第5話教会にて

 イギリス ロンドン中枢 とある裏路地

 暗く影に覆われた石畳の路地に白く輝く扉が突如、出現する。その中から、不明王であり魔法学院の教授をしている狂人、フィーリアス・アルディバートとそんな彼に助けられた少女、柊莉緒が出てきた。彼らが完全に扉から出てきた途端、光の扉が下から崩れ去っていく。それは淡く蛍のように見えた。

「・・・・・・綺麗」

「そう言ってもらえて光栄だね」

「でもここって・・・・・・」

 莉緒は辺りを見回した。彼女にとっては割と最近にここに訪れたことがある、ような気がする。フィーリアスは彼女の頭に手を置き優しくなでる。

「ここは、僕が初めて会った場所だよ」

「ああ、道理で」

「僕の転移門(ゲート)の魔法は訪れたことがある場所に瞬間的に移動するものでね。もっと詳しく言えば、僕の家とここを一つの点に置き換え、点と点の距離をゼロとし移動するものなんだよ。学院の教授なら当たり前に出来なければならない魔法だ」

「へ、へえ」

「さて孤児院に案内してくれないかい?」

「あ、ハイ」

 莉緒が先導し、フィーリアスを孤児院へ連れていく。彼は両目が眼帯に覆われているというのに、その足取りは確かなものである。見えているのだろうかと莉緒は思った。

「包帯と眼帯しているのにまるで見えているみたい、と思ったでしょ」

「うぇ⁉ えっと・・・・・・はい」

「ハハハ。無理もないよ。誰でも疑問に思うことだろうからね」

「・・・でも本当にどうして足取りに迷いがないのか不思議です。どうなっているんですか?」

「企業秘密」

「そ、そうですか」

 そんな他愛のない話をすること十分。白と黒の装飾が施された教会が見えてきた。大きな入り口のドアの上には白く光る輝く十字架が彼らを見据えていた。周りは庭できちんと整備されていた。芝生の草は均等に狩り揃えられており、その上にたたずむブランコ、シーソーは真新しいままだった。

「おお、結構新しいじゃないの」

「・・・もっと古いと思っていたんですか?」

「まあね。うん・・・でも・・・大体わかったよ」

「? 何がですか?」

「いや、こっちの話」

 フィーリアスが正面の大きな木製のドアに手をかける。ドアノブを捻った。そのまま開けると思いきや、そのまま動かなかった。

「?」

 莉緒はその中途半端の体勢の彼に疑問を持った。あとはそのまま開けるだけだというのに。さらには彼を中心に謎の緊張感が漂い始めた。次第に莉緒はオロオロし始めた。誰だってどうすればいいか分からず、戸惑うことはあるだろう。

 次の瞬間、フィーリアスがピクッと肩を震わす。そして勢いよく外開きの扉を開ける。それだけではない。そのドアと共に彼自身も壁に向かってスライドした。そしてそのまま壁とドアの間に挟まった。

「⁉」

「「「わあああ‼⁇」」」

 中から何かが出てきた。ドサドサという音を響かせ出てきたのは、莉緒がとてもよく知っている人物。

「神父様! シスター! みんな⁉」

「おお、お帰り。莉緒、心配したんだぞ!」

「そうですよ! 朝になっても帰ってこなくてみんなで探したんですよ!」

「「「そうだー! そうだー!」」」

「ご、ごめん」

 フィーリアスそっちのけで再会に喜ぶ教会の者たちと莉緒。登場するタイミングを逃して、ドアの陰に隠れていたままだったが、意を決して姿を現す。そして咳払いを一回。

「⁉」

「そろそろいいかな?」

 莉緒は教会の皆にフィーリアスのことを紹介しようとした。しかし皆の様子がおかしい。フィーリアスはなるほどと思ったが、あえて口に出さず莉緒自身も気づいていない様だったので、帽子を目深にかぶり直し、見ることにした。

「何者だ! まさか莉緒を攫った犯人か⁉」

「え? 神父様、それは――」

「こいつがねえちゃんを――ゆるさない!」

「莉緒さん、私の後ろへ」

「え? え? ちょ、ちょっとーー」

 話が違う方向に向かい始めたので、莉緒はフィーリアスに目で訴えかける。何か言ってくれと。どうにかしてくれと。それに気づいた彼がこちらを見て頷く。彼女はそれを見てホッとした――

「ああそうだよ。僕が彼女を攫った。さあ、どうする? かかってくるかい?」

「‼⁉⁇」

 莉緒は何言っているのかと驚愕し、開いた口が塞がらなかった。

 神父はその言葉を聞いた瞬間、魔法陣を展開させながら、フィーリアスを強く睨む。

「・・・そうか。ならここで倒す‼‼」

「やっつけるぞー!」

「「おおー‼」」

 子供たちも魔方陣を展開させていく。そして十分といったところで一斉に魔法を放った。火力は十分。子供たちはざっと二十人はいる。それに加え神父の魔法は第二級魔法「雷の咆哮」。第一級の次に強い魔法であり、制御が難しい魔法である。

「くらえ!」

「「「はあああああああああ‼」」」

フィーリアスはその魔法の集中砲火を見て――

「今日ローストビーフがいいなぁ」

 ――まったく別のことを考えていた。

 当たる寸前まで、関係のないことを考えていたがその手は前に翳していた。

「解析終了っと」

「え?」

「無(ディスペル)」

 すると途端に魔法が霧散していく。

「⁉」

「こんなものかい?」

「まだまだだー!」

「やあー!」 

子供たちが魔法ではなく生身で突撃してきた。二十人以上いる子供が一斉に飛び掛かる。

 しかし、そんなことに対策の一つもしていないフィーリアスではない。

「風よ――」

 子供たちが彼に飛び掛かった瞬間に、彼はたった一言だけを口にした。すると子供たちは見えない壁に激突したかのように顔を変形させ、ずるずると芝生の上で倒れた。彼らは、目を回しながら、伸びていた。

「貴方たち!」

「大丈夫。空気を固めたものを壁にしたんだ。ある意味不慮の事故と言ってもいいだろうね」

「――! この・・・!」

 修道女が目を彼に向ける。しかし、そこにはもういなかった。

「⁉ どこに――⁉」

 辺りを見渡しても、彼は見つからない。逃げたのか、そう思ったその時、莉緒の肩を抱き寄せているフィーリアスが

「まあまあ、落ち着きなよ。僕は彼女を敵から守り、保護しただけだ。――そうだろう? 莉緒」

「「「⁉」」」

「えっ? あ、はい。そうです。改めて、ただいま、みんな。こちら、フィーリアス・アルディバートさん。亡霊に襲われていた私を助けてくれたユーロ連合魔晶学院の教授さん」

「「「え」」」

 その時、その教会からは次のような声が聞こえてきたという。

「「「えええええええええええええええええええええええええええええ‼⁇」」」


 フィーリアスの眼では、小学生くらいの子供たちが日本発祥の謝罪、土下座をしていた。さらに言えば神父も修道女も同じ土下座をしていた。

 フィーリアスはおお、と感嘆の声を漏らす。その光景に感動を覚えたのかと莉緒が思ったとたん、腹を抱えて笑い出した。ぎょっとする莉緒。しかしそんなことも知らずに彼は笑い続けた。

「ハハハ。どうか顔を上げてください。別に気にしてませんよ。久しぶりに童心に帰った気がします」

「? どうしんってなにー?」

「子供の心、ということだ。僕にだって子供の時代はあったからね」

「へぇー、そうなんだ」

「一つ賢くなりましたね」

「うん! ありがとう、お兄ちゃん」

 子供たちと話していると神父のニコラがこの教会のたった一人の修道女、シスターリゼと一緒に笑顔でやってきた。

「ありがとうございます。子供たちと遊んでくれて。しかし今日な一体何の用でしょう?」

「ああ、今日は莉緒のことで話を、と思いやって来たんだよ」

「それはそれは。ではこちらに」

「はい。――ああ、莉緒もおいで」

「いえいえ。ここからは大人のお話でしょう。何より、我々の言葉で子供たちを汚したくはないのです」

「そうですか。――じゃあ、君たちは外で遊んでくれたまえ」

 そう言うと、大人たちは、奥の部屋に消えていった。


 フィーリアス、神父、シスターの三人は教会の奥にある神父専用の執務室に入っていった。そこでフィーリアスは椅子に座るように促される。

「どうぞ。汚いところではありますが――」

「いえいえ。構いませんよ。僕の部屋も同じような感じですから」

 二コラと談話をしていると、シスターが紅茶を入れて持ってきてくれた。フィーリアス、神父の順にティーカップを置くと、彼女は二コラの座っている椅子の後ろに立った。まるで侍女のようである。

「まずは、ようこそニコラス教会へ」

「ハハハ。ご親切にどーも」

「それで・・・話、というのは」

「ああ。いや、何、ちょっとした相談だよ」

「はあ」

「実は彼女を――柊莉緒を特待生として学院に編入させようと思っている」

「‼」

「まあ、驚くのも無理はない。だが僕が言うんだ。実際、僕自らがスカウトした学生は彼女が初めてでね? このままにしておくのはもったいない」

「突然、そんなことを言われても・・・」

「まあ、突然だね。しかし今日中に決めてほしい」

「・・・・・・一時間。一時間待ってください」

「・・・・・・ああ、分かった。待とう」

 そう言って、二コラたちは部屋を出ていく。フィーリアスは優雅に紅茶を飲んでいた。

 神父たちは向かいにある部屋に入るとしばし黙っていた。すると神父が口を開く。

「どうすんだよ・・・。莉緒を失ったらあの方に怒られる・・・!」

「そうね。でもあいつ、私たちの素性は知らないみたいだった。ならいけるんじゃない?」

「まあ、そうだが・・・。こうなったら何が何でも莉緒を――花嫁を死守するぞ」

「ええ。もちろんよ。全ては――」

「「あの方のために」」

――一時間が過ぎ、ニコラたちが戻ってきた。

「さて、答えを聞きましょうか」

「はい。分かりました」

 神父が息を吸う。まるで何かを決断をするように。その表情は苦々しく、切羽詰まっているように見えた。

「申し訳ないが、その誘いは断らせていただきます」

「・・・・・・ほう」

「莉緒に魔法の才はない。魔力が十二分にあったとしても、肝心の構成式を完全に扱えないんです。学院に入ったとしても浮いた存在になるのは目に見えています」

「まあ、正論だね」

「だから・・・申し訳ありません」

「いいよいいよ。それなら仕方ないね。無理やり奪っていくよ」

「・・・えっ」

「ちょっ、な、なにを言って・・・」

「知らないとでも? ・・・・・・ハッ、馬鹿馬鹿しい。知っていたよ。君たちが彼女のことを花嫁と知りながら、育てていたこともね。バックに何がいるかもね」

「「⁉」

「裏にいるのは・・・王だね? 道化あたりかなぁ」

「貴様何が目的だ」

 ニコラはその時、フィーリアスの口元がニタリと笑った気がした。とてつもなく悪寒が走る。シスターリゼも同様だったが、少し過呼吸を起こしているようにも感じた。

 そんなことに気づかず、フィーリアスはいつもの口調で、座ったまま言葉を紡ぐ。

「僕もね、本当はこんなことはしたくない」

「だ、だったら」

「でもね、地下にある人体実験の施設は許容できない」

「⁉」

「な、何で知って・・・」

 フィーリアスは自分の鼻をトントンと叩くと脅すように、恐怖を与えるように言う。

「臭うんだよ(・・・・・)。死体の血の匂いが、カーペットや教会内が全部。入った時から気が付いたよ。さしずめ莉緒も実験に使う予定だったんだろう?」

「な・・・」

「ここにいる孤児たちはみんなそうだろう? 死期が近い臭いがするからね」

「そんなことまで・・・」

 シスターリゼが膝から崩れ落ちる。神父は左手に隠し持った十字架に魔法を付与、展開し、いつでも放つ準備をする。

「さて、もうここで話をしても無駄なだけだ。そう思わない」

 フィーリアスがそう言った瞬間、ニコラが左手を彼に向ける。

「ああ、そうだな‼」

 魔方陣から炎に包まれた竜が恐れを知らずに、フィーリアスに向かって行く。

「炎龍の槍‼」

 まだ座ったままのフィーリアスに炎龍が直撃し、爆散した。だが一発だけでは事足りず、魔力が許す限り何発も打ち続けた。

 どれくらい経ったのだろうか。終わるころには、一面が焼けただれていた。

「はあ、はあ、はあ」

 神父は魔力の使い過ぎで、息を切らしていた。しかしその顔は倒したという確信があった。

「シスター、やったか?」

「ええ。間違いないと思います」

 やがて炎特有の黒煙が晴れていく。するとそこには、同じ場所に、座っている無傷のフィーリアスがいた。

「僕に魔法を使っても無駄だよ。不死身だからね」

「なっ・・・!」

「どうして・・・。直撃したはずじゃあ――」

 フィーリアスははあ・・・、と呆れ気味に溜息を吐く。その動作には一切の隙が無いように思えた。未だに冷や汗が額に浮かんでいる神父たちは、今にも絶叫しそうである。

「あのね? 確かに神父君の攻撃は効いたよ。僕の一張羅の裾が焦げるくらいはね? でも、僕はさっき言ったはずだ。不死身だから、ってね」

「そ、そんな人間いるものか‼ 死なない人間なんて、王じゃあるまいし――」

「・・・・・・くくっ。くくくくくくくくははははははははっはははははははっははははははは」

「「⁉」」

「す、すまない・・・。いやいや、正解を偶然、たまたま言い当ててしまうなんて、やはり人間は面白いなぁ」

「ッ‼⁇ まさか――‼‼」

「そうだよそうだよ僕も王なんだよ‼‼ あらゆるものに対して不明である不明の王なんだよ!」

「ふ、不明王・・・!」

「な、なぜこんなとこに―――」

「いるかって? そんなことはどうでもいいんだよ! ただ一つ分かっているのは・・・」

「・・・・・・」

「君たち、道化あたりの下級眷属だろ?」

「!」

「な、なんっ、で」

「ひ・み・つ。でもここでお前らを野放しにはしないよ。ちゃんと逝かないと、ねぇ?」

 フィーリアスの雰囲気や顔が凶気に満ち満ちているようにも見えた。神父たちは、魔法で煙幕を炊き、逃げようとする。

しかしその行動は無駄に終わる。

「・・・⁉」

「あ、開かない・・・⁉」

 扉も窓もあらゆる骨で木の根のように纏わりついていた。ギチギチという音を鳴らし、度々蠢いていた。

しかしよく見れば、とある箇所から生えているように見える。辿ってみればその骨はフィーリアスの左手から伸びており、今も止まることはなく伸び続けていた。

「⁉」

「ん? ああ、うん。そうだよ。僕の仕業だよ」

「な、何故」

「いや、さっき言ったじゃん」

「は――?」

「お前らを野放しにしない、ってね」

 その言葉を聞いた瞬間、シスターリゼの顔が蒼白になり、絶叫が執務室に轟く。

「ああ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああ」

「あらら、壊れちゃったか・・・。まあここで声を荒げても意味ないけど。完全防音の魔法をかけてるからね」

 神父は手のひらに自分が出せる魔方陣を限界まで出すと、そのままフィーリアスに向かって放つ。

 しかし、ノーモーションでフィーリアスが魔方陣なしで魔法を放つ。

「なっ――」

「いや、僕は不明王である前に魔法、魔術をある程度極めた魔術師だよ? 勝てるわけないじゃないか」

「それでも――、私は‼‼」

 神父はその身覚悟で対抗する。それは自らの命を削る行為であった。

 そんな彼をフィーリアスは笑って受け流す。

「諦めなって。僕に勝てるわけないのに」

「それでも・・・、報いる‼‼」

「・・・・・・」

フィーリアスが彼の言葉を聞き、一瞬黙った。するとたちまち肩をクツクツと震わせ、笑い始めた。

そんな彼の姿はニコラにとって常識外れ、狂人の類のように見えた。無意識にも体を震わせ、息が荒くなっていた

「アハハハハハ! いいねぇ! いいねぇ! それでこそ人間だ! 己が確実に死んでしまう局面だからこそ、人は最大の力を発揮する‼ いいねぇ! いいねぇ! アハハハハハ!」

「な、何故――?」

「ん?」

「笑っていられるんだ・・・? そんなにおかしいのか! 化け物に一矢報いることがそんなにおかしいことなのか⁉」

「いやいやぁ? 僕が笑っているのは、この世界の、人間の心理の不明についてだよ‼‼」

「は・・・?」

「分からなくなくてもいい。君は死ぬからね。ていうかもう死んでるけどね?」

「は―――――?」

 言葉を連ねる前に、神父の首が真っ二つに切れた。神父は何が起こったのか理解できていなかった。しかし取り残された意識の中、目の前には手を振るフィーリアスがいた。視線をずらせば、シスターの首もいつの間にかなくなっていた。

まったく気付かなかった。

 意識が完全に消える前に黒ずくめの魔術師が楽しそうな声で耳元で囁く。

「莉緒は頂いていくよ。ついでにほかの子供たちもね・・・」

 ニコラとシスターリゼが完全に死んだと見たフィーリアスは静かになった執務室に一人、余った紅茶を飲んでいた。

 カップをその口から離し、しばらくして包帯で巻かれた顔を歪ませ、盛大に噴出した。

「ぶっ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 笑いながら、手にしていた紅茶のカップを床に叩きつける。

 顔のすべてに包帯が包まれており分からないが、ハァー、ハァーと息を吐いているところから、苛ついているように見えた。

「あああ、あああ、あああ面白くないなあああああああああああああ‼‼」

「こんなに期待してたのに、あっさり死んで・・・、面白くないなぁ」

 面白くないと言いながら神父たちの亡骸をゲシゲシと蹴とばし続ける。次第に満足したのか動きを止め、天井を見上げる。

「でも・・・これも一種の不明なのかもしれないね・・・」

「そうだ! これも不明だ! 死んだ瞬間というものは、死んだ者から見れば分からないことじゃないか! これでまた一つ不明になったものが僕のものに・・・!」

「人も、王も、物も、歴史も何もかもが不明だ。無論世界も!」

 彼は両手を大きく広げ、歓喜に満ちたような声で叫ぶ。

「そう、だからこそ! 不明であるからこそ素晴らしい! 不明であるからこそ美しい! 世界は不明で満ちている‼‼」

 フィーリアスの声は外に聞こえこそしなかったが、心配で付いてきて窓から見ていたオウリアの眼には狂気のオーラが己の王から溢れ出ていた。そして高らかな笑い声は外に漏れることなく、執務室の中に響いていた。


 莉緒が子供たちと遊んでいると、教会の中からフィーリアスが出てきた。一人で。神父の二コラやシスターリゼの姿はどこにもなかった。

「あの・・・神父様達はどこに?」

「ん? ああ、いや。少し休むって」

「そうですか・・・。あ、言い忘れていました。助けてくれて、ここまで送ってくれてありがとうございました」

「? いきなりなんだい?」

「え? ここでお別れですよね?」

 その言葉を聞いたフィーリアスは一瞬理解できなかったのか呆けていたが、たちまちハハハ、と笑い出す。

 それを見た莉緒は、よく笑う人だなぁ、と思っていたが、訳が分からず眉を顰める。

「莉緒、何言っているんだい。君はこれから僕の所で暮らすんだよ」

「・・・・・・・・・は?」

「今日はその交渉がメインだったんだよ。そしたら彼ら、『寂しくなりますが、それで彼女が幸せになるのなら』って言って了承してくれたよ」

「はあ⁉」

「よって、君はこれから僕の『生徒』だ‼」

「な、何を勝手に――」

「仕方ないけど決まったことだ。そう簡単に覆らないよ」

 ギャーギャー言いながら口論になる。まあ当然だろう。いきなり引き取ると言えど納得できない。何より莉緒は、自分より幼い子供たちのことが心配だった。

 すると考えていることが分かったのか、フィーリアスが

「大丈夫。ここの子たちも僕が引き取ることになったのでね」

 と言ってきた。そう言われると何も反論が思いつかない。結局、

「ま、まあそう言うのならいいです、別に」

 と莉緒が押し負け、決着した。その際、子供たちに「ねえちゃん、ちょろいー!」とか言われたが、無視してフィーリアスに声をかける。

「それじゃ、あの子たちも――」

「そうだね。おーい。君たちも僕が引き取ることになった。これからは僕の知り合いっていうか、部下の所にある孤児院に入ってもらうよ。大自然の中にあってね? 長閑なところだ。こっちにも戻ろうと思えば戻れる。魔法も学べて楽しいと思うんだけど、どうかな?」

「え⁉ まほう⁉ もっとつかえるようになるの⁉」

「そうだよ。来るかい?」

「「「行く(きたい)‼‼」」」

 フィーリアスは肩を震わせ、背後に転移門(ゲート)を開ける。

「わあー‼‼」

「すげー‼」

「どうなってるの⁉」

「ハハハ、秘密」

 転移門の魔法を見せた彼は子供たちを引き連れながらゲートに歩いていく。

 莉緒はその姿に苦笑してしまう。すると振り返ったフィーリアスが莉緒を呼ぶ。

「どうしたんだい? 早く来なよ。僕の隣は君じゃないと、駄目だからね」

「・・・はいっ!」

 莉緒が後を追いかけていき、フィーリアスの隣に並ぶ。二人同時にゲートに入り、その後を子供たちが追いかける。

 全員が入って、暫くしてゲートが閉じた。すると協会の近くの空間が揺らぎオウリアの姿が現れた。左手に一冊の本を携えて。

「まったく・・・、後処理が面倒臭いというのにあの方は・・・」

 グチグチと一人文句を言う彼は教会の中や外にある公園や建物を見て回った。礼拝堂に赴くと、最初から分かっていたかのように石像を百八十度回し、背を向ける。すると床がゴゴゴという音と共に開いた。

「なるほど。ここが・・・」」

 そう呟いたオウリアは地下へ続くその穴に向かって飛び降りる。

 やがてたどり着いたのは、緑色の光を放つ水槽がいくつもあった研究施設だった。

 オウリアは少し口を歪ませ、奥へ歩いていく。そこには餓死した研究者の姿と傍らにあった研究日誌のようなものだった。

「これは・・・」

 オウリアはパラパラと流し読みをしながら来た道を戻った。

 地上に戻り最後に向かったのは、フィーリアスがいた執務室。扉を開けると、血生臭い臭いが漂っていた。空は少しだけ夜の空になっていた。

「これはまた派手にやりましたね・・・」

 床には血だまりが歩く度、ぴちゃぴちゃと音が室内に響く。遺体を見たオウリアは冷ややかな目をしながら神父やシスターに冷徹な言葉を浴びせる。

「何故・・・、とか思っているのなら、それは大きな間違いだ。貴様は王の機嫌を損なう存在となったんだ。その程度で勝手に死んでいるんじゃないですよ。死は貴様たちにとって救いだということを忘れずに、魂もろとも消えなさい」

「あまり冷徹とは言えないね・・・」

「ッ」

 自分の言葉に反応した声に聞き覚えがある。振り返れば、そこにはフィーリアスがいた。

「あ、主様・・・」

「ああ、分かっている。事前に頼んでおいたここの調査だろう。で、調査が終了し、子供たちがいなくなったから、その本で此処の歴史そのものを消し、周囲の記憶から消し去ろうとしているんだろう?」

「ええ、ですが――」

「うん。莉緒には多分効果がないから、真実を伝えた。もちろん子供たちをリフェイクのとこに預けた後にね」

「大丈夫ですか、それ」

「リフェイクはうんざりしてた。莉緒は少し悲しそうな顔してた」

「でしょうね。あとで寄り添ってあげてはどうです?」

 フィーリアスはその言葉にため息をつくように肩をすくめる。少し乗り気じゃないようだ。

「まあ・・・、そうなんだけど・・・なんていうかその・・・」

「会話が続かない、ということですか?」

「うん」

「ご自分で何とかしてください」

「し、辛辣だね・・・」

 フィーリアスはやれやれと首を横に振る。すると、オウリアに背を向けるとそのままゲートを開き、帰ろうとする。

「帰るということは、否定もせずに帰るということ。つまり寄り添うという方向でいいのですね?」

「うん・・・。まあ、頑張ってみるよ」

「あとでシルフィアに連絡しておきます」

「しなくていいから。いいかい? しなくていいんだ」

「すいません。もうしました」

「おおおおおおおおおおおいいいいいいいいいい‼⁇」

「さあ、お帰りください」

「お前本当に僕の執事?」

 グチグチと文句を言いながら、フィーリアスはゲートの中に入っていく。

 オウリアは帰ったフィーリアスの後ろ姿を見て、キャラ固定すればいいのに、と思った。もっとも、固定すれば、不明王である意味が一つ失ってしまう。そんなことはオウリア自身も分かっていた。分かっていたうえで思ったのだ。

 性格も魔法も魔術も武器も攻撃も顔や魔力の特性までもがすべて不明でなければならない。それが不明王たるフィーリアス・アルディバートの意味になる。

 そんなことを思っていた彼だが、すぐにその考えを消し、傍らに持っていた本を取り出す。

 それを、教会に中のページが向くように前へと翳す。そしてパラパラとめくり白紙のページを教会に向けた。

 本の題名は『忘却の歴史』

 それはすべての事象を忘却の彼方に強制的に送り歴史からも無きものとする本。条件は目の前に対象の人・モノがあること。そしてそのモノに対し、知識があること。

「忘却対象:ニコラス教会」

 オウリアのその言葉と共に、ニコラス教会が存在した場所が灰のように散り散りになり、彼が手にしていた本に吸い込まれていった。

 数分後、その土地には何もなかった。近隣の住民には教会があったことさえ自動的と言いていいほど自然に記憶から消え去った。

「忘却完了」

 記憶からも存在さえも消えたそこは、密集した住宅の中にある何もない空き地と化した。

 付近を散歩していた女性は、こんなところあっただろうか、と不思議そうに考えていた。そのそばを歩いて去っていくオウリア。女性とすれ違った瞬間、彼女の後ろから現れるはずのオウリアは消えていた。

「え⁉」

 女性はすぐ振り返ったがそこには誰もいない。足音も聞こえない。

 次第に彼女は、気のせいだと自分に言い聞かせ、何もなかったかのように散歩を再開し始める。

 すっかり夜となり、静かな町の中でフクロウが鳴いていた。


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