第3話 ウェイドとロォズ

「どうしたんでしょうか?」


 ついさっきまで歓喜の渦の中心にいたロォズが、太いおさげを揺らしている。

 視線の先には、覚束ない足取りで戻ってくる骸装騎シルヴァリスのの巨大な姿があった。

 

 見事な、というより見事すぎる手際で敵を撃破した。

 そう思った矢先、いきなり全身をまさぐり始め、あげくの果てに地面にうずくまってしまったのだ。

 

 中にいるレイブに何かあったとしか思えず、伝声石で何度も呼びかけたが、まともな応答はなかった。


 いや、レイブの声自体は聞こえていた。

 ただ、彼はまるでと会話しているようだった。


「今になって最初に受けた攻撃の影響が出てきたんじゃないんですか? 

 思いっきり顔を殴られてましたし。

 確か骸装騎の受けた衝撃や傷は、そのまま中の操縦士に反映されちゃうんですよね?」


「……ああ」


 ロォズの不安に、ようやく驚きから立ち直ったばかりの顔で答えたのは、隣に立つウェイド・リオン。

 レイブの兄だ。


 強さと高貴さを漂わせた大柄な偉丈夫だが、その顔の輪郭には、まだ成長しきれていない若さが残っている。


「ああして動いているということは、少なくとも操縦士が生きているということだ。

 骸装騎が勝手に動くことなど、あり得ないからな」


 その、どこか自分に言い聞かせるような、もって回った言い方に、思わずロォズがウェイドを見上げた時。

 彼女の手の中で握りしめられていた伝声石が喋り出した。


「ロォズ、聞こえてる?」


「レイブ様ですか!? 大丈夫なんですか!?」


「うん、大丈夫だよ」


「もう、心配させないでください! 

 いったい一人で何をブツブツ喋ってたんですか!?

 わたしがずっと呼びかけてたのに……」


「ご、ごめん。えっと……、ちょっと兄さんに代わってくれる?」


 その一言で、今にも泣き出しそうだったロォズの顔が一瞬で不満げなふくれっ面に変わった。

 彼女は無言のまま、ウェイドの前に伝声石を突き出す。


「さっさと戻って来い、馬鹿者。

 そんなところでぐずぐずしていると、勝利の余韻ではなく挑発だと思われるぞ。

 リオン家の領地をかすめ取りたがっている連中が、観客席から見ていることを忘れるな」


「わ、わかってる。わかってるけど、ちょっとシルヴァリスが変なことになっちゃって」


 兄の厳しい叱責。普段ならそれだけで委縮して黙りこむレイブだったが、その彼が反論ともとれる二の句を継いだ。

 

 驚いたウェイドは真面目な顔になり、ロォズも聞き耳を立てた。


「変、だと?」


「う、うん。その……」


 そこでレイブの声が潜められた。

 まるで誰かに聞かれるのを怖れるように。


「誰かに取り憑かれたみたいなんだ」


 ウェイドとロォズが顔を見合わせ、しばしの沈黙。

 

 二人はゆっくりと首をめぐらし、近づいてくる骸装騎シルヴァリスの威容をふり仰いだ。


 およそ人間の三十倍ある上背は、間近で見ると動く巨大建造物そのものだ。

 二本の足だけでも、目と鼻の先では見上げるような塔でしかない。

 その上に載る胴体。

 両肩から延びる長大な腕。

 大きく張り出した胸部装甲越しに、小さく見え隠れする頭部と背中に流れる長い黒髪。

 天に尖る角まで視界に収めようとすれば、痛くなるほど首を反らさなければならない。

 

 しかし、その姿形は完全な人型。

 しかも、女性の優美な曲線で縁どられていた。


 甲冑とも外殻ともつかない装甲をまとう白銀の全身は艶やかだ。

 淡い光を反射して、燦然と輝いている。

 表情のない仮面のような顔も、神々しいまでの美貌であることを除けば、間違いなく人間と同種のもの。

 人類と深い関わりがあると、一目でわかる外観をしていた。

 

 このような姿をした超越的な存在が、かつて地上で覇を競っていた時代があった。 それを直系の子孫が操るその骸――骸装騎同士の戦いが、今の世の習いとなって久しい。


 しかし今、ロォズとウェイドは、シルヴァリスの故事来歴などに思いを馳せている場合ではなかった。


 心配していたことが、最悪の形で現実になった。

 

 その確信を大粒の涙にして目から溢れ出させているロォズが、ウェイドから伝声石をひったくった。


「大丈夫ですよ、レイブ様!! わたしがついてます!!

 打ちどころが悪くて、変なことを言うような人になっちゃっても、ずっとお世話しますから!

 心配しないでくださいね!!」


「あ、ありがとうロォズ。

 君はいつも優しいね」


 伝声石の向こうで、レイブが苦笑している気配が伝わった。


「もちろんですとも!!」


「君の気持は痛いほどよくわかったから、兄さんに代わってくれるかい?」


「ひどい!! 

 どうしてわたしを差し置いてウェイドさまとお話ししたがるんですか!! 

 この人はあなたがシルヴァリスと感合したことをいまだに根に持って……、いた! 

 何するんですか!! 

 本当のこと言われたからって、ぶたなくてもいいじゃないですか!!」


「いいからそれをよこせ。

 そして少し黙っていろ、この能なし下女」


「下女じゃありません! 侍女です! 

 じ・じょ!!」


 ウェイドはロォズの抗議を無視して伝声石を取り上げた。


「わかるように話せ。

 取り憑かれたというのはどういうことだ?」


「兄さんもさっきの、シルヴァリスの動きを見たでしょ? 

 あれは僕じゃないんだよ! 僕が動かしたんじゃないんだ!」


 レイブの口調はいつになく真剣で、切羽詰まっていた。

 ウェイドの眉間に、深いしわが刻まれる。


 馬鹿げた話だ。

 しかし、確かにそう考えない限り、先ほどのシルヴァリスの超人的な動きは説明がつかない。

 

 弟は、剣術どころか、身体を動かして何かをする類の才能は皆無に等しい。

 あんな風に鮮やかに敵を斬り伏せることなど、天地がひっくり返ってもできるはずがないのだ。


 さらに問い質そうとしたウェイドだったが、観覧席から注がれる、値踏みするような無数の視線に気づいて思いとどまった。

 

 この仕合は家督を継いだレイブの晴れの披露目を兼ねている。

 近隣の頭領たちが、新たなリオン家の当主の器を見定めに来ているのだ。

 ここでリオン家の弱みを晒すわけにはいかない。


 ウェイドは改めて、白銀の巨体を見上げた。


「今はおまえが動かしているのか?」


「う、うん」


 頼りなさげなレイブの返事が伝声石を微かに震わす。


「し、信じてくれたの?」


「いきなりそんな話をされて信じる者などいるか。

 だが、今ここでおまえと議論するわけにはいかん。

 状況が悪い

 とにかくそのまま陣に戻り、すぐ飛翔座で城に帰れ。

 詳しい話はそれからだ」


「あ、でも、口上は? 

 他の頭領の前で何か言わないといけないんじゃなかったっけ?」


「俺がやっておく。

 おまえはシルヴァリスをまともに動かして、帰還することだけを考えろ」


「わ、わかった。やってみる。

 また誰かが暴れ出したら、僕には抑えられないけど……」


「レイブ様、頑張って!」


 ロォズの声援に背中を押されるように、ふたたびシルヴァリスの足がゆっくりと動き出した。

 まるで寝た子を起こさないような、慎重すぎる歩き方だ。

 

 それを見送りながら、ウェイドは小さくため息をついた。


「世話をかけさせてくれる」


 と呟気を聞き逃さなかったロォズが、ここぞとばかりに厭味ったらしく文句を垂れる。


「ついさっきまでレイブ様が勝つなんて思っていらっしゃらなかったくせに。

 勝った途端に他の頭領の目や体面を気にするなんて。

 本当に頼りになる兄上様ですこと」


「そういうおまえは、本当にレイブが勝つと思っていたのか?」


 痛いところを突かれたロォズは、一瞬言葉に詰まったが、すぐに胸を張って言い返した。


「あ、当たり前じゃないですか!!」


 言い放つと同時に、すぐにシルヴァリスの後を追って駆け出した。

 

 その後ろ姿を鼻で笑いながら、ウェイドは観覧席に視線を向けた。

 

 そこに居並ぶ強面の頭領たちは、シルヴァリスを乗せた飛翔座がリオン家の陣から飛び立つのを見ると、その表情をいっそう険しくさせていた。


 それを見たウェイドは、しかしどこ吹く風で顎を逸らし、大股で歩き始めた。

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