第3章『遺跡に眠る真実』

牢獄の冷たい石の床で、カイは浅い眠りから覚めた。脇腹の傷は、エルフの薬草のおかげか、鈍い痛みに変わっている。だが、それよりもカイの心を苛んでいたのは、この森に漂う奇妙な違和感だった。

「美しいのに……どこか、苦しんでいるように見える……」

彼は、牢の格子から見える木々に、能力の焦点を合わせた。すると、緑の葉脈に沿って、まるで毒のように、淡い紫色の瘴気がまとわりついているのが見えた。


「食事ですわ。感謝して食べなさい」

ルーナが、木製の盆を無造作に置いて言った。その声は相変わらず冷たい。

「待ってくれ!この森は病気だ!何かの呪いにかかっているんだ!」

「戯言は聞き飽きましたわ。人間の言うことなど、誰が信じるものですか」

「本当なんだ!君たちの森が、少しずつ死にかけているのがわからないのか!?」

カイの必死の訴えにも、ルーナは冷たく背を向けた。


だが、カイは諦めなかった。ルーナが食事を運んでくるたびに、彼は訴え続けた。森を蝕む瘴気の流れ、その中心で脈打つ邪悪な気配。それはただの呪いではなく、無数の術式が絡み合った、巨大な魔法陣だった。

「これは……古代魔法……?なぜこんなものが……」

「またその話ですか。いい加減になさい」

「君だって気づいているはずだ!森の精霊たちの声が、弱くなっていることに!」

その言葉に、ルーナの肩が初めてぴくりと震えた。


「森の東の奥……古い樫の木の根元に、呪いの源がある」

カイは確信を持って告げた。

「そこには、黒い水晶があるはずだ。それが、この森の生命力を吸い上げている!」

「……どうして、あなたがそんなことを知っているのです?」

「僕のこの眼が、そう教えてくれるんだ。嘘だと思うなら、確かめてみればいい。このままでは手遅れになる」

ルーナは唇を噛み、葛藤の色を瞳に浮かべたまま、その場を去った。


翌日、カイの前に現れたのは、武装したルーナと数人のエルフだった。

「長老会はあなたの言葉を信じなかった。けれど、私は……私はこの森を救いたい」

彼女は覚悟を決めた目で、牢の鍵を開けた。

「もしあなたが嘘をついていたなら、この場で私があなたを射抜きます。それでもいいですわね?」

「ああ、もちろんだ。案内してくれ」

カイは、彼女が差し出した細い手に、未来への一縷の望みを託した。


案内された森の東部は、瘴気が濃く、空気が重かった。植物は黒く枯れ果て、生命の気配がまるでない。

「まさか、本当に……。ここまで酷いなんて……」

息をのむルーナの横で、カイは巨大な樫の木を指さす。

「あそこだ。根の下に、邪悪な魔力が渦巻いている」

彼の【真理の瞳】には、大地の下で不気味に脈動する、黒い水晶の姿がはっきりと見えていた。


「あの水晶が本体だ!表面に三つの紋様がある。その中央を、同時に破壊すれば術式は崩壊する!」

カイの指示に、エルフたちは戸惑いながらも弓を構える。

「信じますわ、あなたの眼を!皆、合図に合わせて!」

ルーナが叫び、風の魔法を練り上げる。だが、彼らの殺気を察知した水晶は、防御壁となる闇の衝撃波を放った。

「だめだ、タイミングを合わせないと!僕の合図で!」


カイは瞳を凝らし、衝撃波のサイクルの隙間を読み切る。

「今だっ!」

その声に合わせ、三本の矢と風の槍が同時に放たれた。光の筋が、寸分の狂いもなく水晶の紋様を貫く。甲高い悲鳴のような音が響き渡り、黒い水晶は粉々に砕け散った。途端に、淀んでいた紫の瘴気が、陽光に溶けるように消えていく。


瘴気が晴れ、森に温かい光が戻ってきた。枯れていた草木に、みるみるうちに緑が甦る。

「森が……癒えていく……」

エルフたちは、奇跡を前に立ち尽くしていた。そして、彼らがカイに向ける視線には、もう侮蔑の色はない。

「ごめんなさい、カイ。私はあなたを誤解していましたわ」

ルーナが、深々と頭を下げた。その声は、少しだけ震えていた。


「砕けた水晶の欠片に、奇妙な刻印がありましたの」

里に戻り、自由の身となったカイに、ルーナが小さな石片を見せた。

「これは、里の奥にある古代遺跡の壁画と同じ紋様……。何か関係があるのかもしれません」

「遺跡……?」

「ええ。あなたに見せたい場所がありますの」

カイを完全に信頼したルーナは、彼を里の最深部へと導いた。そこには、苔むした石の壁に、巨大な壁画が刻まれていた。

カイが壁画にそっと触れた瞬間、世界が白く染まった。祝宴の喧騒、杯を掲げる王たちの笑顔、不吉な赤い月、そして全てを嘲笑うかのような黄金の光――断片的な映像が、凄まじい勢いで脳内を駆け巡る。

「これが……真実……!」

それは、神が仕掛けた、偽りの歴史の始まりだった。

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