内なる宇宙
母さんの腹が、日に日に膨らんでいる。父さんはそれを「希望だ」と言って、うれしそうに撫でる。でも僕には、あれが別のものに見える。あれは希望なんかじゃない。あれは『ウチウチュウ』だ。母さんの身体を乗っ取って、内側から世界を侵略しようとしている、未知の何かだ。
ウチウチュウは、僕の思考を吸い上げる。僕が「今日の空は青いな」と考えると、すぐにその考えは腹の中の暗闇に消える。そして代わりに、冷たい声が頭に響いてくるんだ。『お前の居場所は、もうすぐなくなる』と。それは僕の考えじゃない。ウチウチュウが直接、僕に話しかけているんだ。
家の中の空気が変わった。父さんも母さんも、ウチウチュウの言いなりだ。まるで操り人形みたいに、腹にばかり話しかけている。僕がその様子を怯えて見ていること、ウチウチュウにはお見通しなんだ。だから、時々腹の皮が内側からポコンと動く。僕を嘲笑うかのように。
お腹、泣く。夜中にどこかで赤ん坊が泣いている。僕の部屋がなくなる。思考があちこちに飛んで、まとまらない。ドクン、ドクン、と壁から音がする。いや、違う。あれは母さんの腹の中から響いてくる心音だ。心臓。何かを造り、そして侵略してくる音。
母さんが僕の部屋に来て、優しく笑った。「もうすぐ、お兄ちゃんになるのね」。その言葉が、僕には呪いのように聞こえた。母さんの口を借りて、ウチウチュウが僕に最終通告をしているんだ。
白い腹。丸い世界。破裂する。中から何かが、僕を引きずり出すために出てくる。怖い。怖い。怖い。母、腹、膨張、裂ける、声、耳、闇。言葉が意味をなさなくなる。
僕は自分の部屋に逃げ込んだ。ドアを閉めて、鍵をかけて、ベッドの上で耳を塞ぐ。でも無駄だ。ドクン、ドクン、というあの音は、もう僕の身体の中から響いてくる。ウチウチュウは、母さんの腹の中だけじゃなく、この家全体に、いや、僕の中にまで根を張り始めている。
生まれる。埋まれる。僕が、この家から埋められて消えていく。その日が来るのを、僕はただ毛布をかぶって待つしかない。暗くて、狭い、この部屋の隅で。
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