海開きの扉は内開き

さわみずのあん

海開きの扉は内開き

「説明しろっ!」

「どういうことだっ!」

「ふざけてんのかっ!」

「おかしいだろっ!」

 大勢の人前で、私は詰られ、怒号を浴びる。

 おまけに、照りつく夏の日差しをも浴びる。

 熱を帯びる声と光で気圧され、海水浴場の砂に、足元から、ズブズブと埋められていく気分。


「ですから、みなさん、落ち着いてください。何度も説明した通り、この海は、遊泳禁止なんですっ。まだ海開きをしていないんですっ」

「納得いかねえっ!」

「もう七月だろっ!」

「でっ、ですからっ! とっ、扉がっ、海への扉がっ、蝶番がっ、潮風で、錆びてしまってっ」

「怠慢だっ!」

「税金泥棒っ!」


 こう言えば、返す刀。照り返す真夏の光線。

 たじたじと後ろへ退がる私の背中、当たる扉は、まるで、私のことなどお構いなく。

 海岸線の前に、ただ立っている。


「どけっ、ちょっと、そこをどけっ!」

 群衆から、一人の男が掻き分け、私と扉の前にやって来た。

「俺がその扉を開いて、海開きをしてやるよ」

「まっ、待ってください、やめてくださいっ。そんな、無理やり、開いてはっ!」


 バキッ、パッ、キン。

 蝶番の弾け飛ぶ音。


「なんだ開いたじゃねえか、オラっ、海開きだぁーっ!」

 そう言って、男は、扉を通り、海へ駆けて行った。

「やっほー、海だーっ」

「待ってましたー」

「どけどけー」

「ちょっと、私が先よ」


 たが、の外れた大衆が、扉を抜けて、海へと傾れ込む。


「待ってくださいっ、危険ですっ」

「うるせえっ」

 私の静止などお構いなし。

 皆、海へと入っていく。


「あれっ、おかしくね?」

「なんか、浅いな」

「ずっと、足首までしか」

 海に入った者たちから、そんな声が聞こえる。


 海は、左右に割れ、開いてしまった。




「説明しろっ!」

「どういうことだっ!」

「ふざけてんのかっ!」

「おかしいだろっ!」

 大勢の人前で、私は詰られ、怒号を浴びる。

 真夏のような照明が私を詰め寄る。

 海開きの件での記者会見は、各局のテレビ番組が放映をしているらしい。


 私は、深く深く深く。

 下げた頭を上げて、こう言った。

「大変申し訳ございません。モーセ開きのしようもございません」




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海開きの扉は内開き さわみずのあん @sawamizunoann

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