ではないな」
しばらく黙って聞いていたウェイドだったが、吐き捨てるように、ごく短い感想を述べた。
「そんなわけのわからん者に、これからリオン家の命運を託していかねばならんなど、まったく冗談ではないぞ」
「ご、ごめん」
思わず謝るレイブに、ロォズが横から口を出す。
「レイブ様のせいじゃないんだから、そんな申し訳なさそうな顔しないでください!」
「そ、そうだね」
「全部そのエルヴィアって女が悪いんです」
「い、いや。そういうわけじゃ……。
助けてもらったわけだし……」
レイブがエルヴィアを庇うようなことを言うと、途端にロォズの目つきが物騒になる。
レイブは慌てて目をそらして、ウェイドの、「すぐサナトニを呼べ」と側付きに命じる声に気を取られたふりをした。
サナトニはリオン家で系譜を管理している者たちの長だ。
リオン家に限らず、各々の家が受け継いでいる骸装騎と感合できるのはその子孫に限られる。
そのため、血統や出自に関する記録は何より重要なものとなっている。
それを管理する者たちは、仕えている家はもちろん、次世代を継ぐ子供たちの母親となるべき女性に関することも入念に調べ上げ、さらに過去に起こった諸々の出来事を詳細に記録保管しているのだった。
中でもサナトニは、リオン家の過去を五百年以上に渡ってそらんじることができる記憶力の持ち主で、あるいはこの不可解な出来事に類するような過去の事例を知っているかもしれない。
しかしやがて部屋に入って来た初老の男は、ウェイドの質問に考えること一瞬、
「ございません」
と、早朝に呼び出された不満も見せずに言い切った。
「私の記憶する限り、シルヴァリスにそのような異変が起こったという記録は、口伝も含めて一切ございません。
お望みなら書庫の記録いっさいを調べ直しますが」
「いや、おまえが知らないと言うなら、確かにそうなのだろう」
とウェイド。
「では質問を変えよう。
他の領地で、ある日突然骸装騎の動きがおかしくなったという記録や噂はないか?
急にあり得ない戦闘力を発揮したり、その逆に、いきなりまともに動かなくなったというようなことは」
サナトニの眉間に深いしわが寄った。
「さすがに他の領地のこととなると、確たる証拠のある記録は……、すぐにはわかりかねます。
噂レベルであれば、いくつか心当たりがなくもありませんが」
「調べてくれ。できうる限り」
かしこまりました、と頭を下げて出ていくサナトニを見送りながら、レイブはおずおずと兄に尋ねた。
「他の家でもこういうことがあったのかな?
兄さんはそう思ってるの?」
「知らん」
ウェイドはぶっきらぼうに答えた。
「あったとしても隠すだろう。
少なくとも俺はそうした。
自分の家の骸装騎が、わけのわからんものに取り憑かれたなどと、他の頭領どもに知られるような真似はしたくないからな。
弱みを晒すだけだ。
だが……」
ふと何か思いついたように黙りこむウェイドに、レイブがもう一度遠慮がちに質問する。
「あ、あの、僕はどうしたらいいかな……」
その途端、ウェイドの目がレイブを射た。
視線で人が殺せるなら、レイブは即死していたような鋭さだった。
「少しは自分の頭で考えろ! 頭領はおまえだ!!」
その迫力に気圧されて、ただ頷くしかないレイブだったが、それで何か思いつくわけもなく、助けを求めるようにロォズを見た。
「レイブ様だってご自分でやれることはやっています!!」
ロォズが、任せておけといわんばかりに割って入る。
「いきなりご自分がシルヴァリスに乗ることになってしまったばかりか、そのシルヴァリスがおかしなことになってしまったんですよ!
なのにちゃんとお披露目で相手を倒し、お城まで戻ってこられたんですから、ご立派です!!」
「当たり前のことだ」
ウェイドは厳しく言い放った。
「務めを果たせない頭領は死ぬだけだ。リオン家もろともな」
レイブはいよいよ二の句が継げなくなる。
覚悟も準備もなく、ただ感合したというだけで頭領に祭り上げられてしまった我が身を呪っても、事態が改善しないことは彼にもわかっていた。
といって、才覚もないのに無理に骸装騎に乗っても、それこそロォズやウェイド、そして領民たちを巻き添えにして役目を果たせず死ぬだけだろう。
「……戦になるの?」
ようやく言葉を振り絞ったレイブに、ウェイドは表情を変えずに断固として言った。
「なる。避けられん。
圧倒的な力を振るっていた父上の死を待っていた頭領は、あのグルエルフィヌだけではないからな。
そのつもりでいろ」
「うん、わかった……」
レイブは、消え入りそうな声で頷いた。
「エルヴィアと話してみるよ。
どうしたいかって。
まだシルヴァリスの中にいるかどうか、わからないけど……」
「早く確認しろ。
布告の使者はいつ来るかわからんのだぞ」
急かすウェイドに力なく頷いて、着替えに袖を通したレイブは、ロォズに励まされながら、重い足取りで玉座の間に向かった。
「ほんとにもう!
あの方はいっつも頭ごなしなんだから!
少しは頭領であるレイブ様を立てることを覚えた方がいいですよね!」
自分のことのようにプンプン怒っているロォズに、レイブは力なく笑いかけた。
「でも、兄さんの言ってることは間違ってないよ。いつだって正しいんだ」
「それが一番腹立つんです!!」
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