第46話  告白の檻(The Confession Cell)—後半

沈黙を破ったのは、しずだった。

「お父さん――」

その声は小さかったが、

尋問室のどんな機械音よりも、深く響いた。

マークの視線が、ようやく現実へと戻る。

焦点の合わない瞳が、娘の輪郭を探す。

「……この人は本気で信じてる。」

しずの言葉は、冷たくも優しい。

「罪の意識なんて、もう超えてるんだよ。」

暁人が動こうとしたが、リンが腕を掴んで止めた。

彼女の指先は冷たい。

だが震えてはいなかった。

ミネルヴァが淡々と告げる。

「発話波形――宗教的陶酔。理性喪失レベル、七十八パーセント。」

マークは、笑っていた。

けれどその笑みは痛みを孕んでいた。

「神は私を見放さなかった。」

「だからアストリアスは、杏璃を封印して守った。

 あれが神の赦しなんだ。」

涙が一筋、頬を伝う。

それは狂信者の涙ではなく、

どこかで人間の心が最後に残した証のようだった。

ローレンスは静かに息を吐き、

机の上の記録をスクロールさせる。

「……彼が言う“封印”は、本当なのか?」

ミネルヴァが即答する。

「座標データ一致。

 記憶の深層に、封印座標らしき情報を検出しました。」

「つまり――」

「鍵は、彼の中にあります。」

リンが顔を上げた。

静かに、だが迷いのない声で言う。

「だったら、開けよう。

 おばあちゃんを――杏璃を。」

ローレンスが一度、彼女を見た。

その瞳の奥に、覚悟の光がある。

彼は短く頷いた。

「アストリアスを呼ぶ。」

ミネルヴァが補助モジュールを展開し、

部屋の照明がゆっくりと落ちていく。

青白い光の帯が天井から降り、

マークの体を包み込む。

光は生き物のように脈動し、

その内部で記憶データの波が走る。

マークの口元が微かに動いた。

「やっと……救いが見える。」

暁人の声が低く重なる。

「それは、誰のための救いだ……」

マークは答えない。

ただ、光の中で目を閉じた。

静かに、ゆっくりと、

その身体が光に飲まれていく。

ローレンスは腕を組み、

しずとリンの背中を見つめながら呟いた。

「――この扉の先に、何が待つかはまだ誰にもわからない。

 だが開けなければ、何も取り戻せない。」

照明が完全に落ちる。

残ったのは青白い残光だけ。

ミネルヴァの声が、ほとんど祈りのように響いた。

「シーケンス起動。

 座標:アストリアス。

 コード――“Rite of Return”。」

青い光が一閃し、

尋問室の壁が崩れるように白く飛ぶ。

音が消えた。

マークの笑みが、光の中に溶ける。

――救いか、滅びか。

その区別を、誰もまだ知らなかった。


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