第21話 こんな奴にも彼氏がいたらしい
あれ以来、僕たちの関係になんら変化はなかった。
自分で言うのもなんだが、正直石宮さんとの関係が崩れてしまうんではないか?なんてことも考えていた。
正直それほどまでのことをしたのは事実だし、石宮さん自身も僕と関わりづらいんじゃないかとも思った。
だが実際に蓋を開けてみれば、単に僕が黒歴史を刻んだだけでそれ以上のことはなにもなし。
普通に一緒に寝たし、普通に一緒に朝起きたし、普通に一緒に登校したし、普通に大学でも話している。
石宮さんが僕のことを好きじゃないということが残念じゃないと言えば嘘になるが、こんな風にいつも通りに戻ってくれて嬉しくもある。
けど正直な話、石宮さんが僕のことを好きじゃなくて良かったとすら思っている。
理由なんてひとつだけ。
『自分の気持ちが分からない』
ただそれだけだ。
僕はどこかの取っ替え引っ替えする男と違って慎重に相手を選びたい。
ひとりひとり中身をしっかり確認し、自分の気持ちをはっきりとさせ、そこからちゃんと歩み寄っていきたい。
まぁそんな理想を奏でてるから彼女ができないんだと思うけど、曖昧な気持ちで付き合う人間の気持ちがよくわからない。
どこかのCMでも言っていたが、『そこに愛はあるんか?』と問いかけてみたいものだ。
「はぁ……。ムズい……」
ポツリと吐き捨てた小さな言葉は、教授の声によってあっという間に消え去ってしまう。
だが、ただ一人。真隣にいる忌まわしい女の耳には届いていたようで、
「あんたに解けない問題もあるんだ。ちょっと教えてくれる?」
ニマニマと、どこか勝ち誇った笑みを浮かべるのは、なにを隠そう僕から首席を奪った
最近じゃ授業が一緒になるたびに隣になる人間だが、事あるごとに煽ってくるのは心底苛つく。
もう一度深々としたため息を吐き捨てた僕は、手を払いながら淡々と言葉を返した。
「おめーにも解けないからいいよ。というか一番解けない人物がおめーだ」
「……ふーん?」
ピクッと動く眉から察するに、僕の言葉が地雷だったのだろう。
怒りマークがついたおでこにはこれみよがしにシワが寄っており、射るような視線の奥には火花が散っていた。
どこまでも負けず嫌いなのは僕と一緒。
だからこそ、どこまでもめんどくさいのが丸わかり。
このまま放っておいてもどうせ騒ぐだけ。
そう察した僕は、小さなため息と共に口を切ってやった。
「恋愛とかしたことないだろ」
「……ん?もしかして恋愛した……?あんたが……?うっそでしょ」
「おい今質問してるのは僕だ。どうなんだ?」
ギョッと目を見開く姪由良に、細めた目をやり返す。
どうせこいつのことだ。
高校どころか、中学時代も勉強づくしでまともに恋愛なんて――
「高校時代に1人だけ彼氏いたよ」
「――うそつけ」
「いや即答やめてくれる?ホントだから」
信じがたい言葉に反応を示したのはいわば脊髄とも言えよう。
それほどまでに信じられなかったし、なによりこのプライド人間に彼氏が?いやないない。
心のなかで手を左右に振っていれば、教授の「じゃあ今日はここまでにしようか」という言葉がスピーカーから降り注いだ。
「来週のこの時間、私は外に出ていないから休みにしようと思います。レポートも特に出さないからお昼ご飯でもゆっくり食べてくれ」
他愛もない言葉を最後に、マイクの電源を落とした教授は供託の上のパソコンやらプリントやらを片付け始める。
それを気に、遮られた僕達の会話も再開。
「嘘だろ」
「だから嘘じゃないって。なんか顔もいいらしいから結構モテたんだよね、私」
「自分で言うな嘘つき」
「どんだけ信じない気なの。まぁもう別れたからどっちでも良いんだけどさ」
「……別れたのはガチっぽいな」
「えめっちゃだるいね。そこで確定しないでくれる?」
そりゃそうだ。彼氏も付き合ってやっとこいつのプライドの高さに気づいたのだろう。
それで段々と冷めていき、終いの果てにはとんでもない振られ方をしたのだろう。
(うんうんそれが一番しっくり来るな)
腕を組み、頭を上下にしていればまたもや隣の少女の眉間にシワが寄せられた。
「……言っとくけど、振ったのは私だからね」
「うわっ、そっちもプライド高いのかよ終わってんな」
「私のことなんだと思ってるのほんと……!!大学のことで揉めて別れただけだから!!」
「あー姪由良さんが彼氏に見合わない大学にしたせいで喧嘩したんか。やっぱりプライドが高い」
「逆!あいつを見くびらないでもらえるかな!?」
皆まで聞かなくとも、『あいつ』という言葉は元カレのことを指しているのだろう。
そして、その言葉からは元カレを守る姿が見受けられる。
「……もしかしなくても、まだ未練たらたらだな……?」
「当たり前でしょ!?こっちは死ぬほど勉強したのに彼氏と同じ大学に行けなかったんだから!!」
「うわ開き直りやがったやっばこいつ」
「あんたほんっとうにうざい!!悩み聞かないよ!?」
「いやべつに聞いてほしいなんて言ってないが」
「いいから話しなさいよ!!」
(なんだこのワガママは)
そんな言葉は心の奥底に封印し、すっかり真っ赤になった顔を眺めながら紡いだ。
「おまえもこれまで頑張ってきたんだな。見直したわ」
「……なに?今更高感度上げようとしてる?もうすでにマイナス5億ぐらいあるけど」
「してねぇし多すぎだろ。というかそんなマイナスあるなら隣座るなよ」
「…………友達いないから仕方ないじゃん」
ふいっと逸らされた顔には皆まで言わすなと言わんばかりの哀しみに沈んだ顔。
べつに僕は友だちがいるから同情心は持ち合わせないが、それでも少なからず僕を友だちと思ってくれているのだろう。
周りより一歩遅れて荷物の片付けを始めた僕は、姪由良さんの顔を見ることなく紡いだ。
「僕の情ということで飯奢ってやるよ。なんなら話も聞いてやるぞ?」
「なんで私が聞かれる側なのよ。ご飯は奢ってもらうけど」
「そうと決まれば30秒で支度しな」
「はいはい分かりましたよ」
どこか不貞腐れ気味の姪由良さんを横目に、ポケットからスマホを取り出した僕は”筋肉ダルマ”と名前を変えたトーク画面をタップ。
そして一言、『今日は別の人と飯食べるからボッチ飯楽しんで』と残し、そっくりそのまま同じ言葉を別の――石宮さんと表記された――トーク画面に貼り付ける。
さすれば一瞬で返信を返すのは筋肉ダルマもとい、松寺宏樹は『いつものべっぴん女子か?』と短い言葉を貼り付けただけ。
文字にしたらちょっとした威圧が垣間見えるが、どうせスマホ越しのあいつはニマニマと嘲笑っているのだろう。
『今日はちゃう。入学式のとき宣誓の辞を読んでたあの女子と』
『うわおま女たらしやんどっちか紹介しろよ』
『自分でアタックしろ』
そんな言葉を最後にスマホから光を消した僕は、リュックを肩にかけて腰を上げた。
続くように腰を上げた姪由良さんの肩にはベージュ色のショルダーバッグ。
ちょっとしたファッションを兼ね備えているのは彼氏がいたからだろうか?
なんて憶測を頭の片隅に放り投げた僕は、扉を潜る生徒たちに続いて教室を後にした。
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