赤いカラス
いつもの交差点。人々は黒い影を引きずって歩いている。僕だけが見ていた。電線の上にいる、あのカラスのことだ。普通じゃない。あれは、血のように赤いカラスだった。
カー、カー、からっぽ。僕の頭みたいに。カラスが鳴くと、僕の思考が一つ、誰かに抜き取られる。思考奪取。今、夕飯のことを考えていたはずなのに、もう思い出せない。カラスが盗んで、夕焼けの向こうに捨ててしまったんだ。
赤いカラス。あれはエンエンだ。世界の怨みが燃え上がって、鳥の形になったもの。あれが見えるのは僕だけ。僕だけが知っている。だから、すれ違う人が僕を見て笑うんだ。「あいつ、また変なものを見てるぞ」って。僕の考えていることは、全部あの人たちに放送されている。やめてくれ。僕の頭を覗き込むな。
アスファルトの染み。雨が降ればシミになる。昔、ピアノの発表会があった市民会館。あった、会った、赤いカラスに会った。思考が意味もなく転がっていく。止められない。まるで坂道を転がる石ころだ。
カラスが飛び立った。僕を誘っている。ついていくと、路地裏のゴミ捨て場に着いた。そこには誰もいない。いない、いない、ばあ。僕の正気がいない。カラスが、僕の目の前に舞い降りた。そして頭の中に直接、声が流れ込んできた。『お前も、赤く染まれ』。僕の考えじゃない。カラスが吹き込んできた命令だ。
赤、血、トマト、信号、止まれ。止まれない。足、前、進む、闇、目。何がなんだかわからない。言葉が砕けて、ガラスの破片みたいに脳に突き刺さる。
赤いカラスが、僕の肩に止まった、ように感じた。その重みで、世界がぐらりと傾く。もういい。もう、どうだっていいんだ。僕の体も、心も、思考も、全部くれてやる。お前の好きなようにすればいい。
ふと我に返ると、僕は自分の部屋にいた。窓の外はもう真っ暗だ。肩に、覚えのない赤い羽根が一本、落ちていた。あれは現実だったのか。それとも。
いや、ちがう。今も聞こえる。壁の向こうから、あの鳴き声が。カー、カー。お前の思考は、俺のものだ、と。赤いカラスは、僕の中に住み着いてしまったのだ。
短編集『赤いカラス』 火之元 ノヒト @tata369
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