参『神々の楽園
「十二歳になったら、なにがやりたい?」
動きに合わせて跳ね返った短い茶髪が軽やかに揺れ、顔には人懐っこい笑みを浮かべている。鮮やかな黄緑色の瞳をもつこの気さくな少年は、いつもこんなふうに声をかけてくる。明るく面倒見がいい性格なので、ふたりきりで過ごしがちな
「特別修練の話? そういう蓮茉は?」
光夜がそう返すと、蓮茉は軽く弓を射るような仕草をした。
「俺はねー、弓かなぁ」
「弓って大変じゃない? どんな感じのことやるの?」
「さぁな。でも最初は型の練習だけだって。何も持たないで、動きだけやるんだってよ」
「僕は星読みと服飾関係がやりたいんだよね」
光夜はいつか月映が舞うそのときを楽しみにしていて、彼の衣装作りと化粧をほどこす役目を他の誰にも譲りたくないのだ。
「俺は踊りを習う」
隣で静かに二人のやりとりを見守っていた月映がそう言ったとたん、蓮茉と光夜の声が重なった。
「「それは知ってる」」
「とりあえずはでも……」
「先ずは、今日の子供会だねぇ」
蓮茉と光夜がそれぞれ面倒そうにぼやくのを見て、月映は口元をわずかにほころばせた。それから、億劫そうな光夜の肩に慣れた手つきで軽く触れると、そろそろ行こうとさりげなく促した。
この里では、週末に十一歳以下の子供たちが集まって学習する習慣がある。子供会とも呼ばれている。
先生をするのは月映の付き人でもある
子供会で指導する花影には、彼にそっくりな兄がふたりいる。
三つ子である花天、花鏡、花影は、胸元まで伸ばした癖のない白菫色の髪と紫がかった赤い瞳、そしてすっきりと細く涼やかな目元が特徴の、とてもよく似た容姿をしていた。
花天は歳上の少年たちを教える際にはとても厳しく、時として怖いほどだが、それ以外では見違えるようにおっとりとして優しいところがあり、どこか天然めいている。
花鏡は陽気さと柔軟さを併せ持ち、何事もそつなくこなす器用さがある。
花影は生真面目で控えめな性格でありながら、内には強い信念を秘めているように思われた。
そんなわけで、三人は見た目こそ瓜二つだが、その気性は大きく異なっている。
三人が小さな学舎に着くと、集まった子供たちが輪になってお喋りをしていた。話題はもっぱら、先日この里に姿を現した少女のことだ。
噂は火がついたように広がっており、誰もが少女の正体を知りたがっている様子だった。
やがて花影が現れて、ちらりと月映に視線を向けた。細い目の端に柔らかい笑みが浮かぶ。しかし、それはすぐに鋭い光を帯び、周囲の空気をひりつかせた。子供たちの間に緊張が走る。月映は肩を落とし、心のなかで思った──花影はやはり子供たちの世話に向いてない。
まだ始まるまでに少し時間がある。月映がそう思っていると、誰かに服の裾を引っ張られた。顔を向けると、光夜が珍しく少し真剣な目をしている。
「ちょっと、話したいことがあるんだ」
だが、そこで子供たちのざわめきが広がり、言葉が途切れた。
そこに件の少女が現れたときには、光夜も月映も驚いた。まさか共に学ぶのか?と思ったが、どうみても自分たちより歳上だ。そうではなく見学したいのだという。
細身で黒い瞳と髪、勝ち気そうな顔と表情、話す様子も元気はつらつ。噂の澄琉耶はそんな少女だった。
花影の今日の話が始まると、一部を除いて殆どの子供たちはいったん彼女のことを忘れた。
子供会が終わると、いつものように光夜と月映は連れ立って帰ろうとした。そのときだった。
見学していた少女がふたりのもとに近づき、声をかけてきた。
「あなたたちが、光夜と月映?」
少女、澄琉耶が二人をじっと見つめる。
「話を聞いた感じ、もしかして双子なのかなと思ってたけど、顔は似てないのね」
澄琉耶は怪訝そうに首を傾げた。
「そもそも親が違うんだし、似てるわけないだろ」
そう冷たく言い放つ月映に、蓮茉がまぁまぁと取りなすように言葉を挟む。
「月映は目つきが鋭くて金色の瞳だし、光夜は目尻が下がってて黒い瞳。でも髪の色は月映が黒で光夜が金だから、並んでるとなんとなく対になってるみたいに見えるんだよね〜」
「そういうことか。確かに光と影のようで、そういう意味では対の存在に思えるわね」
納得したように、澄琉耶は何度も頷いた。
「光夜と月映は神託を受けて、ほぼ同時に生まれたんだから双子みたいなものだよ」
ふいに、横から声がした。
振り向けば、さっきまで輪の外にいたはずの少年たちが、いつの間にかそこに立っていた。
「あたしが聴いたのもそういう話だったわ。でもほんとの双子なのかと思っちゃった」
月映はあまりその話をされるのが好きではない。人も増えてきたので話を切り上げたくなったのか、落ち着かない様子でそわそわとしている。
それを見た光夜は軽く笑いながら、さりげなく話題を変えた。
「澄琉耶さんは、しばらくここに住むの?」
「ええ。気になることがあるのよ、いろいろとね」
「気になること?」
穏やかな表情のまま問い返す光夜に、澄琉耶は前のめりになって身を乗り出した。
「この土地には毒の霧があって、ここで生まれた者か神々に受け入れられた者でなければ一年以上は暮らせないってほんと?」
「それはほんとらしいよ。でも毒の霧って言われるのはちょっと……僕たちにとってはあれは普通の……ううん、恵みの霧だから」
光夜が月映を気にして、そっと様子を伺う。月映はあの霧が生みだす
「ごめんなさい」
澄琉耶は気まずそうにしながらも、真剣な声音で謝り、まっすぐに頭を下げた。
それから、再び問いかけた。
「じゃあ、ここが神代から続いてる里ってのもほんと? ここは……クルツメギアなの?」
突然知らない単語が出てきて、澄琉耶以外の子供たちはきょとんとした表情で顔を見合わせた。
「クルツメギア? なにそれ」
蓮茉が首をかしげながら口を開いた。
「
「そんなの聴いたことがないぜ。ただの村だよ」
「そうなの? ここに住んでるあなたたちのほうが詳しいと思ってたんだけど……」
もしかすると外に旅立った者が、いつしか故郷のことをそう呼ぶようになったのかもしれない。澄琉耶はそう思った。
「僕も聴いていいかな? 君はどういう経緯でここを知ったの?」
「知ってる人は知ってるでしょ?」
「それはそうなんだけど、そんなに多くはないよね?」
光夜が考えこむように言うと、澄琉耶は腰に下げた袋から古びた木札を取り出した。
「これよ」
模様が縁取られているものの、木札には特になんの特徴がないように思える。
「この木札はね……ここで作られた薬、もしくはその素である露を塗ると文字が浮かぶの。それから……灯火にかざしたり窓から差しこむ月光に照らされたりすると、ここの模様が変わったわ」
偶然知ったんだけどね、と付け加える。
「祖母の遺品なの。この木札が気になって他の遺品も調べてるうちに、この里の場所も分かったの」
「お祖母さんは、この村の人だったんだな」
蓮茉が腑に落ちたように言う。
その後もあれやこれやと会話を続けていたが、話題がなくなってくると、澄琉耶は住まいの準備があるからと去っていった。
澄琉耶が去って光夜とふたりになると、月映は少しほっとした。見知らぬ相手から積極的に絡まれるのは少し苦手で、どうにも調子が狂うのだ。
ふたりは小さな学舎を出て、帰り道を並んで歩き始めた。午後の柔らかい光が二人を包み、道の向こうまで優しく照らしている。
光夜の隣を歩くのは、少しだけ落ち着く。澄琉耶がいるときの緊張感とは違い、会話がなくても心地よい沈黙があった。
そんなことを考えていたとき、歩いていた光夜がふっと足を止めた。月映が顔を向けると、光夜はふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、さっき言おうとしたことなんだけど。前に月映が言ってたアレ……」
「なんだっけ?」
「ほら、露集めしたときの……」
あのとき、月映が感じた微かな違和感のことだ。
「あ〜、アレか! いろいろあったから忘れちゃってたな。そんなに気にすることでもないかもしれないけど」
「花鏡に話したら、近いうちに確認しにいってみるって」
「でも詳しい場所、分かんないよな? ここからだいぶ離れた場所だったし。まぁ、花鏡なら分かる……のか?」
花鏡には、三つ子だけに備わる神秘めいた感覚がある。それは光夜や月映が生まれながらに持つ力とはまた異なるものだ。そしてその鋭さは、兄弟のなかでもひときわ異彩を放っていた。
「一緒に行ってもいい?って聴いたら、危ないかもしれないからって断られたんだよね。どう思う?」
光夜が心底つまらなさそうにぼやいた。光夜はついていきたいのだろう。ふわふわとした見ためにそぐわず、月映と違って意外と行動的なのだ。なにしろ、夜にこっそり抜け出して、星のよく見える場所まで遠出すると言い出したりもするのだから。
「俺も一緒に頼んでみる」
自分が感じた気配なのだから、当然、月映だって気になる。
夕暮れに染まりつつある道は穏やかだが、時折吹く風がざわめくように吹き抜けた。まだ誰も知らぬ何かが、日常の影に息を潜めている――その存在を確かめにいくのだ。
月映は小さく息をつき、心のなかで決意を新たにした。
光夜と月映 優祈乃 しずく @Muguet_Snowdrop
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