第45話  告白の檻(The Confession Cell)—前半

夜明け前、クロノブリッジ第4研究棟・尋問室。

壁に青い警光が跳ね、冷えたガラスが呼吸を忘れているかのように沈黙していた。

正面の拘束椅子にはマーク・バーロウ。

瞳は焦点を結ばず、虚空の一点を見ている。

ローレンスは卓上の記録端末を横へ押しやり、真っ直ぐに男を見る。

脇には暁人、しず、リン。

天井からはミネルヴァのホログラムが薄く降りて、全身の発話波形を監視していた。

音は少ない。扉のシールがわずかに軋む、機械の腹音のような振動だけ。

導入の和音はC。氷のように透明で、割れやすい緊張感。

「始めよう」

ローレンスの声は低く、氷面を押す指の圧に似ている。

「――なぜ、しずを誘拐した」

マークは笑った。最初の一拍は無音。

それから喉の奥で小さく弾ける。

「俺は選ばれたんだよ」

乾いた笑いは、すぐに熱を帯びる。

「お告げがあった。崇高なる民が降りる、と。

赤い空を裂いて、白い影が降りる。器は人で、神の声は土の底から上がってくる」

尋問室のモニタが、連動するように微光を走らせた。

ノイズの粒が赤に偏光し、白い人影の輪郭線を作る。

映像は現実ではない。彼の脳の中の“幻視”だ。だが、可視化は容赦がない。

「――ヴェルム人の降臨。救済の始まりだ」

マークは言葉を噛みしめるように続けた。

「ディタラボッチは器になる。しずは鍵。杏璃は橋渡しだった」

暁人の拳が机を叩く。鈍い音が、冷たい空気を一段落とした。

「……ヴェルム人、だと? お前は――」

「軽々しく御名を口にするなッ!」

マークは暴発する火薬のように叫び、拘束椅子ごと身を仰け反らせる。

血走った瞳の奥で、赤い空がまた点滅する。

「お前たちは見えない。見ようともしない。

滅びの潮がどこから来るのかも、止める術も知らないくせに――資格がない!」

ローレンスは動かない。

感情に揺らがない声だけが、再び冷たい音階を刻む。

「“鍵”というのは、何を開く」

マークは呼吸を荒げ、唇を濡らし、また笑った。

「赦しだよ。門だ。閉ざされた口を、もう一度開くための――

崇高なる民の言葉を、正しくこの世へ通すための穴だ」

尋問室の照明が微かに脈打つ。

ミネルヴァがサブディスプレイで波形を重ねた。

発話リズム、祈祷の拍に一致。

陶酔のドラムが、理性の弁を叩きつけている。

「神は私を見放さなかった」

マークの声は細く、しかし確かだった。

「だからアストリアスは、杏璃を封印して守った。

あれが赦しの第一歩なんだ。

あなたたちは知らない。封印の内にある安寧を――」

リンの指がわずかに動いた。

膝上で握られた拳が、衣の上から音もなく震える。

しずの視線は揺れない。

ただ、凪いだ湖の底へ石が落ちるように、何かを決めて沈んでゆく。

「答えろ」

ローレンスは重ねる。

「“橋渡し”として、杏璃に何をさせた」

マークはゆっくりと天井を見た。

視線はミネルヴァの光を貫いて、さらに上、夜明け前の空の厚みにまで届こうとする。

「門を守らせた。

人の理性じゃなく、神の理に従って。

お前たちの正義は、門を壊す。

だから、私たちが先に――」

そこで言葉はふっと切れ、乾いた笑いが残った。

尋問室の空気は、サビの頂で薄く震える。

祈りと断罪と、赦しへの渇望が、同じ喉から交互にこぼれて床に落ちる。

ミネルヴァのホログラムが、微かな位相ズレを示すグリッドを投影した。

「発話波形、宗教的陶酔へ移行。

意志決定系に顕著な外部命令痕跡――幻視起点の反復学習が疑われます」

ローレンスは視線だけで合図を送り、記録係にマーキングを指示する。

卓上のメトロノームが、誰にも触れられないままカツ、と一度だけ鳴った。

Cの和音が、ここで初めてきしむ。

――沈黙が戻る。

だが沈黙は、もう最初の沈黙ではない。

冷たさの下に、焦げた匂いが混ざっていた。



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