第三章 ハンカチに書いた卒業証書 二

 ステージの片隅で、何事かと、崩れた円陣を組んだメンバーたち。その全員の目を見てから、スイが語り始めた。

「完成度が当初の目標より下がるのは、もう仕方のないこと。

 私たちは、川の中を流れる小石なんですから、ずれてもこけても当たり前。それでも一度は飛び込んだ大河なんですから、このまま、傷だらけのまま、転がっていきましょうよ。

 MIA(ミックスド・アイドル・アーツ)の実現、体現。今の私たちはこんなにぼろぼろなんだから、達成できなくて当然。失敗してもいいじゃないですか」

 頭部と肩に傷を受けたチーズ。掌に穴を開けられた鉄子さん。足首を捻挫してしまったコロン。

 皆は、スイの話に引きこまれていく。

「そこで、一つ、提案があるんですけど」

 スイは、オーバーアクションぎみに、左手の人差し指を一本立てて、真上に振りかざす。

「本番では、観客が、満員の観客がいると思ってやってみませんか」

「満員って、何人?」

 コロンが訊く。

「千人くらい?」

 鉄子さんも、質問を上乗せする。

「どうせならもっと盛りましょうよ。二千……三千人に」

 チーズが被せたのは、質問ではなかった。願望だ。

 それを受けて、スイが続ける。

「リハの初日に、言ってたじゃないですか。

 あの時は、みんな乗り気だったじゃないですか。

 もう一度、あの日の気持ちを思い出してください」

 メンバーの頬に、赤みが差してきた。顔が、輝いてきた。

「観ていてくれる人が大勢いるって想像したら、燃えてきませんか?

 完成度度外視で、その人たちを楽しませてやろうって、思いませんか?」

 鉄子さんがうなずいた。

 チーズがうなずいた。チーズは、泣きそうに……はらりと左の頬へと一粒、右の頬へと二粒目も流れ落ちる。

 せっちんもうなずいた。

 キティラーもコロンも、もちろんうなずいた。みんながみんな、うなずいていた。

「楽しませるのが目的なんだから、まずは自分たちが楽しまなきゃね」

 鉄子さんが、初心に帰ったように、澄んだ目で言った。口許からは、八重歯を覗かせて。

 つられてチーズも、目許を拭ってはにかんだ。

「私も、しばらくそれを忘れていたように思います。

 えへっ。思い出しましたよ」

 せっちんまで、珍しく自主的に発言する。

「私も、当日は目いっぱい楽しませてもらおうと思います」

 今、このグループの中に、起爆剤が投げ込まれた気がした。

 当日、何かが爆発すると、確信できた。


      *


 リハーサル十二日目(ライブ本番まで残り六日)

 重点練習曲:降神曲・一番


 リハーサルは、否応なしに、最終段階、調整課程へと突入した。

 以降は、一日一曲、最終決定したセットリスト順に、課題曲――重点練習曲にして、リハーサルが進められた。

 セットリストの一曲目、ライブのオープニングは、名前通りの、降神曲・一番。

 奇をてらわず、OPSにしてはひねりがないのかもしれない自己紹介ソングだ。

「コールがほしいところですよね」

 というスイのわがままに、

「でも自分たちで吹き込むのもなんか……」

 と相談していたメンバーたちは、誰からともなく、視線を移し。

 そこにいたのは、僕だった。

 僕が、メンバーの呼び出しコールを入れることになってしまった。

 陰キャ、コミュ障を駆り出さないでくれ、と蒼白になりながらも、協力を拒むなんてできなかった。


      *


 リハーサル十三日目(ライブ本番まで残り五日)

 重点練習曲:降神曲・二番


 コロンがフィギュアスケート仕込みのステップを駆使して、細かく足取りを刻むのを、チーズが我流のタップダンス風の足捌きで同調させられるのかどうか――という趣向の一曲。ドロップが一番の見せ場。

 コロン先生が、着地させる足の位置を、左に右に、右に左にと複雑に変えながらステップを刻むのに対し、生徒のチーズは、その場で笑顔でスキップするだけ、というコミカルな振り付け。


      *


 リハーサル十四日目(ライブ本番まで残り四日)

 重点練習曲:降神曲・〇番


 個人的には待望の、ツインボーカルバージョンでは初お目見えとなるEDM曲。

 初めてMIA(ミックスド・アイドル・アーツ)を盛り込んで作られた曲だけあって、各メンバーの絡みがまんべんなく含まれている。

 楽曲にアレンジが施されたわけではないけど、ダンスに変更があった。

 スイがボーカルに専念するから、ドロップのダンスパフォーマンスは、本来の、スケートのスピンと新体操のリボンの渦という組み合わせになる。

 ……心配なのは、曲中に含まれる、怪我した状態での、コロンのダブルアクセル。

 そのジャンプさえ跳べれば、成功と言っていいだろう。


      *


 リハーサル十五日目(ライブ本番まで残り三日)

 重点練習曲:降神曲・三番


 バリバリのアイドルソング。

 Bメロから一気にテンポアップし、盛り上がっていく。

 古き良き歌謡曲とEDMを混ぜ合わせた、サビもあるけどその後にドロップもあるという中間的な位置づけのナンバー。

 この曲では、チーズが、サブボーカルに、ダッシュにと大車輪の活躍をする。


      *


 リハーサル十六日目(ライブ本番まで残り二日)

 重点練習曲:降神曲・六番


 深い。とにかく深い。

 MIA(ミックスド・アイドル・アーツ)とは何か、という問いに真正面から向き合い、とことん追求し、掘り下げた結果……。

 人間では絶対に作れない、とんでもない楽曲が飛び出してきた。

 仕上がりを観て、博士ドクターは、理論物理学アンドロイドであるとともに、宇宙哲学者でもあると認識させられた。


      *


 リハーサル十七日目(ライブ本番まで残り一日)

 重点練習曲:降神曲・四番


 キティラーのアカペラによる前サビから入るという、変則的な出だしの卒業ソング。

 そして、前半いっぱいはダンスがない、というのも、OPSの曲としては異例中の異例。こんなの、この一曲だけだ。

 前半と後半で、大きく変調するのがこの曲の特徴。


 バトンもリボンも、演技については博士ドクターも素人。技術的なアドバイスをくれる人はいない。コーチもいない中、鉄子さんの孤独な戦いは続いた。

 そして、ライブまであと一日を残すのみとなった今日。特訓を重ねた鉄子さんは、ついに、左手一本で、二つの手具をスイッチしながら操るという神業を会得したのだった。

 怪我人が続出したり、いろいろあったけど、エースは変更しないと博士ドクターが明言し、晴れてリハーサルは打ち上げとなった。

 最終調整に入ってからの数日間は、土星人サタンの攻撃がメンバーに炸裂する事態は避けられた。これは、大きかった。

 万全とはとても言えない状態だけど、それでも、OPSは、曲のパフォーマンスをなんとか仕上げて、本番、ライブ当日に臨めることとなった。


      *


 リハーサルは、その全日程が終了した。

 ライブは、もう明日に迫っている。

 空間に浮かぶ半透明のメモに表示されている時刻は、二十時七分。

 前夜祭、というわけでもないんだろうけど、明るくなる時間帯なんてないはずの薄闇の星空も、今は少しだけその明るさを増してくれている気がする。

 本番を明日に控えているということもあって、さすがに今日は、誰も居残り練習はしていない。博士ドクターが先に去った後、残りのメンバーも、続々とリモートチャージ場へと行き、体を丸めて動かなくなった。

 そんな中、なんとなく最後まで残ってしまったのは、僕と……水晶髑髏だった。

 この組み合わせは。

 否が応にも思い出してしまう。施設での、通信可能日ぼっち連合だ。

 ……スイは、その時のことなんて、もう覚えていないのかもしれない。

 当日、サイリウムを振るだけの僕は、スイを先にリモートチャージ場へ送り出そうと、声をかけようとして――。

 その目が何かを訴えているのに気づいた。

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