心ならずも先祖伝来の巨大美女型兵器を駆る若き頭領と、そこに宿った異世界の女戦士の闘争譚

生気団

第1話 リオン家の頭領

 よけきれない。


 エルヴィア・ビーヌ・デュオラン・トリアが悟った刹那、鈍い光沢を放つ切っ先が自分の胸に突き刺さっていた。

 やみくもに突っ込んできた敵を斬り伏せた、その直後の隙だった。


 衝撃で兜がはじけ飛ぶ。

 優美な輪郭に縁どられた女の顔が露わになり、まとめていた黒髪が解けて振り乱れる。

 

 甲冑の継ぎ目を貫通し、肋骨を砕き、心臓を抉り、背骨を寸断する刃を沸き上がる灼熱とともに実感しながら、エルヴィアは自分を殺した相手の顔を見上げた。

 

 面頬を下ろした兜越しに光る青い瞳が、憐れむように一瞬だけ揺れた気がした。


 ごぽり、と喉から血塊が溢れる。

 刃が引き抜かれると同時に、エルヴィアの身体は糸が切れたように崩れ落ち、磨き上げられた石床に広がる血溜まりの中へ沈んだ。

 周囲に散乱する無数の死体の一つとなったのだ。

 

 それを見下ろす勝者は、甲冑を濡らす返り血を気にもせず、エルヴィアの髪を掴んで顔を確かめる。

 

 細い眉に鼻筋、ふっくらとした唇はかすかに開かれ、何か言おうとしているようだ。

 女にしては鍛えられていたが、戦場に立つにはあまりに華奢で、甲冑よりドレスが似合う面差しだった。

 

 戦士は光を失った褐色の瞳に満足すると、やにわに立ち上がり、


「討ち取ったりい!!」


 と大音声を張り上げた。


 やらなければやられる。

 とても単純で、厳格なルール。

 

 いつ果てるともなく続く絶叫と剣戟の音が反響する中。

 あるいは自分の断末魔が混ざっていたかもしれないのだ。

 疑問を挟む余地などない。

 

 やがて闘いが終わっても、死者たちに安息の埋葬は訪れない。。

 ある者は首を落とされ、ある者は無造作に積まれて焼かれるだけだ。

 

 それがどんな敵で、味方で、どれほど立派な大義名分のもとに行われた闘いだったのか。

 死んでいった者たちはもう気にしていなかった。

 

 ただ焼かれ、黒煙となり、自分たちが生きていた世界に残ろうともがきながら、空を鈍色に染めるだけだった。


 


 

 そして――


 


 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 

 エルヴィアがふと目覚めると、そこは灰白色の闇に満たされたどこかだった。

 

 何も見えない。

 暖かくも寒くもなく、上も下もない空間。

 

 全てが単一の色に染められた世界に漂いながら、エルヴィアは唐突に自分が死んだ瞬間を思い出した。

 慌てて胸に手を当てようとする。


 手が――なかった。


 胸もなかった。


 言いようのない根源的な恐怖に襲われ、身体をじたばたさせた。つもりだった。

 

 身体が消えていた。

 

 何もない。

 なのに自分という意識だけがここに在る。

 

 恐慌に陥りかけた意識を引き止めたのは、どこからか流れてくる微かな気配だった。

 

 身体のない自分がなぜ感じることができるのか。

 疑問に思う余裕すらない。

 何とか自分の存在を知らせようと、エルヴィアは躍起になった。

 ない腕を伸ばし、出るはずのない絶叫を張り上げて助けを求めた。


「誰かいるのか!? 答えてくれ!!」


 声なき声に呼応したように、灰白色の闇がざわめき始める。


「わたしは、死を恐れたことなんてない!! 

 でも、これが死の世界なのか!? 

 どうしてわたしはこんなところにいるんだ? 

 このままここで、永遠に漂い続けるのか!? 

 そんな……、そんな死は嫌だ!! 

 誰でもいい、答えてくれ! 

 誰か……!!」


 エルヴィアの慟哭。

 応えるように闇が渦を巻き、激流となって、彼女の意識を飲み込んだ。

 

 彼女は翻弄されながら、しかし自分がどこかに向かっているという感覚を得た。

 

 その最中。

 ほんの一瞬だけ。

 

 おびただしい数の光の粒子と、その粒子が織り成す無数の幾何学模様が見えたような気がした。

 

 が、確認する間もなく視界が閉ざされてしまう。


 エルヴィアは、行き着く先がどこであれ、ここよりはましでありますようにと願うことしかできないまま――


 すべてが消えた――





「……レイブ様!! レイブ様ってば! 

 目を覚ましてください、レイブ・リオン様!!」


 伝声石に自分の名を連呼されて、レイブは気を失う寸前でどうにか踏みとどまった。

 

 もろに受けた拳による一撃で、脳がまだユサユサ揺れていた。

 それでも、自分がどこで何をしているのかは思い出せた。


 僕はレイブ・リオン。17歳。

 リオン家の次期当主。

 じゃなくて、現当主。

 間違いない。

 そして今いる場所は、我が家に代々伝わる骸装騎がいそうきシルヴァリスの体内――神骸座。


「レイブ様! 目を覚まして!!」


「覚ましたよ……」


 レイブは自分への自己紹介で正気を確かめる作業を中断した。

 

 じっとりと汗をかいた全身に骸装騎の脈動が伝わってくる。

 気体とも液体ともつかない中に浮かんでいる身体に異常はないようだ。

 何より頭上に輝く感合石が憎らしいくらいに艶々としていた。

 

 まだ動けるらしい。

 残念ながら。


「……なんでこんなに頑丈なんだろ、ご先祖様の身体って」


「何んですって!! よく聞こえません!!」


 兜に仕込まれている伝声石がまた怒鳴った。

 声が激しくひび割れているのは、感度のせいだけではないだろう。

 レイブは慌ててお門違いの非難を飲み込んだ。


「動けますよね!!」


「も、もちろんだよ。ロォズ」


「しっかりしてください! 

 お披露目の儀で負けるなんて、リオン家の頭領として最低もいいところ……、後ろ!!」


 叫び声と同時に、レイブは反射的に強く念じた。

 後ろを斬る、と。

 感合石が呼応して、強烈な光を放つ。

 同時に目に映る景色が旋回した。

 神骸座の中で指一本動かしていないレイブ。

 

 しかし、確かな感覚を得ていた。

 自身の肉体の延長として存在する腕が、長大な剣を振るったという感覚を。

 そして、知覚した。

 それが空振りしたという虚しい事実を。

 

 バランスが崩れる。

 視界がぐらりと傾く。

 その端に映り込むものは。

 彼のでたらめな斬撃をやすやすとかわした敵の姿。


 巨大な骸装騎だ。


 人の形をしている。

 しかし、人より遥かに巨大な神秘の塊。


 本当に自分の目で見てるみたいだな、という呑気な感想も一瞬。

 横倒しになった衝撃に操縦座が激しく動揺し、再びレイブの意識が遠のきかける。

 巻き上がる砂塵を透かして、敵の剣が鈍い光を閃かせているのが見えた。

 

 人が持つものの数十倍ある質量の塊。

 それが無防備な首に振り下ろされれば、いかに頑丈な骸装騎も無事では済まない。

 ついでにレイブ自身も。


 レイブはまるで人ごとのようにその事実を受け止めた。

 心のどこかで、諦めと安堵の入り混じった感情を噛みしめて、最後の瞬間に備えて目を閉じる。


 初陣で無様に負ける。

 というか、初陣だからか。

 

 どっちにしても、僕らしい最期だ。

 

 ロォズ、ごめんよ。

 僕のことを僕以上に信じて、気にかけてくれたのに。

 応えられなくて、本当にごめん。


「レイブ様あああぁぁぁぁぁ!!」


 兜に反響する彼女の声は悲鳴になっていた。

 それでレイブが奇跡的な底力を発揮することはなく、ついに敵の剣が振り下ろされた。

 とどめを刺すために。

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