第4話 ウェイドの鬱屈と吟遊詩人の熱唱

「親愛なるエコースの頭領の方々!! ご覧いただけたか!! 

 我がリオン家の新たな頭領であるレイブ・リオンは、晴れの披露目にて御祖の加護を賜ることができた!!」

 

 観覧席の前に歩み出たウェイドが、朗々たる大音声を張り上げた。

 その堂々過ぎる態度に、すぐさま反発の声が上がる。


「レイブ・リオンはどうしたのだ!!

 なぜ我らに挨拶をせぬまま帰った!!

 無礼であろう!!」


 ウェイドは歯牙にもかけず、さらに声を張り上げた。


「まずは、対手となって頂いたレイクス家と骸装騎ロスエジル、その操縦士であるコルビン・レイクス殿に謝意を申し上げたい。

 

 不慮の死を遂げた父の喪が明け、ようやく今日のこの日を迎えられたのは、皆様方の高潔なる義侠心あってのことと承知している。

 

 いかなる時でも戦いを挑めるにもかかわらず、喪に服している間はそれを良しとしないという古き良き不文律を重んじてくださったからであると。

 

 ただ今をもって、我がリオン家は一族郎党、このエコースの大地に生を受けし者の本分に立ち戻る! 

 

 いかなる時、いかなる相手からの挑戦も受けて立ち、言葉ではなく力で答え、己の至らなさは血で贖うことをここに誓おう!!」


「ふざけるな!!」


 頭から湯気を立てて叫んだのは、観覧席の真ん中に陣取っている偉丈夫だった。

 グルエルフィヌ・クリストパルス。

 最初に文句をつけてきたのもこの男だ。

 豪奢な衣装を身にまとった姿は、いかにも大頭領という貫禄を漂わせている。


「それを誓うのは頭領の役目だ。

 骸装騎と感合出来ずに頭領になり損ねた、貴様のような穀潰しではないぞ!! 

 わきまえろ!!」


 頭領になり損ねた穀潰し。

 その言葉に、ウェイドの顔が一瞬歪んだ。

 だが、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべ、傲然と睨み返した。


「至らなさは血で贖うと申し上げた。

 気に入らぬのなら挑戦なさるがよい、クリストパルス卿」


「ほう」


 グルエルフィヌが唇をまくり上げる。


「いいのか?」


「無論。

 もっとも、亡き父の武勲を恐れ、挑戦することもなく口先ばかりの挑発を繰り返してきたあなたに、それがおできになればの話だが」


 今度はグルエルフィヌが顔を真っ赤に染めた。

 

 周りから失笑が漏る。

 赤い顔がどす黒い怒りの色に変わった時には、すでにグルエルフィヌは剣を抜き放っていた。

 その切っ先をピタリとウェイドに向けて、叫ぶ。


「いいだろう!! 

 我がクリストパルス家はリオン家に挑戦の布告をする!! 

 各々方、異存はなかろうな!!」


 一触即発の空気が張り詰めた、その時。


「素晴らしいですわああああああぁぁぁぁぁ!!」


 観覧席の一角から、凄まじい声量の喝采が放たれた。


 それは単なる叫び声ではなく、微妙に節回しがついている。

 まるで歌劇の主役が、最高潮の場面で絶唱しているような迫力だ。

 

 憤怒の塊になっていたグルエルフィヌでさえ思わず気を削がれ、声の主に目をやった。

 そこにいたのが小柄な少女の吟遊詩人と知ると、彼はさらに目を丸くした。


 背は低いが、幼女や童女というほどではないだろう。

 しかし、やたら大きな胸に竪琴を抱えていなければ、クッキリとした顔立ちはいっそう幼く見えていたはずだ。

 

 吟遊詩人の少女は、そのことを自分でもよくわかっているように大輪の笑みを浮かべると、シャララン、ときれいな和音を響かせた。


「神の因み子である猛き強者ぉぉぉぉ♪

 華々しい戦いに肉が弾け、血潮は沸き立ち、雄たけびと断末魔ぁぁぁああぁぁぁ♪

 片や倒れ伏しぃぃ♪

 片や雄々しく勝鬨をぉぉ、上げるぅうぅうぅうぅぅぅ♪ イェイ♪」


 少女の声はさらに音量を増して、いったい小さな体のどこからこんな声が出るのかと聞く者全てを圧倒する。


「ということでぇぇ♪ 

 お二人の雄々しい戦いの一部始終を見届けてぇぇぇぇ♪

 歌にすることをお許しいただきたくぅ♪ 

 このようなぶしつけな真似をいたしましたぁぁ♪ 

 ご容赦のほどをぉぉぉ♪

 わたしの名前はぁぁぁ♪ ジョルダ♪ でぇぇすぅぅぅぅ♪ イェイ♪」


 自己紹介まで節をつけて歌いきると、詩人のジョルダは満足気に微笑み、グルエルフィヌ、次いでウェイドにぺこりと頭を下げた。


「な、何がイェイだ! 吟遊詩人!」


 ポカンと口を開けていたグルエルフィヌが、ようやく気を取り直して怒鳴った。


「いったいどこから入った!? 

 誰だ、こんなのを観覧席に入れたのは!! 

 さっさとつまみ出せ!!」


「よろしいではないか」


 それを制したのはウェイドだった。


「いい声をしているな、ジョルダとやら。

 許すぞ。

 せいぜい勇壮な叙事詩を紡いで、我がリオン家の勝利に華を添えてくれ」


 グルエルフィヌが血相を変えた。


「何がリオン家の勝利だ。

 勝利の凱歌を上げるのは、我がグルエルフィヌ家に決まっている。

 出来そこないの弟に骸装騎を取られ、今後は種馬としてしか生きる道のないおまえは、せいぜい指をくわえて見ているがいい!!」


 種馬。

 その言葉が、ウェイドの矜持を逆撫でした。

 だが、彼は表情に出さず、冷徹に言い返した。


「たった今、ご自分の目でご覧になったことを、もうお忘れか?」


 ウェイドは内心の怒りを抑え、余裕の笑みを浮かべながら後ろを振り返る。

 

 ちょう意識を失ったコルビン・レイクスが、家臣たちに運ばれていくところだった。

 首を飛ばされた骸装騎が復活するには長い時間がかかる。

 その間、戦うことのできないレイクス家は他の頭領たちの格好の食い物にされるだろう。


 生き残り、血を絶やさないためには政略結婚を繰り返していくしかない。

 結果として、先祖代々受け継いできた骸装騎は、他の家のものになってしまうかもしれないのだ。

 そうなれば頭領としての地位も失われる。

 あまり楽しい未来ではない。


「あれが出来そこないの斬撃か、じっくりお考えになるとよろしいだろう。

 その上で、改めて戦いの布告をなさるがよい。お待ちしている。

 他の方々も、いつなりと」


 ウェイドは傲岸不遜に言い放つと、踵を返して大股で歩き出した。


 観覧席に背を向けた途端、ウェイドの顔から嘲笑が消えた。

 見せかけの余裕もはげ落ち、若さにまかせた焦燥と怒りが露わになる。

 

 負け惜しみとはったりだ。

 まさか自分が、こんな綱渡りのような大芝居を打つはめになるとは。

 それも、自分よりはるかに劣っていると思っていた――いや、今でも思っている弟のために。


「俺は何をやっているのだ。

 種馬だと? 冗談ではない!!

 俺は……」


 つい声に出して毒づいてしまったウェイドだったが、そこで背後からついてくる気配に気づき、慌てて外面を繕ってから振り返った。


「で、おまえはなぜついてくるのだ?」


 シャリラリラン♪ 


 返事の代わりに、大きな竪琴が哀愁漂う旋律を奏でた。


「わたしはぁぁぁ♪ 

 この地に来たばかりでぇぇぇ♪ 

 されどすでに路銀も尽きてぇぇぇ♪ 

 どうか憐れな詩人に一夜の宿と温かい食事をぉぉぉぉぉ♪」


 さっきとは打って変わって、大きな瞳をウルウルさせて今にも絶え入りそうな、か細い声。

 歌ったジョルダは、最後の和音を儚げに響かせながら、上目づかいにウェイドを見つめた。

 ウェイドは呆れて、溜息をついた。


「おまえは普通に喋れないのか?」


「森羅万象ぉぉぉ♪ すべて歌にしろというぅぅぅ♪ お師匠様の教えですぅぅぅ♪」


 本気なのか冗談なのか、判断しかねる歌声だ。

 これ以上真面目に相手をしたら負けだと断じたウェイドは、ジョルダを無視して、陣に残っている者たちに声をかけた。


「シルヴァリスの様子は?」


「はっ。外見上は特に異常はないように見えましたが……」


「よし、我々もすぐ城に戻るぞ。

 次は戦になる。

 そのつもりでいろよ!」


 まるで自分が頭領であるかのような、自然な口ぶりだった。

 家臣たちも当たり前のように従い、てきぱきと陣幕をたたみ始めている。

 

 ウェイドは歩きながら、頭の中でレイブの言葉の反芻を開始した。


 ――誰かに、取り憑かれたみたいなんだ


 シルヴァリスが何かに取り憑かれた? どういうことだ?

 古代の亡霊か?

 それとも、骸装騎そのものの意思か?


 答えられるのはレイブだけだ。

 ここで自問しても始まらない。

 そう結論づけて、家臣たちを急がようとした。その時。


 それを見たジョルダが大慌てで呼びかけた。


「ウェイド様ぁぁぁ♪ 

 お待ちをぉぉぉ♪ 

 一夜の宿をおおおぉぉぉ♪♪」


 闘技場として使われていただだっ広い平原中に響き渡る歌声に、飛翔艦に乗り込もうとしていたウェイドが、危うく足を踏み外しそうになる。


「おまえっ!」


 ウェイドに怒鳴られたジョルダは、しかし悪びれる様子など微塵もなく、竪琴をかき鳴らしながら熱唱を続けた。


「どうかどうかぁぁぁぁぁ♪ 

 お願いしますぅぅぅぅぅぅ♪

 このままでは野垂れ死にぃぃぃぃ♪」


「ええい、やかましい!! 

 リオン家の客になりたければ、勝手に城に来い!!」


「ありがとおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ♪♪ イェイ♪」


 その歌声は突風のようにウェイドを追い越して、誰よりも早くリオンの城に着きそうな勢いだった。

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