第15話決着
時間は少し前に遡る。
フィーリアスが城の庭を歩いていると、どこからともなく火球が飛んでくる。彼はそれをひらりと避けた。
「何するんだい、道化王?」
彼の目の前には先程の火球を放ったと思われる道化王がいた。
彼の手には鮮やかな色の石が握られていた。その石を握りしめ、憎悪と恐怖が混じった目でフィーリアスを睨んでいた。
「何故だ・・・。何故来たんだ不明王・・・!」
「何故って・・・、君は奪ったじゃないか」
「何をだ‼」
「花嫁」
「あれは俺のだぁ!」
道化王は赤の石を投げる。するとその石から炎が出てきて鳥の形になり、フィーリアスに向かって突撃する。
「ファイア!」
「氷の壁」
しかしフィーリアスは即座に相対属性の魔法で打ち消していく。
「くそっ、くそっ!」
「・・・・・・」
道化王の魔法は全てフィーリアスが打ち消していった。これでは埒が明かない。
それどころか、放たれている魔法に対し、ぶつぶつと何かを呟いていた。その行動にますます苛立ちを隠せない道化王である。
「貴様ァ! なにをしゃべっている! いい加減死ねぇ‼」
「ン? ああ、あまりにも杜撰で下手な魔法だと思ってねぇ」
「ああ⁉」
道化王の魔法を無力化しながら説明していく。
「魔法は発動方法においても、多様だ。君の場合は媒介を用意してそこから発動するものだ。道化王らしく、数多の道具を用いて神出鬼没、予想不可能のタイミングや威力を繰り出す。それが根幹にある」
「それがどうした‼」
道化王はナイフやボールなどを駆使し、魔法を展開している。その展開は確かに予測不可能に見える。現にナイフの軌道は変則的、魔法も多種多様で防ぐのも困難といえる。
しかし――
「一辺倒すぎる。捻りがない」
「⁉」
「さっきから基本五属性の魔法しか見ていない。光や闇も使えばいいのに」
「そ、それは・・・」
「原因はわかる。単に自信がないのだろう。五属性の応用どころか光属性の回復もまともに出来ていないじゃないかい。光や闇の応用を知らないと見える」
道化王はフィーリアスの言っていることが理解できなかった。五属性の応用は規模が大きくなるので使用しないだけで、自分の方が魔法が上手だと自負もしているからだ。そして何より、光や闇の魔法の応用というものは道化王の知る限り、
「光や闇の応用なんて存在しない」
道化王はフィーリアスに言い切った。
「応用が無いからこそ、光や闇の魔法は工夫しなくても通用する。何よりその二属性の魔法を使うやつは極めて珍しい。だから――」
「そう。だからこそ教えられることも少なく術式的にも単調になりやすい」
フィーリアスは道化王の言葉に被せるように言い放つ。
「光の術式の根幹は祝福と生命だ。故に悪魔に有効な属性。反対に闇の術式は呪いや代償、死などのマイナス面が主な根幹となる」
「そんなことは知っている。なのにさっきから、闇属性の『死弾』を放っているのに一切効いていない。ふざけるな。早く死ね。そして花嫁を俺によこせぇ‼‼」
「断る。――さて続きだが、『死弾』を放っているのは確認している。効いていないのは、闇の応用をしているからさ」
「だからどうしたの言うんだ!」
「まず闇の魔法の応用――結論から言えば、その魔法を『殺し』、代償を『施し』に変えているだけなんだよ」
「・・・・・・は?」
道化王は意味が分からなかった。なぜならそれが意味するところは、闇とは言えないからである。
「意味が分からない。闇の魔法は本来、消滅や破壊が主の魔法だ。施しや無効化なんて、それは光の魔法の領分じゃないか・・・!」
フィーリアスはその言葉に頷くと、右手で極細の光の槍を形成していく。
「その通り。では、ここで疑問が残る。闇の魔法を施しというのであれば、光の応用はいったい何になるのか」
道化王に向かって超高速の光の槍を放つ。道化王はその攻撃に反応できずに肩に刺さってしまう。
「結論――罪人や極悪人に傷を癒す、罪を洗い流す。そんな生ぬるい光なんてあるわけないだろう?」
光の槍から激痛が走る。
肩のみではなく、体がねじ切れるような感覚。自分の四肢が切断され、血が辺りにまき散らされていく。
「・・・がっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼⁇」
道化王の体がわずかに切れていく。鼻血を出し吐血もしていた。
「なにをした・・・⁉」
「何をしたか、か・・・。光の魔法の応用を君に身を以て体験してもらった」
「光の魔法⁉ 痛みがあるんだぞ! 光の魔法は痛みとは無縁のはずだ・・・!」
「光の魔法は慈悲と救済、祝福が本質だ。痛みという救済を君に与えた」
道化王は痛みに顔を歪ませて睨む。
フィーリアスはそんなもの気にもとめず、説明していく。
「僕はこれを反転の応用と呼んでいる。闇の魔法の応用は傷を消滅させ、再生するものだ。ただ、結構グロテスクだから見せたくないがね」
フィーリアスはここでおしまいというようなそぶりで歩き出す。
道化王はそれに従い、後退るのみだ。
やがて、道化王は背中を壁につき、逃げる場所を失ってしまった。
フィーリアスが近づき、道化王は恐怖から顔を青ざめている。
その時である。
空から黒のロボットと莉緒が落ちてきた。
黒のロボットはフィーリアスが秘密裏に投入したアンドロイドであるが、ここに莉緒が来ることは予想外であった。
「莉緒?」
フィーリアスは思わず声に出てしまった。
救いの女神が現れたとばかりに道化王が莉緒に視線を向ける。
これでもう不明王など怖くないとばかりに。
利用して散々使ってから捨ててやるという下卑た目を彼女に向けて、にやけていた。
しかも魔力全開放の状態で。
「おお、来てくれたんだな。花嫁」
「ひっ・・・!」
「おい、そこのお前! それを俺のもとにもってこい!」
『・・・・・・・』
魔力を全開にして自分に従うように声による洗脳をかける。
しかし黒のアンドロイド――ヴァルガングⅡは何も反応しない。ようやく動き出し、莉緒を持ち上げて王のもとに行く。
不明王フィーリアスのもとに。
「大丈夫かい? 莉緒」
「・・・はい」
納得がいかないのかその光景を見て地団駄を踏む道化王。その様子をフィーリアス達は静かに見ていた。
「何故だ! 何故従わない!」
「それは、こいつが人間じゃないからだ」
「・・・は?」
「こいつは僕が作ったアンドロイド。だからお前の魔力も効かない」
「な、ななな――」
「まあ、それはともかくだ――おい」
その瞬間、空間が凍った。道化王も城の外で〝蹂躙〟していたオウリア達も、恐怖で体を強張らせる。
発生源はフィーリアス。彼が発しているものは純粋な殺気であった。
「僕の弟子に・・・何をした」
「ぇ・・・」
「何をしたかと聞いている‼‼‼」
彼は怒っていた。
莉緒の服が所々敗れていることに気づいて。道化王に。
すると、道化王はそんなことかと笑って答える。
「そいつは俺のものだからな。何をしようと自由だ。だったら犯したって文句はないだろう? むしろ光栄に――」
「黙れ」
「あ?」
「――そうかそうか。なるほどなぁ?」
「な、何がだよ? おいちょっ―」
「・・・お前は不明王の名のもとに王の権限を剥奪し、殺す」
そう言って一人で納得しているフィーリアスは、まだ状況を把握できていない道化王の懐に一瞬で潜り込み、彼の心臓に腰に携えていた宝剣を刺した。
「脆い。醜い。弱い。そして何より価値がない」
「なっ・・・⁉」
「こんな奴に王の資格など宝の持ち腐れだ。こんな奴と同じ王なのが恥ずかしい」
「ガ・・・ハッ・・・!」
「死ね」
フィーリアスは深々と剣を刺す。顔にまかれた包帯が所々血で濡れていた。
表情はわからないが、おそらく落胆しているのだろう。声に失望の色が混じっている。
道化王はそんな彼を見て血走っている目を思い切り見開いて、思い切り睨んだ。
そして道化王は悲鳴を押し殺し、血が流れることもいとわずにその剣を握り、逃がさないようにフィーリアスを羽交い締めにした。
「お前らぁ! 今だやれええええええええええええ!」
その声に応えるかのように、隠れていた眷属達が武器を持って飛び掛かる。
「ギャハハハハハハハ‼‼ お前も道連れだぁ、不明王ぉ‼‼」
奇襲に成功したとばかりに下品な笑い声をあげる道化王。その体には自爆の術式を浮かび上がらせている。
術式範囲は三メートル。効果は最大出力の超小型で最大威力の自爆術式である。
このままではフィーリアスの体に数多の武器が突き刺さり、彼は即座に死んでしまうだろう。
莉緒は思わず目を瞑った。ヴァルガングⅡはそんな彼女を守るかのように覆いかぶさる。
しかし、多対一に持ち込んだ時点で道化王の敗北は決まった(・・・・・・・)。
「な、なんだ?」
「か、体が吸い寄せられる・・・!」
「⁉」
眷属達は体の自由が利かなくなり皆、フィーリアスのもとに強制的に吸い寄せられる。
「な、なんだ?」
「僕は言ったはずだ」
「‼‼」
「死ねと。そしてその言葉はお前だけに向けられたものじゃない。お前に関わる者全てだ」
「な・・・ッ」
「ククク・・・ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼‼ 無様だなぁ? 浅はかだなぁ? お前はいつもそうだよなぁ? 王という立場に酔いしれ、傲慢が過ぎるとは思わないのかぁ⁉」
フィーリアスの体に魔力が溢れ流れ出てくる。
道化王もその眷属達も金縛りにあったかのように動かなかった。
「嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」
解き放たれるは、不明の魔力のそのものにして王が持つ第一の魔力。
それは過去に大天使ミカエルとその部下を飲み込んだものであった。
それが今不明王の狂気と共に名が明かされる。
「第一魔力、解放――」
「〝神の溝知る世界(エウゲストル・メイシャ・ヴァルディトーガ)〟」
道化王、眷属、生き残っていた道化王国民。そして道化王国に至るまで、全てが光に包まれ、神さえも知らない次元へ飲み込まれた。
こうして、道化王の国は跡形もなく消滅した。
オウリアやシェド達がゆっくりとフィーリアスの元に近づいていく。
そして地上に降りた後、莉緒は助けてくれた皆に感謝し、フィーリアスに泣きながら抱き着いた。
フィーリアスは驚きこそしたが、安心させるように頭を撫で抱きしめ返した
その夜、莉緒は疲れて寝てしまっていたが、不明王の国では夜通し宴の炎が燃え、フィーリアスは訳も分からずただ集まり酒を飲む民衆の姿を宴の席のど真ん中で眺めていた。
その顔には、包帯越しでも分かる笑顔があったという。
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