第2話 レイブの驚愕
ところで――
この
動けと念じれば、骸装騎が動く。
その逆はあり得ない。
はずだった。
予想していた衝撃の代わりに、とてつもない違和感に襲われたレイブは、大慌てで目を開いた。
勝手に動いた手足が、動いてから事後承諾を脳に求めてくるような、奇妙な感覚。
横倒しになっていた身体が、つまり乗っている骸装騎が自分の意を介さずに起き上がったのだ。
その異常事態に恐慌をきたす間もない。
ふた振りの剣がぶつかり合い、耳をつんざく金属音と、視界を焼くほどの火花が激しく撒き散らされた。
敵の斬撃を間一髪で受け止めた。
その事実を脳が認識するより先に、レイブは神骸座の中を見回す。
もちろん、一人乗りの神骸座には誰もいない。
「な、なな、何だこれ!? 何が起こってるんだ!?」
答えの代わりに、ふたたび脳と身体がばらばらになったような感覚に混乱させられた。
膝立ちの姿勢から、骸装騎が敵の剣を押し返し、立ち上がろうとしているのだ。
レイブは反射的に、その自分の意思ではない動きに抵抗しようとする。
しかし骸装騎はまったく言うことを聞いてくれない。
まるで、別の誰かの命令を優先しているかのように。
「ど、どうなってんだ!?
鎧装騎が自分で動き出すなんて聞いたことないけど。
ま、まさかご先祖様が生き返ったとか!?」
レイブのあるはずのない仮説をよそに、敵が、いきなり変わった相手の様子に一瞬だけ怯んだ。
その隙を見逃さず。
レイブの骸装騎は一気に身体を伸ばし、剣を跳ね飛ばしながら立ち上がった。
まるで相手の呼吸を計ったかのような洗練された動き。
自分には決して出来ない挙動。
間違いなく自分以外の誰かが動かしている。
そう確信したレイブだったが、どうすることもできない。
ただ、神骸座の中から外の光景に見入るだけだった。
シルヴァリスの反撃は、一瞬で終わる。
脚があり得ない速度で踏み込まれた。
釣られてレイブの生身の足も跳ね上がり、神骸座の中で一回転する。
同時に、彼の骸装騎が弾かれたように前方へ、敵の懐へと飛び込んだ。
「うわ……!?」
身体がねじれ、腕が大きく後方に引っ張られる。
レイブは、ようやく自分の身体が、骸装機の動きを後追いしていることに気づく。
気づいた瞬間、その腕が横薙ぎに払われた。
重い、今まで一度も味わったことのない衝撃と感触が手の平に、手首に、腕に伝わり、脳がその情報を遅れて受け取る。
それでやっと、敵に対して致命的な一撃を当てたと理解した。
その時には、すでに彼の骸装騎は返す刀で、とどめの二撃目を繰り出そうとするところだった。
ふたたびレイブの身体がねじられる。
全身の骨が悲鳴を上げて、筋肉の限界を超えた速度で腕が振られる。
今度は不思議と手応えがなかった。
気がつけば敵骸装騎の首から上が、なくなっていた。
巨大な人型がゆっくりと傾ぎ出す。
やがて耳を聾する轟音と、盛大に巻き上げられた砂塵が戦いの終わりを告げた。
残響が消え、一瞬の静寂の訪れる。
直後、伝声石が割れんばかりの歓声を張り上げた。
「凄いわ、レイブ様! 勝ちましたよ!! あなたが勝ったんですよ!!」
伝声石の声は、レイブの虚脱したような気分とは裏腹に、明るく弾んでいる。
「う、うん。そうみたいだね……」
レイブは上の空で返事をして、神骸座の中に視線をさまよわせた。
やはり、誰もいない。
そして、彼の意に反して動いていた骸装騎も、さっきまでの獅子奮迅の活躍が嘘のように、今は、ただ棒立ちになっていた。
「やればできるじゃないですか!
あんな見事な戦い、わたしは見たことありませんよ!!
さすがリオン家のお世継ぎだけのことはあります!!」
自分のことのように喜ぶロォズの声だったが、勝利に全く実感のないレイブは、彼女の興奮をよそに不安を増幅させていく。
ふと頭上を見上げると感合石が心もとなげに明滅していた。
まるで彼の内心を反映しているようだ。
「……誰?」
レイブは恐る恐る声を出して問いかけた。
この骸装騎の中には、自分がいる神骸座以外に人の入る隙間などないことはわかっている。
それでも、レイブは返事が返ってくることを確信して、もう一度呼びかけた。
「誰かいるんだろ? 誰だい?
僕はレイブ。レイブ・リオン。返事をしてくれ。
まさか、本当にご先祖様が生き返ったの?」
言葉が聞こえたのか。
あるいは敵意がないことを感じ取ったのか。
不意にレイブは、自分の頭の中に、何かが入ってきたのを感じた。
異物と思えるほど鮮明で強烈な、自分ではない誰かの思念の塊。
それが、レイブの脳内で弾けた。
〈誰だ、わたしの中にいるのは!?〉
言葉ではなく、思考そのものを伝えてくる誰かに、レイブは慎重に答えを返した。
「お、落ち着いて。
僕の声が聞こえるんだね?
よかった。君は一体どこにいるんだい?」
〈どこにいるって、わたしはここにいるぞ〉
「ここって……。この骸装騎には人が入り込める隙間なんてないはずだよ。
まして、勝手に動かす方法なんて……」
〈勝手に? 何を言ってるんだ?
これはわたしの身体……、わたしの……〉
「どうしたの?」
急に途絶えた頭の中の声に、レイブが胸騒ぎを覚える。
「ねえ、返事をして。君。ねえ!」
〈な…………〉
「え?」
〈……な、何だこの身体は!!
わたしはいったいどうなってしまったんだ!!〉
「何を……、うわっ……、ちょっと……!!」
骸装騎のどこかにいる誰かは、何らかの理由で恐慌をきたしたらしい。
ガシャガシャと、あっちこっちを乱暴にまさぐりはじめた。
釣られてレイブの手も自分の身体を乱暴に叩き始める。
〈なんだこれ! なんだこれは!!
どうしてこんな……、うわ、うわ、うわああああ!!〉
「だから落ち着いて!!
頼むから暴れないで……。
痛い、痛いってば!!」
〈これが落ち着いていられるか!!
自分の身体がおかしくなって、その身体の中から誰かに話しかけられてみろ!!
普通なら気が狂うぞ!!〉
「そ、そうだね。確かに君の言う通りだ」
レイブは相手が何の話をしているのかさっぱりわからなかったが、取り敢えず刺激しないように同意した。
「でも、だからって暴れてもどうしようもないだろ。
とにかく落ち着こう。
力を抜いて、深呼吸だ」
〈う、うん。確かにそうだな。
落ち着かなければ。
落ち着け、わたし。深呼吸だ。深呼吸。
呼吸…………、え?〉
「ど、どうしたの?」
またしても思念が途切れ、ざわざわとした動揺の波だけがレイブに伝わり始めた。
嫌な予感に突き動かされ、レイブはおずおずと声をかける。
「……大丈夫かい?」
大丈夫ではなかった。
〈うわ……、うわああ!! わあああああああああああああああ!!!〉
「わああああああああああああああああ!!!」
暴風としか言いようのない思念の塊に脳を直撃され、レイブも悲鳴を上げる。
〈してないしてないしてないしてないしてない、してないぞ、わたしはしてないぞ!!〉
レイブは、ガンガンと頭蓋内で反響する絶叫に頭を抱えながら、問い返す。
「な、何を!?」
〈息だ!!〉
「ええ!?」
〈わたしは息をしてないんだ!!
呼吸を……!!
スーハースーハー、ほら!!〉
「いや、ほらって言われても……」
レイブは途方に暮れた。
〈そんな、そんな、う、うわああ、……あああああああああああああ!!!〉
今度こそこの誰かは、対処できない衝撃を受けたようで、骸装騎の顔をかきむしり始める。
当然、レイブも釣られて自分の顔をガシガシとかきむしることになり、やがてバンバンと力任せに叩き始めた。
「痛い! ちょ……、頼むから、落ち着いて。痛い、痛いから……」
誰かは聞いていなかった。
ひとしきり自らの顔や身体を痛めつけた後、ついには地面に両膝をつき、うずくまってしまった。
絶叫の代わりに、恐怖と絶望に塗り込められた激情の波が、レイブに押し寄せる。
その痛切さに自身の心まで揺さぶられたレイブは、同調して涙を流しそうになってしまう。
しかし苦しげな誰かが暴れるのをやめたことに気づくと、静かに、できるだけ静かに立ち上がった。
そのまま、ざわめく闘技場の、リオン家の陣に向かうべく、一歩を踏み出した。
「大丈夫。大丈夫だから」
何がどう大丈夫なのか、自分でもまったく理解していなかったが、とにかく優しく、自分に言い聞かせるように話しかけた。
誰かは、何も考えられなくなったように黙りこくっているが、抱えている不安は相変わらずレイブにも感じることができた。
まるでつながっているようだ。
誰かは呼吸をしていない。
会話も声ではない。
そして骸装騎を動かしている。
さらに、
「何だこの身体は」
と驚いていた。
レイブの考えが、信じがたい結論に向かっていった。
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