第一章 水晶髑髏伝説 二

 スイは申しわけなさそうに、首を横に振った。

『いくつか、ないこともないんですけど、どうも自信が』

 スイの続かぬ文に、せっちんが、

「今は分からなくても、時が来れば、スイさんも、直感で発動方法とか効果が理解できる気がします」

 予想とも慰めともつかない言葉をかけた。

 その横で、チーズは、キティラーと会話を始める。

「水晶髑髏の伝説って、どんなのなんですか?」

 そして、ちょっと小声になって。丸聞こえではあるんだけど。

「ぶっちゃけ、贋物なわけでしょう、水晶髑髏って」

「知ってんじゃん」

 と言いながらも、キティラーはO-Gオーグラスをエアクリックして、内蔵の事典に書かれている内容を、音声アシスタント機能は使わず、自分の声で読み上げていく。

「水晶髑髏……オーパーツの一つに数えられる、人間の頭骸骨を象ったオブジェクト。水晶製。古代マヤ、アステカ、インカ等中南米全域にまたがり複数個存在していたとされる。当時の技術水準からかけ離れ、あまりにも精巧に作られており、手作業で同等の精度のものを作ろうとすると、ゆうに三百年はかかる計算になる。

 ……もう少し詳しい記載もある。

 水晶髑髏は、世界に全部で十三個存在するとされている。

 何の目的で、どのような使われ方をしていたのかは不明。

 今までに発見されているのは……いっぱい出てくる。表示順に読むよ。

 ヘッジス・スカル。

 ブリティッシュ・スカル。

 パリス・スカル。

 マックス・スカル。

 レインボー・スカル。

 マヤ・スカル。

 アメジスト・スカル。

 ローズ・スカル。

 五十七ポンド・スカル。

 ヘルメス・スカル。

 イカボッド・スカル。

 マドレ・スカル。

 シャ・ナ・ラー・スカル。

 マハサマトマン・スカル……」

「ちょっと待ってください。もう十三個超えてますよ」

「でも、地図の言う通り、鑑定結果が出たものは、一つ残らず贋物だったんだって。機械の研磨跡があるとかで、贋物って確定してる」

「見つかっているものはそうだとしても」

 と、コロンが私見を挟む。

「見つかってないものの中には、ほんとに古代に作られたのがあるかも。

 贋物を作る時に、お手本にしたオリジナル――本物があると思うの。空想でデザインしたにしては、水晶髑髏って、格好良すぎない?」

『コロンちゃんのはニセモノ少なそうでいいですよね』

 スイが、変なうらやましがり方をした。

「真贋論争の他にも、ついて回る伝説があるのが、このオーパーツの特徴だね」

 キティラーは、またレンズに照射されたO-Gオーグラスの画面に視点を合わせ、そう述べる。

「ああ。なんかあったね」

「私も、聞いたことくらいはあります」

 鉄子さんやチーズ、何人かがうなずいた。

「伝説によると、十三個の水晶髑髏全てが集まった時、世界が滅びると言われている。

 しかし、また別の伝説では、人類は救世される、とも。

 アメリカ先住民の言い伝えによると、十三個の水晶髑髏全てが集まった時、人類の起源、生きる目的、たどることになる運命――それらの、生命と人類に関する究極の謎が解かれ、世界は救われる……らしい」

「二つの相反する伝説があるってのも、おかしな話だよね」

 鉄子さんが首をひねる。

 これにはみんなが同意した。

『仮に、全ての預言が正しいとしたら、とんでもないことになりますよ』

 述べたのは、当の水晶髑髏本人だった。

『一緒に語られてる、人類が救われるってのと、究極の謎が解けるってのは、全然別の事柄ですよね。なんで、その二つがセットになってるんでしょう?

 さらに、一番浸透していると思われる伝説も加えると。

 世界が滅びて、人類が救われる。そして究極の謎が解ける。

 こんなふうになってしまいます。

 こんな状況って、カオスすぎです』

「まあまあ。髑髏、落ち着きなよ」

 キティラーが、スイをなだめる。

「MIA(ミックスド・アイドル・アーツ)じゃないんだから、なにも全部混ぜなくても。

 『世界が滅びる』と『人類が救われる』の二つに関しては、相反する内容だから、普通に考えれば、どちらかが当たれば、もういっぽうは外れる。それだけのことだよ」

「あっ!」

 チーズは、はたとどんぐり眼を光らせた。

「でも、預言は預言です。人間の言ったことなんて、当たるとしても、ただの偶然になりますよね。だから、予測も不可能なんじゃないですか?」

「そこは、どうでもいいんだよ」

 キティラーが、ばっさりと切り捨てた。

 スイもうなずく。

「えっ?」

 不意を突かれてしまったチーズに、キティラーが教える。

「水晶髑髏にまつわる伝説は、あくまでモチーフ。

 神が、水晶髑髏伝説を基にして、それにちなんだ何らかの特殊スキルを、その格好をした者――スイに授けてくれたわけだから」

「ああ、そっか」

 チーズが腑に落ちた顔になった。それを見て、キティラーは続ける。

「預言なんて、当たるかどうかは分からない。

 それよりも重要なのは、神が、どっちの預言を採用したか。

 人類を滅亡させるのか。

 もしくは、救済した上に、叡智まで与えてくれるのか」

「もう答えは見えたね」

 鉄子さんは、確信に満ちた表情になった。

「だって、神は、人類の子孫なんでしょ。なら、その神が、人類を滅亡に導くなんてこと、絶対するわけがない」

 当然、誰もが同意すると思ったけど。

『でも、そんな、神をも凌ぐ力を、一人の人間に与えることなんてできるのでしょうか?』

 スイ自身は、あくまで懐疑的だった。

『それならまだ、究極の謎が解けるっていうののほうが現実味はあります。

 人類の起源、生きる目的、たどることになる運命、でしたっけ。

 そういう人類の叡智を、私に与えてくれるのではないかと。

 今の状況で、知識だけ得ても、何の役にも立たない気はしますけど』

「人類の起源、ね」

 興味深げに反応したのはキティラーだった。

「人間はどこからやって来たのか。

 これは、生物学においてだけではなく、宇宙科学とか哲学的な意味合いも含めた問いになる。

 なぜ、アミノ酸から人類まで進化できたのか。

 なぜ、そんなとほうもない偶然が起こったのか」

「ああ」とコロンが、思い出したように言った。

「その謎に対しては、エックスパーツに召還された当初、スイが唱えてた説があったわよね」

 うなずくだけのスイに代わって、コロンが再び口を開く。

「人類が神類に、時空を超えられる存在にまで進化して、人類を創造した、っていう仮説」

「そう。

 それを覆すことになるけど……いや、両立は可能か」

 キティラーが考え考え、言葉を紡ぐ。

「神は人類の子孫。人類が進化して、神になった。

 だけど、時空を超越して……ってことにしなくても、高度な生物には進化したけど、神が宇宙を創ったわけではない、ってことにしても、人類誕生の謎を解明できる説はあるんだよね」

「どんな?」

 鉄子さんが尋ねる。

多元宇宙マルチバース論。

 宇宙全体の外側に、あるいは次元が重なったこの場に、また別の宇宙があるって考え方」

「気が遠くなる話ね」

 貧血持ちのコロンが、本当に目眩がしたように頭を揺らし、嘆息した。

 再度、鉄子さんが尋ねる。

「いわゆるパラレルワールドとは違うの?」

「これは、もっと現実的な、科学的な理論なんだよ」

 キティラーは、O-Gオーグラスに頼らず、一気にすらすら述べていく。

「水、気温、重力……。

 かつてあった地球は、全ての要素が、生物にとって都合よくできすぎていた。

 なにしろ、一種類の元素の重さがちょっとだけ違ったとしたら、それだけで、生命は生まれていなかった可能性が高いんだから。

 生命の誕生を、偶然の無限の積み重ねとか、とんでもないくらいの奇跡って言葉を持ち出さなくても説明できる説がある。

 それが、多元宇宙マルチバース論。

 宇宙が一つしかないとしたら、人類の誕生なんて都合がよすぎる。説明しきれない。

 けど、宇宙が無数にあるとしたら。

 三次元と時間以外の次元もある宇宙。

 元素は一種類だけ、水素しかない宇宙。

 そのうちの一つくらいには、生命が誕生し得る環境が整った宇宙があったとしても不思議じゃない。

 つまり、生命が誕生して人類まで進化できた宇宙があるのは、偶然でも何でもない、当たり前のこと。

 ――って説だよ。超簡単に言うと」

「へえーっ」

 チーズがのけ反りながら感心した。横で聞いていたせっちんも、納得した様子でうなずいた。

 それを見て、キティラーも満足そうに首肯した。

 そっか。多元宇宙マルチバース論自体はちょっと知ってはいたけど、生命の誕生をうまく説明するのにも応用できるのか。

 ……僕は一人、想像してしまう。多元宇宙マルチバース論が正しいとすれば、何かがここと少しだけ違う宇宙も存在しているってことになる。

 せっちんと僕が揃って陽キャの宇宙。

 スイが優しい宇宙。

 さらには、人類はいるけど、土星人サタンが誕生していない宇宙、なんてのもあるのか。

 うらやましい限りだ。

「別の宇宙が本当にあるかどうかも含めた人類誕生の謎を、スイが知ることになるかもしれない、と」

 鉄子さんから半信半疑の目で見られたスイは、自らも、信じきれないという顔になった。

 キティラーは、そこで目を閉じた。

博士ドクターを起動してもいいけど、この件に関しての真偽は、AGIでも導き出せないだろうね」

 結局、スイの特殊スキルの能力は、議論しても、分からず仕舞いだった。

「スイ」

 コロンが、スイに尋ねる。

「能力はまだ分からないとして。

 発動方法に、思い当たることは?

 直感で、なんとなくこうかなっていうレベルの予想でもいいんだけど」

 スイは寂しそうに、無言で首を左右に振った。

 授かった特殊スキルを続々と発動させている因子持ちアイドルたちがいる中、自分だけ……という疎外感を味わっているのかもしれなかった。

「今の私たちは、神からの新たなコンタクトを待つしかないってことだね」

 キティラーが、諦めてそう言った。

 そして、無為に一月が経過した。

 待つだけになった因子持ちたち。

 スイの喉の傷が癒え、喋れるようになり。

 そこで始まったのが、歴女合戦だった。


      *


「私たちに足りていないのも、これなんじゃないですか?」

 スイが語りかけているのは、キティラーだけでなく、僕も含めたこの場の全員に向けてだった。

「これ、って何?」

 チーズがスイに訊いた。

 僕だって、スイのその言葉だけでは、チーズと同じように分からなかった。

 OPSのメンバーと僕の顔を、一人づつじっくり確認してから、スイが続ける。

「あえて、死地に赴くこと。先制攻撃です」

 平和呆けしていたメンバーたちの顔が、体内に電気が走ったように引き締まる。

「神がもつと言ってくれた、ステルス機能の八十九日。

 期限がきたら、どうします?」

 答えたのは、鉄子さんだった。

「行くしかなくなるね。どれだけ危険でも、神の元へ。

 生きているのか、目覚めてすぐに殺されたのか、確かめに」

「そうです。そして、これまでの一か月間、何の進展もなかったことから推測すると、あと二か月弱の間にも、やっぱり連絡なんて来ない可能性は、非常に高いと言わざるを得ません」

 痛いところを突いてきた。

「……そうだね。髑髏の意見は正しいのかもしれない」

 言論巧者のキティラーをまず陥落させたのは大きかった。

 コロン、鉄子さんも、キティラーに倣い、スイに同調し始める。

 意見を求められはしたけど、僕も、チーズも、反論は敵わず。

 最後の砦、せっちんも「ありません」と小声で答え、それで皆の意思統一が成された。スイが言い出した提案は、全員一致で答えが出た。

 議論の末に、僕らは、ついに、自ら赴くことになった。虎の穴、という表現では生易しすぎる、多大な危険を孕んだ、土星人サタンの本拠地、土星域へ。


 僕を含めた因子持ち全員は、マイクロアースの上、神の木の傍らで、円になって座っている。

 ライトは点けていない、アンプもスピーカーも、あのライブ当日以降、使用しなくなって久しい。

 博士ドクターは、僕らから二十メートルばかり離れたリモートチャージ場所に立っているものの、電源は入っていない。節電だ。

 いつからか立ち上がってしまっていたスイを今一度座らせ、一呼吸おいてから、キティラーは再び口を開いた。

「土星域に行くとすると、部隊を決めないとね。

 メンバーは誰にする?」

 キティラーの問いかけに、スイが目をしばたかせた。

「全員で行くんじゃないんですか?」

 問い返したスイを、キティラーは一瞥した。

「髑髏、あんたねー……。無鉄砲にもほどがあるよ。

 もちろん、捨て駒にするつもりはないけど、何かあった時のために、ここに残っている人間は、多ければ多いほうがいいに決まってる」

「かと言って、チーズ一人で行ってもらうのも……」

 鉄子さんが、姉か誰か、身内のような目になって、チーズを見る。

「なら、私が」

 間髪置かず、スイが同行者に名乗りを上げると、

「私も行く」

 とコロンも立候補した。

「だから、大人数にするのは避けたほうがいいんだって」

 キティラーは、皆を諌める役を一身に引き受けているせいで、大わらわだ。

 そこに、僕も飛び入り参加してしまう。

「僕がついて行きます」

「ヘタレっちもさあ、人の話聞いて――」

「みんなじゃなくて、ついて行くのは僕だけで」

「えっ」

 チーズと目が合う。

「じゃあ、チーちゃん、一緒に行きたい人選んで」

 スイが、自分が選ばれる自信があるという顔つきになって言った。

 仲が良ければ選ばれるってわけでもないだろうに。

「地図が決めていいわけじゃないよ」

「そんなー」

 スイは抗議するけど、キティラーは譲らない。

「駄目なものは駄目」

「それなら、誰が決めるんですか? 博士ドクターに決めてもらいますか?」

 言って、リモートチャージ場所を振り返って、ここしばらく電源が入っていない、直立不動の博士ドクターへと視線を送る。

「こういうことは、私たちで決めるべきじゃないかな」

 珍しく、鉄子さんが大人っぽい顔になって意見した。

 スイとコロンが、目と目で互いに牽制し合う。

「話し合っても、もつれるだけだと思いますけど」

 匙を投げるように、コロンから目を逸らしたスイは、キティラーを見やった。

「たしかにね」

 今度は、キティラーも同意した。

 で、結局、やっぱりチーズが、同行者を一人指名することになった。

 コロンが、先回りして釘を刺す。

「チーズ、旅行ではないんだから――」

「分かってます。身体能力中心に、総合的に決めさせてもらいます」

 チーズは、スイともコロンとも目を合わせなかった。

 目を合わせたのは――。

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